ガーディアン・ぬい

「見てこれ~!」

にこにこと満面の笑みを浮かべる彼女の手には、目の前の執事そっくりのぬいぐるみがあった。

「ええと。主様。何処でこれを?」
「おもちゃ屋さんのご主人が作ってくれたんだよ。この前、フルーレくん達のお陰で街もお店も助かったからって。で、皆の主の私にも是非お礼をってさ」

心底愛おしそうにぬいぐるみを抱きしめる彼女に、フルーレは「はあ」と複雑そうな顔になる。

「もうすんごいクオリティだよね!これで私の世界にもフルーレくんを連れていけるぞ!」
「あ、主様がお望みでしたら、俺本人がお供を致します!」
「それは駄目駄目。フルーレくん達は、こっちの世界で天使から人を守るって大事な役目がある訳だし。こうやって、ぬいぐるみって形でもフルーレくんを連れていける感じでも十分なんだよ」
「そ、そうですか…」

平穏そのものに生きてきた彼女だが、「フルーレくん達のお役目はお役目」と線引きをしている所は、正に屋敷そして悪魔執事達の主たる姿だ。なのだが。
彼女の「フルーレくんに迷子札を作ってあげなきゃ~♪」と、うきうきと作業を始める姿を、フルーレは何とも言えない表情で見た。

バッグのチャームとしているぬいぐるみが動いた。まず男の鼻にパンチを食らわせる。怯んだ所で眉間に頭突き。続いて顎にアッパーカット。布と綿の塊と言えど、急所への連撃はこたえたらしい。男はひっくり返った。

『主様。お怪我は?』
「フルーレくん?フルーレくん…なの?」

ただのぬいぐるみのはずのチャームに呼びかけると、ぬいぐるみは頷いた。

『ここは人が多いです。ひとまず安全な場所へ』

通行人は「ねえ何かぬいぐるみが動かなかった?」「新手の護身グッズ?」とざわついている。彼女はぬいぐるみを隠すように抱え、慌ててその場を離れた。

『まさかぬいぐるみを通して主様をお守りできるとは思っていませんでした。どうやら俺が契約している悪魔の力の一片のようです』
「フルーレくんのフルフルって、縫製とかの悪魔だもんね…」

デフォルメされた短い手足でシュッシュッとシャドーボクシングめいた仕種をしながら、フルーレのぬいぐるみは、正確に言うとぬいぐるみを通したフルーレの声は言った。ぬいぐるみは彼女に向き直り、とんと片手を胸に当てる。

『ご安心下さい。主様がご自分の世界にいらっしゃる時は、俺が主様をお守り致します』

ぬいぐるみは、えっへんと胸を張った。

『ただのぬいぐるみでは、このような事はできません。疑似的なお供ではなく、真のお供として、俺は主様のお側にあります。例えはぐれてしまっても、自力で主様のお側に戻る事もできます』
「つまりはぬいぐるみと張り合っていたの?」
『え、ええと。そうかもしれません』

表情こそ変わらないぬいぐるみだが、向こうのフルーレは照れているのだと彼女にはわかった。

「ありがとう。でも無理は駄目だよ?あと、騒ぎになると大変だし、こっそりやってくれると嬉しいかな」
『お任せを』

姿こそ愛くるしいぬいぐるみだが、それはそれは頼もし気に、フルーレは頷いてみせたのであった。

*

主様
モデルは何処かの屋敷の主様。フルーレがお気に入り。だが悪魔執事全員に等しく愛情を向ける良き主様。自分の世界の事と悪魔執事達のお役目をきちんと線引きするしっかり者。

フルーレ
この話の主様の専属執事。ぬいぐるみを通して主様の世界、すなわち21世紀の日本に登場した。ぬいぐるみと張り合うくらいに主様の事が好き。
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