こっそりが得意な主様と執事達
「皆ハッピーバースデー!」
ぽん!と音を立てるクラッカーから、紙吹雪とテープが舞った。自分達の前に並べられている、名入れがされた小さなケーキとメッセージカードに、悪魔執事達とムーは一様に目を丸くする。
「あ、あの。主様。これは…」
「うん。本当は、皆のお誕生日をそれぞれきちんとお祝いしたいんだけどね」
別邸も含めた全執事を食堂に呼び出した張本人。専属執事であるフルーレお手製の一張羅を着込んだ、このDevil's Palaceの主たる彼女は、仕える者達を生真面目な表情で見渡す。
「皆には言うまでもない事だけど、凄くハードな状況です。知能天使なんてのも出てきた以上、戦況が今後どうなるかわかりません。折角皆のお誕生日がわかったのに、ゆっくりお祝いができないかもしれません。そもそも、私達が初めて会ってから、もう皆のお誕生日はとっくの昔に一巡してるよね」
悪魔執事達は戸惑い気味に「それはそうですが…」と互いに顔を見合わせる。彼女はふっと小さく息をついた。
「で、直近のお誕生日はフルーレくんのお誕生日。つまり今日。だけど状況が状況だし、フルーレくんのお祝いだけじゃなくて、これまで誕生日を迎えた皆と、これから誕生日を迎える皆、全員のお祝いをしたいと思ったの」
「だから、最近よくお出かけになっていたんですね!」
「そうだよ。ムーちゃん」
彼女は首肯した。ムーが言う通り、彼女は主としての務めの合間に街へ出ていたのだ。
「私もお菓子作りとかはできなくもないけど、厨房はロノの聖域だからね。入るのはどうかと思ったし、屋敷で内緒で用意するとか無理。第一、素人でしかない私の手作りより、プロの味の方が確かだと思ったのもある。だから皆に良くしてくれるお菓子屋さんとかに話をつけて、皆用の誕生日プレゼントを、ささやかだけど用意してたの。あ。勿論、ムーちゃんのケーキは猫ちゃんが食べても大丈夫なケーキにしてるから」
「で、でも、ボクは自分のお誕生日がわかりません…」
「私と初めて会った日がお誕生日でいいでしょ。もし本当のお誕生日がわかったら、その時に改めておめでとうって言えばいいし」
「主様…!」
そう。ケーキとメッセージカードはムーの分も用意してある。悪魔執事達も認めている通り、ムーもDevil's Palaceの一員なのだから。何より彼女にしてみれば、等しく大切な仲間だ。
元より思っていた事を告げると、ムーは心底嬉しそうに目を輝かせた。しかし彼女は気まずそうに眉を顰める。
「皆がいつも私に良くしてくれるのに比べたら、ほんっとーにささやかでしかないけど。でも、これが今の私が皆に渡せる気持ちです。いつもありがとう。お誕生日おめでとう。皆。って大丈夫!?泣いてるの!?」
彼女は慌てた。うっ…ぐすっ…とそこかしこから嗚咽が聞こえ、片手で顔を覆って目を伏せる悪魔執事達も少なくない。しかし辛うじて涙をこらえたらしいフルーレが、顔を上げて涙に濡れた目で笑う。
「ありがとうございます。主様。俺達にこんなに心を砕いて下さって。お優しい主様の執事でいられて、俺達は幸せ者です」
フルーレに続き「ありがとうございます」「ありがとう。主様」と執事達からも声が上がる。彼女は安堵したように笑い、宥めるような口調で「皆」と呼びかけた。
「喜んでもらえて、私も嬉しいよ。だけど、ちゃんと涙は拭いてね?でないと折角のケーキがしょっぱくなっちゃうよ。皆でケーキ食べよ?あ。今日は『主の私と同席しない』は無しの方向で」
執事達が「主様とお相伴ができる身分ではありませんから」と言う事を見越して告げると、ラムリが「やった!」と手を叩いた。
「じゃあじゃあ、主様のお隣いいですか?」
「ちょっと、ラムリ」
即座に距離を詰めようとするラムリへ咎め立てする声を上げるフルーレを、彼女は「いいんだよ」と宥めた。
「ケーキは名前順に並べただけだし、こういう場で上座が下座がとか関係ないから、皆はそれぞれ好きな所に座ればいいよ」
「それですと、皆さんが主様の隣に座りたいという事になってしまいますが…」
「依怙贔屓は嬉しくないだろうし、じゃんけんで決めようか」
ベリアンの言葉から成る彼女の鶴の一声で、
「それでは皆さん行きますよ!rock paper scissors!」
悪魔執事達による大じゃんけん大会が開催される運びとなった。
「ところで、フルーレさんは参加しなくていいんですか?」
「俺は、今回は皆に譲ります」
彼女が「折角だし一緒にやろうか」と言った紅茶の支度をしつつ、猫の前足であるが故に必然的に参戦ができないムーの問いに、フルーレは答えた。
「俺はいつも、主様のお側に置いて頂いていますから」
誇らし気な笑顔の背後では「やった!」「ああああ!」と悲喜こもごもの叫びが聞こえてくる。
こんなに賑やかで楽しい誕生日を、他ならぬこの主と共にまた迎えられたらいいなと、フルーレは温かいもので満たされた胸の内で思った。
*
主様
何処かの屋敷の主様がモデル。執事達を大切にする良き主。フルーレが特にお気に入り。フルーレ個人のお誕生日を祝って感謝の手紙も渡したかったが「状況次第では皆のそれぞれのお祝いができない」と判断したので、全員をお祝いする方向へ切り替えた。
なおメッセージカードは得意のイラストを駆使した手書き。因みにケーキやメッセージカードは、全部自分のポケットマネーで用意した。
フルーレ
主様の専属執事。例えば夜会のドレスの露出が恥ずかしいと言う主様の為に、露出が少ないデザインのドレスを仕立ててくれたりと非常に甲斐甲斐しい。
イラストありで書かれたメッセージカードは、携帯できる丈夫なケースに入れてお守り代わりに持ち歩いて時々眺めている。
ぽん!と音を立てるクラッカーから、紙吹雪とテープが舞った。自分達の前に並べられている、名入れがされた小さなケーキとメッセージカードに、悪魔執事達とムーは一様に目を丸くする。
「あ、あの。主様。これは…」
「うん。本当は、皆のお誕生日をそれぞれきちんとお祝いしたいんだけどね」
別邸も含めた全執事を食堂に呼び出した張本人。専属執事であるフルーレお手製の一張羅を着込んだ、このDevil's Palaceの主たる彼女は、仕える者達を生真面目な表情で見渡す。
「皆には言うまでもない事だけど、凄くハードな状況です。知能天使なんてのも出てきた以上、戦況が今後どうなるかわかりません。折角皆のお誕生日がわかったのに、ゆっくりお祝いができないかもしれません。そもそも、私達が初めて会ってから、もう皆のお誕生日はとっくの昔に一巡してるよね」
悪魔執事達は戸惑い気味に「それはそうですが…」と互いに顔を見合わせる。彼女はふっと小さく息をついた。
「で、直近のお誕生日はフルーレくんのお誕生日。つまり今日。だけど状況が状況だし、フルーレくんのお祝いだけじゃなくて、これまで誕生日を迎えた皆と、これから誕生日を迎える皆、全員のお祝いをしたいと思ったの」
「だから、最近よくお出かけになっていたんですね!」
「そうだよ。ムーちゃん」
彼女は首肯した。ムーが言う通り、彼女は主としての務めの合間に街へ出ていたのだ。
「私もお菓子作りとかはできなくもないけど、厨房はロノの聖域だからね。入るのはどうかと思ったし、屋敷で内緒で用意するとか無理。第一、素人でしかない私の手作りより、プロの味の方が確かだと思ったのもある。だから皆に良くしてくれるお菓子屋さんとかに話をつけて、皆用の誕生日プレゼントを、ささやかだけど用意してたの。あ。勿論、ムーちゃんのケーキは猫ちゃんが食べても大丈夫なケーキにしてるから」
「で、でも、ボクは自分のお誕生日がわかりません…」
「私と初めて会った日がお誕生日でいいでしょ。もし本当のお誕生日がわかったら、その時に改めておめでとうって言えばいいし」
「主様…!」
そう。ケーキとメッセージカードはムーの分も用意してある。悪魔執事達も認めている通り、ムーもDevil's Palaceの一員なのだから。何より彼女にしてみれば、等しく大切な仲間だ。
元より思っていた事を告げると、ムーは心底嬉しそうに目を輝かせた。しかし彼女は気まずそうに眉を顰める。
「皆がいつも私に良くしてくれるのに比べたら、ほんっとーにささやかでしかないけど。でも、これが今の私が皆に渡せる気持ちです。いつもありがとう。お誕生日おめでとう。皆。って大丈夫!?泣いてるの!?」
彼女は慌てた。うっ…ぐすっ…とそこかしこから嗚咽が聞こえ、片手で顔を覆って目を伏せる悪魔執事達も少なくない。しかし辛うじて涙をこらえたらしいフルーレが、顔を上げて涙に濡れた目で笑う。
「ありがとうございます。主様。俺達にこんなに心を砕いて下さって。お優しい主様の執事でいられて、俺達は幸せ者です」
フルーレに続き「ありがとうございます」「ありがとう。主様」と執事達からも声が上がる。彼女は安堵したように笑い、宥めるような口調で「皆」と呼びかけた。
「喜んでもらえて、私も嬉しいよ。だけど、ちゃんと涙は拭いてね?でないと折角のケーキがしょっぱくなっちゃうよ。皆でケーキ食べよ?あ。今日は『主の私と同席しない』は無しの方向で」
執事達が「主様とお相伴ができる身分ではありませんから」と言う事を見越して告げると、ラムリが「やった!」と手を叩いた。
「じゃあじゃあ、主様のお隣いいですか?」
「ちょっと、ラムリ」
即座に距離を詰めようとするラムリへ咎め立てする声を上げるフルーレを、彼女は「いいんだよ」と宥めた。
「ケーキは名前順に並べただけだし、こういう場で上座が下座がとか関係ないから、皆はそれぞれ好きな所に座ればいいよ」
「それですと、皆さんが主様の隣に座りたいという事になってしまいますが…」
「依怙贔屓は嬉しくないだろうし、じゃんけんで決めようか」
ベリアンの言葉から成る彼女の鶴の一声で、
「それでは皆さん行きますよ!rock paper scissors!」
悪魔執事達による大じゃんけん大会が開催される運びとなった。
「ところで、フルーレさんは参加しなくていいんですか?」
「俺は、今回は皆に譲ります」
彼女が「折角だし一緒にやろうか」と言った紅茶の支度をしつつ、猫の前足であるが故に必然的に参戦ができないムーの問いに、フルーレは答えた。
「俺はいつも、主様のお側に置いて頂いていますから」
誇らし気な笑顔の背後では「やった!」「ああああ!」と悲喜こもごもの叫びが聞こえてくる。
こんなに賑やかで楽しい誕生日を、他ならぬこの主と共にまた迎えられたらいいなと、フルーレは温かいもので満たされた胸の内で思った。
*
主様
何処かの屋敷の主様がモデル。執事達を大切にする良き主。フルーレが特にお気に入り。フルーレ個人のお誕生日を祝って感謝の手紙も渡したかったが「状況次第では皆のそれぞれのお祝いができない」と判断したので、全員をお祝いする方向へ切り替えた。
なおメッセージカードは得意のイラストを駆使した手書き。因みにケーキやメッセージカードは、全部自分のポケットマネーで用意した。
フルーレ
主様の専属執事。例えば夜会のドレスの露出が恥ずかしいと言う主様の為に、露出が少ないデザインのドレスを仕立ててくれたりと非常に甲斐甲斐しい。
イラストありで書かれたメッセージカードは、携帯できる丈夫なケースに入れてお守り代わりに持ち歩いて時々眺めている。
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