隠れ小説/嫉妬
6.アカギ[工員ver.]
あの日、アカギさんをお昼に誘った日から、私は彼のことで頭がいっぱいになってしまった。というのも、彼との “続き” というのはいつになったら始まるのか分からなかったから。
私が最近ハマっているのは、作業中にアカギさんをチラチラ見ること。あんなにかっこいいんだから、そりゃ見ちゃうよね。
私が彼を見ていると、アカギさんはいつも手元から目線を外し、ゆっくり顔を上げこちらを見据える。そして私と目を合わせ、にやりと意地悪に口角を上げるのだ。
「またオレの事見てたんだ」
なんて、そんな声が聞こえてきそう。
そんな時私は決まって照れながら、顔を綻ばせて作業に戻る。そういう日の私の作業効率はとても良くて、結構褒められたりする。
おっと。もう休憩時間か。アカギさんを意識していると、時間が過ぎるのが早いな。
私は手を止め息をつく。
すると珍しいことに、隣で作業していた治くんがこそっと話しかけてきた。
「あの……」
「どうしたの?」
「あの、もしかして、アカギさんと付き合ってるんですか?」
「えっ⁈」
私はアカギさんの方をちらっと見てから、「こっちきて」と隅っこの方へ移動した。
驚いた、いきなりなんてこと言い出すんだろう!
「付き合ってないんだけど……。私、そんなに分かりやすいかな?」
「ってことは、やっぱりアカギさんのこと好き……とか?」
「うん、実はそうなの」
気恥ずかしくて頰を染める。
「でも、どうして分かったの?」
「いくらなんでも、アカギさんのこと見過ぎですよ。ただ、男の僕からしてもアカギさんはかっこいいから気持ちは分かりますけどね」
「や、やっぱりそうだよね! ……ねえ、恋愛相談乗ってくれる?」
周りに女友達がいない私は、相談相手として治くんを喫茶店に誘った。今まで誰にも打ち明けられなかった思いが溢れて、色んなことを話してしまう。治くんも話を聞いてくれたし、2人でアカギさんの話をして盛り上がったりした。治くんは信用できるし、それに結構楽しい。
「ありがと、相談に乗ってくれて」
「いえいえ! それに、オレも楽しかったです。またいつでもご一緒しますよ」
「嬉しい!」
こうして休憩時間を終え、再び2人で工場に向かうと、アカギさんがこちらに目を向けた。しかし、私と目が合ったのに、彼は笑いかけることなく、すぐに別の方へ視線を逸らしてしまった。
今まではこんな反応に傷ついていた。けれど、さっき治くんに元気を貰ったばかり。
こんなことではへこたれない……!
と、思っていたんだけど。
どうやら今日は幸運が降りかかってくる日らしい。
作業を終え戻ろうとすると、「ねえ、あんた」とアカギさんに声を掛けられた。
「はいっ!」
くるっと笑顔で振り返ると、
「いま時間ある?」
と、彼からお誘いを受けた……!
どうしよう! あとで治くんに報告しなきゃ。
私が「もちろん」と応じると、誰もいなくなった工場で、アカギさんは一歩私に近づいた。
しばらくすれば、この場所の鍵を閉めるために管理人が戻ってくるとは言え、今は2人きり。
ドキドキせずにはいられない。
「……昼の時間、のことだけど」
「お昼?」
私が首を傾げると、アカギさんは咳払いをした。
「ほら……治とどこか行ってただろ」
「ああ! 行きました。楽しかったです」
「そう……。あんたって結構欲張りなんだね」
「え?」
欲張り? 私は身に覚えがない単語に混乱した。
「なんで、気がつかねえかな」
アカギさんはぐい、と私の腕を引いて、真っ直ぐこちらの瞳を覗きこんできた。
「オレの事、気になってたんじゃなかったの」
えっ……!
私は1つの答えにたどり着いて言葉を失う。
アカギさんが今不機嫌な理由、さっき目を逸らされた理由って。
じんじん、と掴まれたところから熱が伝わってくる。彼の表情は、少し厳しい。
……やっぱり、アカギさんも満更じゃなかったってこと? 焼きもち、焼いてくれたってことだよね?
私は焦りながらも、なんとか弁明をしようと試みた。
「治くんには、えっと、恋愛相談してもらっていて! ア、アカギさんの話、してました」
「オレの話?」
「だって、あれからあんまり進展してないから……」
私は言いながら、照れて口をつぐんだ。
あれから、というのは、もちろんアカギさんにぎゅっとしてもらった時のことだ。
「私、アカギさんしか好きじゃないです……」
アカギさんは私の腕を離さないまま、こう言った。
「じゃあ、恋愛相談なんて、もうしなくていいから」
「え……?」
「つまり、こういうこと。」
アカギさんは私とじっと目線を合わせた。
そしておもむろに私の顎を持ち上げ——え、ちょっと待って、嘘でしょ——、
そっと、唇を重ねた。
抵抗なんて、できない。
「……ぅ」
驚いてそっと薄眼を開けると、アカギさんは目を瞑っていたのが見える。
慌てて私はもう一度目を閉じ、今はこの瞬間だけを考えることにした。
アカギさんの鼓動まで聞こえてきそうな、この近さ。
さらに唇を押し付けられ、私は幸せな気分でいっぱいになる。なんてったってアカギさんとのキス。嬉しい、恥ずかしい。
ああ、もう本当に好き……。好き。
私の心臓なんて、とっくに破裂しちゃってるかな。
私はそっと、彼の背中に手を回そうとした。
その時。
アカギさんの鼻息を感じた。
と思ったら、ちろ、と静かに温かい感触が。
「んぅっ⁈」
私はあまりの衝撃に、アカギさんの胸を押し返してしまった。
違う、抱きつきたかったのに! 私の馬鹿!
彼の顔を見ると、アカギさんは自分の唇を舐めながら、大人しく私から身をひいていった。
なんか、えっち。
「ま、初めてだしこんなもんか」
「へ……?」
あまりに私が呆然とした顔をしていたのだろうか、アカギさんはクスっと笑った。
「ん……とりあえず、“進展”したでしょ」
私はその言葉に、真っ赤になって俯く。
すると、向こうでガチャン、と大きな音。
管理人が、鍵をかける為に様子を見にきたんだ。
「……あらら。時間切れだ」
アカギさんはそう言って、出口へ歩いていく。
早く外に出なくちゃいけないのに、私はうまく歩けない。ガチガチだ。
アカギさんはにっと笑って小声で言う。
「次はどこまで進めるかな……オレとあんた」
「えっ、えっと」
頭がヒートアップしそう。
返答できず慌てていると、管理人さんが「なんだ、まだいたのか」と声をかけてきた。
「ちょっと、仕事上の注意をね」
アカギさんが誤魔化すように言う。
「ね、先輩」
「う、うん……」
管理人さんは「仕事熱心だな」と言いながら、機械に不備がないかチェックしていった。
管理人さんにバレなくて良かった。
ほっと胸を撫で下ろした私に、アカギさんは意地悪に言った。
「注意してくださいね、先輩。今回だけですから。
——仕事中に余所見なんて……そんなアブナイこと。」
あの日、アカギさんをお昼に誘った日から、私は彼のことで頭がいっぱいになってしまった。というのも、彼との “続き” というのはいつになったら始まるのか分からなかったから。
私が最近ハマっているのは、作業中にアカギさんをチラチラ見ること。あんなにかっこいいんだから、そりゃ見ちゃうよね。
私が彼を見ていると、アカギさんはいつも手元から目線を外し、ゆっくり顔を上げこちらを見据える。そして私と目を合わせ、にやりと意地悪に口角を上げるのだ。
「またオレの事見てたんだ」
なんて、そんな声が聞こえてきそう。
そんな時私は決まって照れながら、顔を綻ばせて作業に戻る。そういう日の私の作業効率はとても良くて、結構褒められたりする。
おっと。もう休憩時間か。アカギさんを意識していると、時間が過ぎるのが早いな。
私は手を止め息をつく。
すると珍しいことに、隣で作業していた治くんがこそっと話しかけてきた。
「あの……」
「どうしたの?」
「あの、もしかして、アカギさんと付き合ってるんですか?」
「えっ⁈」
私はアカギさんの方をちらっと見てから、「こっちきて」と隅っこの方へ移動した。
驚いた、いきなりなんてこと言い出すんだろう!
「付き合ってないんだけど……。私、そんなに分かりやすいかな?」
「ってことは、やっぱりアカギさんのこと好き……とか?」
「うん、実はそうなの」
気恥ずかしくて頰を染める。
「でも、どうして分かったの?」
「いくらなんでも、アカギさんのこと見過ぎですよ。ただ、男の僕からしてもアカギさんはかっこいいから気持ちは分かりますけどね」
「や、やっぱりそうだよね! ……ねえ、恋愛相談乗ってくれる?」
周りに女友達がいない私は、相談相手として治くんを喫茶店に誘った。今まで誰にも打ち明けられなかった思いが溢れて、色んなことを話してしまう。治くんも話を聞いてくれたし、2人でアカギさんの話をして盛り上がったりした。治くんは信用できるし、それに結構楽しい。
「ありがと、相談に乗ってくれて」
「いえいえ! それに、オレも楽しかったです。またいつでもご一緒しますよ」
「嬉しい!」
こうして休憩時間を終え、再び2人で工場に向かうと、アカギさんがこちらに目を向けた。しかし、私と目が合ったのに、彼は笑いかけることなく、すぐに別の方へ視線を逸らしてしまった。
今まではこんな反応に傷ついていた。けれど、さっき治くんに元気を貰ったばかり。
こんなことではへこたれない……!
と、思っていたんだけど。
どうやら今日は幸運が降りかかってくる日らしい。
作業を終え戻ろうとすると、「ねえ、あんた」とアカギさんに声を掛けられた。
「はいっ!」
くるっと笑顔で振り返ると、
「いま時間ある?」
と、彼からお誘いを受けた……!
どうしよう! あとで治くんに報告しなきゃ。
私が「もちろん」と応じると、誰もいなくなった工場で、アカギさんは一歩私に近づいた。
しばらくすれば、この場所の鍵を閉めるために管理人が戻ってくるとは言え、今は2人きり。
ドキドキせずにはいられない。
「……昼の時間、のことだけど」
「お昼?」
私が首を傾げると、アカギさんは咳払いをした。
「ほら……治とどこか行ってただろ」
「ああ! 行きました。楽しかったです」
「そう……。あんたって結構欲張りなんだね」
「え?」
欲張り? 私は身に覚えがない単語に混乱した。
「なんで、気がつかねえかな」
アカギさんはぐい、と私の腕を引いて、真っ直ぐこちらの瞳を覗きこんできた。
「オレの事、気になってたんじゃなかったの」
えっ……!
私は1つの答えにたどり着いて言葉を失う。
アカギさんが今不機嫌な理由、さっき目を逸らされた理由って。
じんじん、と掴まれたところから熱が伝わってくる。彼の表情は、少し厳しい。
……やっぱり、アカギさんも満更じゃなかったってこと? 焼きもち、焼いてくれたってことだよね?
私は焦りながらも、なんとか弁明をしようと試みた。
「治くんには、えっと、恋愛相談してもらっていて! ア、アカギさんの話、してました」
「オレの話?」
「だって、あれからあんまり進展してないから……」
私は言いながら、照れて口をつぐんだ。
あれから、というのは、もちろんアカギさんにぎゅっとしてもらった時のことだ。
「私、アカギさんしか好きじゃないです……」
アカギさんは私の腕を離さないまま、こう言った。
「じゃあ、恋愛相談なんて、もうしなくていいから」
「え……?」
「つまり、こういうこと。」
アカギさんは私とじっと目線を合わせた。
そしておもむろに私の顎を持ち上げ——え、ちょっと待って、嘘でしょ——、
そっと、唇を重ねた。
抵抗なんて、できない。
「……ぅ」
驚いてそっと薄眼を開けると、アカギさんは目を瞑っていたのが見える。
慌てて私はもう一度目を閉じ、今はこの瞬間だけを考えることにした。
アカギさんの鼓動まで聞こえてきそうな、この近さ。
さらに唇を押し付けられ、私は幸せな気分でいっぱいになる。なんてったってアカギさんとのキス。嬉しい、恥ずかしい。
ああ、もう本当に好き……。好き。
私の心臓なんて、とっくに破裂しちゃってるかな。
私はそっと、彼の背中に手を回そうとした。
その時。
アカギさんの鼻息を感じた。
と思ったら、ちろ、と静かに温かい感触が。
「んぅっ⁈」
私はあまりの衝撃に、アカギさんの胸を押し返してしまった。
違う、抱きつきたかったのに! 私の馬鹿!
彼の顔を見ると、アカギさんは自分の唇を舐めながら、大人しく私から身をひいていった。
なんか、えっち。
「ま、初めてだしこんなもんか」
「へ……?」
あまりに私が呆然とした顔をしていたのだろうか、アカギさんはクスっと笑った。
「ん……とりあえず、“進展”したでしょ」
私はその言葉に、真っ赤になって俯く。
すると、向こうでガチャン、と大きな音。
管理人が、鍵をかける為に様子を見にきたんだ。
「……あらら。時間切れだ」
アカギさんはそう言って、出口へ歩いていく。
早く外に出なくちゃいけないのに、私はうまく歩けない。ガチガチだ。
アカギさんはにっと笑って小声で言う。
「次はどこまで進めるかな……オレとあんた」
「えっ、えっと」
頭がヒートアップしそう。
返答できず慌てていると、管理人さんが「なんだ、まだいたのか」と声をかけてきた。
「ちょっと、仕事上の注意をね」
アカギさんが誤魔化すように言う。
「ね、先輩」
「う、うん……」
管理人さんは「仕事熱心だな」と言いながら、機械に不備がないかチェックしていった。
管理人さんにバレなくて良かった。
ほっと胸を撫で下ろした私に、アカギさんは意地悪に言った。
「注意してくださいね、先輩。今回だけですから。
——仕事中に余所見なんて……そんなアブナイこと。」