【皆さんに】レッツひとりかくれんぼ【実況中継】
【この話について】
書いたきっかけは、寝て見る方の夢の内容です。十二鬼月に『ひとりかくれんぼ』を実況中継する夢でした。『ひとりかくれんぼ』の現場では、黒死牟がついていてくれた事もこの話に反映しています。夢の詳細や結末は覚えていませんが、断片的な記憶から話を膨らませました。結果、ちゃんねる小説の形式で仕上がりました。
主人公が「皆で話せる場を作った」と言っていたのは、要するにインターネットが発達した時代の『専用の環境を作ってスレッドを立てる』の概念を使用したものです。
そのインターネットが発達した西暦2000年代に、『ひとりかくれんぼ』が有名になりました。そもそも、大正時代に『テレビ放送』はありませんでしたので、『ひとりかくれんぼ』に必要な要素の一つである『テレビの画面を砂嵐状態に設定する』事は不可能です。『ラジオ放送』の始まりも大正時代の末期ですので、『放送』という概念すらも存在しません。従って、『大正時代にひとりかくれんぼを実施する』シチュエーション自体が、本来でしたらおかしいです。
21世紀の生まれ育ちである主人公が「用意する要素があるが略式にする」と本文で言及したのは、『テレビの画面を砂嵐状態に設定する』です。実は、『テレビの画面を砂嵐状態に設定する』と同等になると主人公が見做して代わりとしていたものが、鬼達と話す『場』を作る事(つまり人ならざる存在が交信しやすい状況にする)でした。
とは言っても、『鬼滅の刃』連載当時が世代である読者の皆さんは、『テレビの画面を砂嵐状態に設定する』事以前に『ブラウン管のテレビ』なる物もごぞんじではないと思いますが。歴史の教科書や資料集に写真が掲載されていると思いますので、よろしければ調べてみて下さい。
『鬼滅の刃』の舞台たる大正時代を描くにあたり、『大正時代(それも初期)にはまだ存在しない・普及していない物や言葉』を調べる事は大変でしたが、楽しいものでした。
例えば、主人公が使う英語または和製英語を主人公が日本語に訳していた事は無論ですが、今や漫画の表現としては当たり前である『シーンとして』が登場するのは、かの手塚治虫や石ノ森章太郎の時代以降です。なので、大正時代ではまず通じない言葉の一つです。
また、前述の通り『ひとりかくれんぼ』が無い、あったとしてもマイナーであろう時代ですが、『コックリさん』や『エンジェルさん』(もしくはそれらの原形である『テーブル・ターニング』)は、明治時代には既に日本に伝わっています。
苺が栽培されるようになったのは、江戸時代の末期からです。とは言っても、当時の苺は現代の苺と種類も味も全く異なるであろう事は、容易に想像できますが。
既に『あいすくりん』が知られている通り、アイスクリームは大正時代にもありましたが、『パフェ』が誕生したのは19世紀のフランスで、日本にやって来たのは昭和の時代です。つまり、『パフェ』の存在はおろか言葉自体を、無惨であっても知る訳が無いという背景です。
ぬいぐるみが伝わったのも外国からです。19世紀に誕生したドイツのメーカー『シュタイフ』が、明治時代から大正時代にかけて日本に進出したと記述を読みました。当時の日本の人形は木製や紙製が主ですので、『ぬいぐるみ』自体が知られていないであろう事が汲み取れます。故に、主人公がわざわざ『ぬいぐるみ』に対する説明を入れようとしていました。
本文にて主人公は、人助けをする事を「人間達に恩を売る為」と嘯いていましたが、実は単に主人公がお人好しで、消えた子供を放っておく事ができないが為に、童磨に手を貸しました。
なので、主人公の「恩を売る」等の言葉は全て建て前です。主人公は禰󠄀豆子よりも前に生まれた『無惨の支配と呪いから解放された鬼』ですので、無惨は主人公の言葉が建て前であると悟る事はできません。
ホラーを描く事はできませんし、名だたる鬼達が主人公に振り回されるコメディとなった小説ですが、どなたかが気に入って下さったら嬉しく思います。
この話を書くにあたり、汐文社さんの『大正時代をのぞいてみよう』には、大変に助けられました。この場を借りて、お礼を申し上げます。
書いたきっかけは、寝て見る方の夢の内容です。十二鬼月に『ひとりかくれんぼ』を実況中継する夢でした。『ひとりかくれんぼ』の現場では、黒死牟がついていてくれた事もこの話に反映しています。夢の詳細や結末は覚えていませんが、断片的な記憶から話を膨らませました。結果、ちゃんねる小説の形式で仕上がりました。
主人公が「皆で話せる場を作った」と言っていたのは、要するにインターネットが発達した時代の『専用の環境を作ってスレッドを立てる』の概念を使用したものです。
そのインターネットが発達した西暦2000年代に、『ひとりかくれんぼ』が有名になりました。そもそも、大正時代に『テレビ放送』はありませんでしたので、『ひとりかくれんぼ』に必要な要素の一つである『テレビの画面を砂嵐状態に設定する』事は不可能です。『ラジオ放送』の始まりも大正時代の末期ですので、『放送』という概念すらも存在しません。従って、『大正時代にひとりかくれんぼを実施する』シチュエーション自体が、本来でしたらおかしいです。
21世紀の生まれ育ちである主人公が「用意する要素があるが略式にする」と本文で言及したのは、『テレビの画面を砂嵐状態に設定する』です。実は、『テレビの画面を砂嵐状態に設定する』と同等になると主人公が見做して代わりとしていたものが、鬼達と話す『場』を作る事(つまり人ならざる存在が交信しやすい状況にする)でした。
とは言っても、『鬼滅の刃』連載当時が世代である読者の皆さんは、『テレビの画面を砂嵐状態に設定する』事以前に『ブラウン管のテレビ』なる物もごぞんじではないと思いますが。歴史の教科書や資料集に写真が掲載されていると思いますので、よろしければ調べてみて下さい。
『鬼滅の刃』の舞台たる大正時代を描くにあたり、『大正時代(それも初期)にはまだ存在しない・普及していない物や言葉』を調べる事は大変でしたが、楽しいものでした。
例えば、主人公が使う英語または和製英語を主人公が日本語に訳していた事は無論ですが、今や漫画の表現としては当たり前である『シーンとして』が登場するのは、かの手塚治虫や石ノ森章太郎の時代以降です。なので、大正時代ではまず通じない言葉の一つです。
また、前述の通り『ひとりかくれんぼ』が無い、あったとしてもマイナーであろう時代ですが、『コックリさん』や『エンジェルさん』(もしくはそれらの原形である『テーブル・ターニング』)は、明治時代には既に日本に伝わっています。
苺が栽培されるようになったのは、江戸時代の末期からです。とは言っても、当時の苺は現代の苺と種類も味も全く異なるであろう事は、容易に想像できますが。
既に『あいすくりん』が知られている通り、アイスクリームは大正時代にもありましたが、『パフェ』が誕生したのは19世紀のフランスで、日本にやって来たのは昭和の時代です。つまり、『パフェ』の存在はおろか言葉自体を、無惨であっても知る訳が無いという背景です。
ぬいぐるみが伝わったのも外国からです。19世紀に誕生したドイツのメーカー『シュタイフ』が、明治時代から大正時代にかけて日本に進出したと記述を読みました。当時の日本の人形は木製や紙製が主ですので、『ぬいぐるみ』自体が知られていないであろう事が汲み取れます。故に、主人公がわざわざ『ぬいぐるみ』に対する説明を入れようとしていました。
本文にて主人公は、人助けをする事を「人間達に恩を売る為」と嘯いていましたが、実は単に主人公がお人好しで、消えた子供を放っておく事ができないが為に、童磨に手を貸しました。
なので、主人公の「恩を売る」等の言葉は全て建て前です。主人公は禰󠄀豆子よりも前に生まれた『無惨の支配と呪いから解放された鬼』ですので、無惨は主人公の言葉が建て前であると悟る事はできません。
ホラーを描く事はできませんし、名だたる鬼達が主人公に振り回されるコメディとなった小説ですが、どなたかが気に入って下さったら嬉しく思います。
この話を書くにあたり、汐文社さんの『大正時代をのぞいてみよう』には、大変に助けられました。この場を借りて、お礼を申し上げます。
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