『聖女』降臨〜数奇な運命〜

押し問答の結果、『吸血鬼ヴァンパイアを退治した証』として、件の貴族の長い髪を根元から切り取って村に持ち帰る事に決定した。当の貴族はどうしたのかと言うと、アベルが吸血して行動不能にすると相なった。

彼女は文字通り『自分の手を汚す』事を厭わない姿勢であったが、アベルとしては彼女に『人の命を絶つ』事はさせたくなかったのだ。

「アベル様のコードネームの『クルースニク』って、スラヴの民話に登場するヴァンパイアハンターでしたよね」
「…本当に、よくご存じですね」

アベルは口に付いた血を拭う。彼女は平気な顔をしているように見えるが、アベルは彼女から目を逸らしていた。

「…こんな怪物じみた姿をお見せするのは、心苦しいのですが」

彼女は「何言ってるんですか」と、眉を寄せた。

「自分の身体に巣食うナノマシンと現在進行形で戦っているアベル様に、そんなひどい事は言いませんよ。何より、『怪物』なんて言葉で自分から距離を置こうとしないで下さい。どんな状況にいても、人を人たらしめる善性を忘れずに振る舞うアベル様は、立派な人間なんですから」

真正面からこのように言われたので、アベルはまたしても泣いてしまいそうになった。

話を戻そう。

アベルが身に着けるイヤリング型の無線機で『アイアンメイデン』が到着したと連絡があったので、貴族の身柄は『アイアンメイデン』に任せた。上空から降下してきた空中戦艦に、アベルの言葉を律儀に守って城の外で待機していた村長達が腰を抜かしたが。

「このお城の自動人形オートマタ達の『マスターは誰か』を書き換えて情報を集めましたけど、他に脅威になる存在は無さそうです。長生種メトセラもあの貴族1人でした」

さらりと彼女は言うが、要するに城で動く全ての自動人形を支配したという事だった。ますます大したものだと、アベルは唸った。

空が白んでいく中、村長が操縦する馬車に乗って一行は村へ戻った。待っていたのは、村人達の歓声だった。貴族に気取られぬように見張りをしていた男衆の一員が「帰ってきた!」と叫び、報せが伝言ゲームの如く村中に広がったのだ。

「アベル様から伝えて下さいよ」
「いやしかし、あの長生種を最初に捕らえたのは貴方で…」
「実際に身動き取れないようにして下さったのはアベル様でしょ。何より、神父様っていう立場のしっかりした人の仰る事なら、皆もより安心できると思うんです」

彼女に事前にこのように言われていたので、アベルは件の貴族の髪を掲げて村人達に告げた。要約すると「自分と『聖女』で吸血鬼を拘束した」「逮捕という事で吸血鬼を教皇庁ヴァチカンに連行し、然るべき裁きを受けさせる」「地熱発電所は教皇庁の管理下に入る」「吸血鬼が城に戻る事も、村に害をなす事も二度と無い」と。

村は、お祭り騒ぎになった。村長達の勧めでそれぞれ一眠りした彼女とアベルを出迎えたものは、整えられた宴席だった。老いも若きも誰もが彼女とアベルにお礼を言い、料理や飲み物を勧めて歌い踊った。尤も、宴の前にこれまで貴族の犠牲になった少女達を悼んで祈りを捧げる事は忘れなかったが。

「アベル様。『いつまでに教皇庁に戻って報告書を提出する』絶対の期限はありますか?」
「何故そのような事を?」

思わず質問を質問で返してしまったが、気分を害した様子も無く彼女は答えた。

「多分ですけど、村に持病ありの人もいるでしょうし、そういった人達を治療の上で、教皇庁に向かえればなと思うんです。どうでしょうか?」

アベルは微笑み「とてもいい事だと思いますよ」と優しく言った。
正に水を得た魚となった彼女は、宴席の傍らで「痛風が」「胸の病で」といった症状の治療に当たっていた。無論だが、お礼は一切受け取っていない。戸惑う村人達であったが、「これから村を立て直す為に、大切な物資やお金を使って欲しいです」「お礼はどうか教皇庁に向けて言って下さい」と、彼女が言い含めた事で納得して引き下がった。

そして翌日。村人全員に見送られて、彼女はアベルと共に出立した。尤も彼女は「聖女様。どうかどうかいつまでも、この村に留まって下さいまし」と引き留められていたが。

「ねえ。父さん」

彼女がいなければ人身御供となっていた少女は、共に彼女とアベルを見送る父親へ問いかけた。

「結局、あの人は何者だったのかしら?」

父親は「決まっている」と、大切に育ててきた妻の忘れ形見を優しい目で見やった。

「あのお方は、神が遣わして下さった聖女様だ。人助けをしながら何のお礼も求めず、奥ゆかしい事じゃないか」
「そうね。父さん。きっと、あの人は天使様ね!」
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