やっちゃったわ
「……このままではダメになる」
真吾がゆっくりと身を起こしてタオルケットを掴む。
「は……?」
隣でぼんやりしていたメフィスト二世も同じように身を起こすと、真吾に向き直った。
「なにがだよ?」
裸の肩を掴んでみるも、邪険に振り払われる。
「何がって、君と僕」
「どの辺が問題なんだ?」
首を傾げたところに特大のため息が返ってきた。
「2月、3月ときて今月も君の警備のついでに酒飲んでセックスしてってさぁ」
「それが?」
「完全にダメなパターンだろ?」
「お互い忙しいし、夜中にできることなんか限られてるじゃねぇか、なぁ」
真吾の首を肘に引っ掛けて引き寄せようとするも、するりとくぐり抜けられてしまう。
舌を打ちたいのを堪えてベッドを抜けると、下着だけ着けてワンルームのリビング部分へ三歩で辿り着いた。
脱ぎっぱなしのジャケットからタバコを出して咥えたところに、下着姿の真吾もやってきた。
オイルライターで火を点けると、深く吸い込んでから天井へ煙を吐き出す。
「……吸うか?」
「いらない」
「そっか」
手にしたボックスをテーブルに放って、ため息混じりにまた紫煙を吐いた。
「なぁ、何が不満なんだよ?」
答えが怖くて消えたままのテレビを見つめて、問う。
「……いろいろ」
「言ってくれねぇと、わからねぇよ」
「うん」
隣に腰を下ろした真吾の体温に安堵して、柄になく緊張していたことを覚った。
「オレはよう、荒事ばっかり得意になっちまったからこういう機微ってのにはとんと疎いみたいでな」
「ん、君は強いからね」
「だから、何でも言って分からせてくれよ」
ふっ、と笑う雰囲気にやっと真吾の顔が見ることができて振り返る。
「あのさ、君は誰かと付き合うのは僕が初めてって本当?」
「……ザンネンながら」
「残念とかじゃなくて、えぇと」
暫し、思案しながら人差し指で宙に魔法陣を書いた。
「なんか、今の状況は恋愛末期感というか不健全?不健康?な気がしちゃってね」
黙って先を促すと、苦笑して続ける。
「なんか、こう、付き合いたての初々しさというか晴れ晴れした気分も味わいたいっていう……僕のわがままかもしれない」
「じゃあ、どうしたらそれを味わえるんだ?」
「普通はデートとかしてお互いを知ってから事に及ぶんだよ、人間は」
「断続的ではあるが二〇年以上の付き合いで今更……」
「それがダメなんだって、友達とか仲間としてじゃなくて恋人として互いに知って行くっていう」
「じゃあ、するか?」
短くなった吸い指しを灰皿に押し付けながら提案する。
「デートって奴をよ」
「いいけど、時間あるの?」
「真吾の為の時間なら作るんだよ」
言いながらジャケットをごそごそと間探って、
「じゃなきゃ、不寝番なんて月に何度も受けねえよ」
と、スマホを取り出すとどこかの番号を呼び出した。
『……夜中になんでい、寝て』
「なぁ、明日の不寝番も代わってやるから昼間の書類整理をやれ」
『はぁ、なんでオレっちが……』
「先月も代わってやったんだ、借りがひとつ減っていいだろ」
『こっちだって、都合が……』
「いいから、決定な」
それだけ告げて通話を切る。
「明日、休みだろ?」
その言葉に内心でこうもり猫に手を合わせつつ、頷いた。
「魔界と人間界と……」
「人間界がいい!」
「こっちは不案内だから、真吾が連れて行ってくれよ」
言いながら落ちていたシャツを羽織る。
「もう、帰るの?」
「いつものなりじゃ目立つから、まぁ適当な服を見繕って戻る」
そう言う間にタイを結んでスラックスはもちろん、ジャケットにマント、シルクハットまで着込んで立ち上がった。
「もうすぐ夜明けだし、敵襲あったらすぐ連絡しろ」
ステッキを拾ってベランダのサッシを開けてから、ちょいちょいと指先で呼ばれる。
「なに?」
「すぐ戻るから、服着て少し寝とけ」
早口でそう言って、真吾の前髪を上げると額にキスを贈って飛び立った。
「……寝れるわけ、ないだろ」
真っ赤になってつぶやくと、シャツだけ羽織ってスマホを手にした。
「はい、はーい」
チャイムの音に玄関へ向かうと、チェーンを外してドアを開けた。
「あれ、えっと二世……?」
「不用心だろ、モニタで必ず確認しろ」
そう言いつつもがっちりとドアを掴んだ二世の姿に目を丸くする。
いつもの礼装ではなく、頭にはボルサリーノのパナマ、麻混と思われる黒のジャケットに第一ボタンを外した白いシャツ、センタープレスも鮮やかなグレイの綿パンツにローファーとやや時代がかってはいるものの街歩きに不足はない姿で。
「なんか、急に暑くなったから適当に見繕ったがラフすぎるか?」
するりと玄関に入ると後ろ手にドアを閉めた。
「一応、タイもあるが……」
言いながら、真吾の姿を上から下まで眺める。
黒のポロシャツにベージュのチノパン姿に、
「いらねえみたいだな」
と、言って笑ったところで真吾が我に返った。
「……なんで、窓から来ないのさ?」
「こう明るい中、飛んで来て見咎められてもいけないからな」
真吾の脇を抜けてさっさとリビングへ向かうので、慌てて後を追う。
「朝メシは?」
「食べたよ」
「で、何処行くか決まったか?」
ソファに腰掛けると流れるようにボックスを出して、タバコを咥えた。
洗ってあった灰皿を押しやって、飲みかけのコーヒーをひとくち。
「月並みだけど、映画とか……」
「却下」
「まだ作品名も言ってないのに?!」
「真吾が寝ちまうからな」
言いながら空いた指先で真吾の目の下を撫でる。
「寝ろって言ったのに、寝てねえだろ?」
素手の感触に思わず、少し距離を取ってから言い返す。
「だって、デートなんて久しぶりだからいろいろ調べてて」
「オレは初心者だから、気負わず思いついた所へ連れてってくれ」
そう言うとへにゃと笑ってタバコを揉み消した。
見たこともない二世の表情から咄嗟に目を逸らしてスマホを見つめる。
「じゃあ、とにかく出ようか」
「お、早いな」
「僕もサマージャケット取ってくるから」
「ウエノねぇ」
「……まぁ、色々あるし」
「学生の時分から変わらねえな」
喉で笑う二世の脇腹を突く。
「そう、なんだけど……なんで知ってるの?」
「そりゃ、好きな奴の動向が気になったからさ」
「それ、さぁ」
耳が熱くなるのを誤魔化すように早足で案内板へと向かった。
「科学博物館に国立博物館……」
「博物館系は却下、真吾が動かなくなりそうだ」
「ゔ……美術館だと、西洋は印象派で都立はエジプト……」
「印象派は家にも何点かあるし、エジプトもまぁ却下」
「後は書道にマンガの展覧会だけど、興味ある?」
「とんと、ねぇな」
顎に手を当てて思案していた二世が左上を指差した。
「動物園てのはどうだ?」
「無難なチョイスだね」
「じゃあ、決まりだ」
そう言って歩き出した真吾の手を二世が掴む。
またぞろ素手の感覚に思わず振り払うも、返ってがっちり掴まれてしまった。
「は、はずかしいから……」
「人が多いんだよ、それに真吾はすぐにどっか行きそうで」
「迷子なんてならないから!」
「いや、オレが置いていかれそうでな」
頬を掻きながらそんなことを言うものだから、手を離すタイミングを失う。
「いい年して、迷子は困るから!」
そう言ってごった返す人の流れに乗って、動物園を目指した。
「入ってそうそう、すげぇ行列だな」
「あぁ、パンダの赤ちゃんが公開になったんだっけ」
「パンダって、白と黒の熊みたいな?」
「うん、並ぶけど見る?」
「おう、見たことねぇんだよ」
嬉しそうな二世の手を引いて、列の後ろに並ぶ。
「前に行かねえのか?」
「うん、前は子供とか背の低い人用で僕らは後ろからでもみえるでしょ」
「へぇ、そんな決まりあるんだな」
そんなことを言い合いながら、展示室へと入った。
折悪く、子供のパンダは寝ておりぴくりとも動かない。
「なぁ、あのぬいぐるみみたいなの本当に動くのか?」
「偽物のわけないから起きてたらね」
「へぇ」
「帰りにまた、見に来る?」
「おう」
いつになく目をきらきらさせた二世の手を引いて、順路を巡る。
象にキリン、ゴリラに虎と大型の生き物の屋外展示を見て、歌うというペンギンを見た。
「すげぇな」
何を見ても目を丸くする二世を微笑ましく思いながら、
「お腹空かない?」
と、問うと、
「なんか、喉も乾いたな」
と、二世も同意したのでカフェテリア形式のレストランへと向かう。
ここでもたいそうな込み具合だけれど、機嫌の良い二世と並んだ。
「なぁ、ゴリラ定食だってよ」
「本当だ、ゴリラの餌と同じフルーツがついてるけど売り切れだって」
「じゃあ、パンダのラーメンセット……パンダはラーメン食うのか?」
「食べないけど中国繋がりじゃないかな」
「まぁ、それにする」
「僕はまあ、無難にカレーかな」
目的のものを乗せたトレイを持って、パラソルの下に陣取る。
「パンダのナルトだ」
「あ、かわいいかも」
「食っていいのか?」
「うん、持って帰るわけにはいかないからね」
暫し逡巡の後にそれを口に運んだ所で、真吾がジャケットを脱いだ。
「なんで、脱ぐんだよ?」
「暑いし、白いからカレーが付いたらシミになっちゃう」
「あー……すまん、着てたほうがいいな」
「なんでさ?」
そう言った真吾から視線を逸らして、二世が自分の襟足と首元をちょいちょいと示す。
「ん?」
自分の首周りを確認した真吾が真っ赤になってそそくさとジャケットを羽織った。
「暑いな」
正午を回っても陽光は衰えず、ペットボトルの水を飲んだ二世が呟く。
「じゃあ、涼みに行こう」
二世の手を引いて、薄暗い建物の中へ。
「涼しいな、ここは?」
「爬虫類と両生類が展示されてるんだ」
「へえ」
亀やカエル、トカゲなどを見て回る中、蛇の一角で二世が足を止めた。
「どうしたの?」
「いや、話しかけられた」
そう言って繁繁とガラスケースを覗いていた二世が苦笑する。
「なんだって?」
「先月、ナスカとこうもり猫も来たんだとよ」
「へぇ、ナスカが来たら鳥たちが騒ぎそう」
「大騒ぎだったらしい、教えてくれてありがとな」
二世がそう言うと舌をちょろりと出した。
ぐるりと一周してパンダの森に戻って並びなおすと、今度は赤ちゃんパンダも起きていた。
よちよちと母親を追いかけていて転んでしまうのを見て、
「かわいいなぁ」
と、今朝みたいにへにゃりと笑うものだからお土産に小さなぬいぐるみを買って園を出た。
「まだ、元気?」
「真吾を乗せて南極まで飛ぶよりは疲れてねえよ」
減らず口もなんだか今日は可愛く思えて、思わず頬が緩む。
「じゃあ、もう少し涼みに行こうか」
駅を素通りして坂を下るとまた人混みで、その中をすいすいと歩く真吾に手を引かれて建物の並んだ通りに出た。
並んだ中の一軒の暖簾をくぐると、エアコンの冷たい風にほうと息を吐いた。
「何名様ですか?」
「ふたり」
「御二階へどうぞ」
狭い階段を上がり、窓際の席に腰を下ろす。
「ここは、何屋だ?」
「んーと、甘味処だよ」
暖かなお茶に一息つくと、真吾が写真のメニューを見せた。
「昔はなかった新メニューが増えてる」
「来たことあるのか?」
「うん、母さんとエツ子と動物園の帰りに何回かね」
「へぇ、そのときは何をたべたんだ?」
「母さんはねぇ豆かんで、僕らはクリームあんみつを半分ずつ」
ふふ、と笑って真吾が続ける。
「じゃあ、クリームあんみつにする」
「かき氷ももうやってるよ」
「真吾が食べたってやつがいいんだよ」
「そう?じゃあ僕は氷あんずにしよう」
手を上げて注文すると、ほどなくして椀に様々な具材とあんこにクリームが乗ったあんみつときれいな山に雪のようにクリームが乗ったかき氷が運ばれた。
「……甘ぇな」
「クリームに黒蜜にあんこだからね」
「でも、美味い」
「こっちはあんずシロップが甘酸っぱくてさっぱりするよ」
さくさくと山を崩してスプーンに杏色の氷をのせると、そのまま差し出す。
「食べるでしょ?」
「お、おう」
首を伸ばしてぱくりと、咥えるとするりと唇の間からスプーンが抜かれた。
「さっぱりした?」
「あぁ……じゃあ、こっちも」
寒天にあんこにクリームとスプーンに山盛りにして差し出されて目を丸くする。
「これ、一口で入らないよ」
「何口でもいいぜ」
ついと二世の差し出したスプーンを取って、口に運ぶ。
「うん、甘い……懐かしいな、ありがとう」
スプーンを差し出すも、二世の指はそれを素通りして真吾の唇に触れた。
「蜜、ついてる」
親指で拭ってスプーンを受け取り、視線を上げると真吾の顔が真っ赤に。
「……どうした?」
その問いに答えずにざくざくと氷を掬っては口に運び、山が溶け出してやっと口を開いた。
「……あたま、キンキンする」
「すみません、お茶ください!」
熱い茶に一息ついた真吾が憮然とした顔でやっと、口を開く。
「君さぁ、なんなの……?」
「真吾こそ、なんなんだよ」
同じく憮然とした顔で二世が返すと、真吾が百面相の挙句に吐いた言葉が。
「……もぅ、やだ」
「おい、何が嫌なんだ?」
途端にあたふたした二世が聞き返す。
「デート、楽しくなかったのか?」
「……楽しい、けど」
「けど?」
「……なんで、今日は手袋してないの?」
「そりゃ、この格好で手袋はおかしいだろ……っ」
「……じゃあ、触んないでよ」
耳まで真っ赤にして拗ねたような困ったようなことを言うものだから、
「だから!言って分からせてくれって頼んだたろ?」
と、朝の言葉を繰り返すとため息混じりに真吾が口を開いた。、
「……君さぁ、手袋外すのっていつ?」
「基本的に風呂だの寝るときだな」
「じゃあ、僕の前で外すのは?」
「今日は特別だがよ……あ」
間の抜けた顔で絶句すると、珍しく顔を赤くした二世が開きっぱなしの口元を押さえた。
「……言いたくないけど、今朝までしてたしなんか恥ずかしいから」
「すまん……」
「僕が気にし過ぎかもたけど」
まだ赤い顔で溶けかけの氷を掬って口へ運ぶ。
「……それを言えば、お前だって大概だろ?」
「なにが?」
「昼もさっきもオレに食べ物分けるときに、あーんって」
「そんなの昔もだし、百目にだってするよ」
「もう、すんな」
「百目にヤキモチ?」
ふん、と鼻で笑った真吾に手を伸ばしてこめかみから頬、唇を人差し指と中指で撫でるとひいたはずの赤味が肌に戻った。
「ちょっと、やめてよ」
引き剥がそうとするのに逆らって、顎から首筋の跡に触れると真吾が音を立てて立ち上がる。
「……も、帰る!」
伝票を引っ掴むと足早に階段へと向かうも、会計の段であっさりと追いつかれた。
「なぁ、真吾」
人混みを避けて路地に入ったところで、肩を掴むと顔だけそっぽを向いた。
「なにさ」
「オレと帰るか、ひとりで帰るか?」
二世の言葉に咄嗟に振り返ると、訳知り顔にまたすぐそっぽを向く。
「じゃあ、ここでお別れだな」
背を向けると、放した手を真吾が両手で掴んだ。
「……それは、やだ」
絞り出すようにそう言う真吾の耳元に囁く。
「すげぇかわいい顔になってるぞ」
「……なって、ない」
「嘘だ、キスしていいか?」
「やだ、外だし」
「……なら、一緒に帰るか?」
耳殻を摘んで撫でると、目をぎゅうと瞑って頷いた。
「飛んで帰る」
真吾をひょいと腕に抱き上げると、そのまま真上に飛び上がる。
「……ベランダの鍵開きっぱなしじゃねえか、不用心だろ」
「今朝、君がそっちから戻るかと思ってたから」
「ふうん」
抱えていた真吾を床に下ろすと、そのまま抱き寄せて顳顬やら目尻、頬に口付けてから唇に触れた。
思わず吐息を漏らすと、そこからぬるりと二世の舌が入り込み口内を余すことなく舐られて喉が詰まりそうになる。
キスの間も二世の指が耳や頬、首筋を撫でるものだから腕の中で身を揉む事しかできなくて。
ようやっと唇が開放されて呼吸を再開すると、脇腹から腰を撫でていた手が鼠径部に触れて跳ね上がる。
「真吾、勃ってるな」
「言うな、よ……」
「ベッドへ行くか?止めておくか?」
「……」
「飲んでねえし、まだ明るいが」
「……いくから、靴脱がして」
「はいよ」
そのまま抱き上げてベッドへ腰掛けさせると、靴と靴下をはぎとって確かめるように触れる。
「ふぁ……っ」
ジャケットを脱がしながらキスをされて、真吾が胸を押した。
「ごめん、やっぱりシャワー……んあっ」
ぐいと逆に抑え込まれてベッドへ転がる。
「構わねえし、待てない」
文句を言おうと口を開いたところへ、二世の指が押し込まれた。
人差し指で舌を押さえて、親指で唇を撫ぜたそれをちゅうと吸い上げた。
「ごめん……」
「ん、なにがだ?」
ポロシャツの下を撫でながら問うと、すでにとろりとした声が返る。
「今朝はあんなこと言ったのに……」
「あぁ」
「すごく、したい……」
「そりゃあ、オレもだ」
二世が嬉しそうなにへにゃりと笑った。
「いつものも好きだけど、その顔好き」
「へえ、顔だけか?」
「意地の悪い」
少し笑って続ける。
「君が好き、全部好き」
「奇遇だな、オレも真吾が好きなんだ」
鼻先でまた笑われて、頬が緩むのが自分でもわかる。
「大好きだから抱いてもいいか?」
「ん、抱いて」
「ふぁあ、んん……っ」
「今日はまた、すげぇ具合が良さそうだな」
「あ、わかんない……っ」
自分のものを含ませた腰を引き寄せると、真吾が大きく背を反らせた。
指先で触れるだけで緩く形を変えた真吾自身からとぷり、と白濁が溢れる。
「真吾、キツくねぇか?」
「へい、きだから、ぜんぶいれて」
「まだ、奥のほうが開いてねえから痛むだろ?」
「今朝したばっかりだからっ」
「後で怒るなよ……」
それ言うと、掴んでいた腰を抱え直し体を進めた。
想像どおり、狭い隘路の抵抗にあい思わず奥歯を噛む。
「ふぁ、あ、んん……っ」
真吾のほうも涙を溢しながら、やはり身を開かれる痛みと衝撃を堪えた。
「あ、あぁ……にせぃ……っ」
シーツを握っていた手が伸ばされる。
それを取って首に回させると、ぐいと鼻先を近付けた。
「にせぃ、にせぇ……っ」
「いるよ、真吾」
真吾のまろいそこに尖ったそれを擦り付けると、ちゅうと唇を押し付けられる。
「ふぁ、んん……っ」
「真吾、馴染んだか?」
「あ、んんっ」
何度も頷くとゆっくりと腰を擦り付けた。
「あ、やぁ……っ」
「いや、じゃねえだろ」
膨らんだ腹を撫でると、真吾の身体が跳ねる。
「きもちいいか?」
「ん、いい、きもひい……っ」
ゆったりと下動きで腰を動かすと、真吾の胎内はすぐにきゅうと懐いた。
それに合わせて徐々に早く激しく腰を使うと真吾が声もなくわなないた。
「ん、ふぁ、にせぇ……っ」
名を呼ばれて口づけるとすぐに真吾の舌が伸びて、二世の唇を舐める。
それを絡め取り、甘噛みするとまた真吾の中がきゅうきゅうと蠢いた。
そのまま奥を愛でるように腰を使うと、ぎゅうと抱きついて真吾が達する。
「にせぃ、にせ……!」
「しんご、しんご」
互いの名前を呼び合い、唇を押しつけあっているとぎゅうと閉じられていた真吾のとろりとした瞳が開いてどきりとした。
「にせ、すき、にせぃ、すきぃ……」
いつもと違い舌っ足らずに愛を呟く。
それに胸がふわりと浮くと同時に下腹がずっしりと重くなった。
「真吾、大好きだよ」
そう囁いて早く激しく腰を使うと、真吾がほかの言葉を忘れたかのように二世の名だけを呼ぶ。
「あ、あ、にせ、んん、ふぁ……っ」
「しんご、かわい、すき……っ」
互いの肌が触れ合う音が激しくなり、強く腰を打ち付けて二世が達した。
「しんご、すき、だいすき」
同じように達した真吾の震える体をぎゅうぎゅうに抱き締める。
「にせぃ、すきぃ……っ」
ぽろぽろと目尻から雫を溢しながら真吾も応えた。
「しんご、たりない、もっとしてもいいか?」
「ん、にせぃ、するぅ……っ」
そう返事をしてしがみついていた腕足の力を抜いた。
「……あたま、いたい」
ひんやりした感触に手を伸ばすと濡れたタオルが額と手元を覆っていた。
それを取って身を起こすと、
「目が覚めたみたいだな」
と、下着姿の二世が寄ってきて目元を撫でた。
「腫れないと、いいんだが」
そう言う恋人に両手を伸ばすと、苦いキスが返ってくる。
「真吾、意識は?」
「ふつう、少し頭いたい」
「あんだけ泣きゃあな」
「……記憶、飛んでるかも」
「ん、三回目終わって伸びてたから適当に始末して寝かせてた」
窓を見遣ると明るかった外には人工的な光が見えた。
「なんか、飲むか」
「うん、お腹空いてる?」
「まぁ、ぼちぼち」
「この時間じゃ、ピザかウーバーかな」
「よくわかんねえから、どっちでも」
互いに抱き合いながら、キスの合間にそんなことを囁きあう。
「あのさ」
「ん?」
「やっぱり、君が好き」
「奇遇だな、オレは大好き」
「じゃあ、僕も大好き」
そんなことを言い合っていると、互いの腹が同時に鳴ってどちらともなく吹き出した。
真吾がゆっくりと身を起こしてタオルケットを掴む。
「は……?」
隣でぼんやりしていたメフィスト二世も同じように身を起こすと、真吾に向き直った。
「なにがだよ?」
裸の肩を掴んでみるも、邪険に振り払われる。
「何がって、君と僕」
「どの辺が問題なんだ?」
首を傾げたところに特大のため息が返ってきた。
「2月、3月ときて今月も君の警備のついでに酒飲んでセックスしてってさぁ」
「それが?」
「完全にダメなパターンだろ?」
「お互い忙しいし、夜中にできることなんか限られてるじゃねぇか、なぁ」
真吾の首を肘に引っ掛けて引き寄せようとするも、するりとくぐり抜けられてしまう。
舌を打ちたいのを堪えてベッドを抜けると、下着だけ着けてワンルームのリビング部分へ三歩で辿り着いた。
脱ぎっぱなしのジャケットからタバコを出して咥えたところに、下着姿の真吾もやってきた。
オイルライターで火を点けると、深く吸い込んでから天井へ煙を吐き出す。
「……吸うか?」
「いらない」
「そっか」
手にしたボックスをテーブルに放って、ため息混じりにまた紫煙を吐いた。
「なぁ、何が不満なんだよ?」
答えが怖くて消えたままのテレビを見つめて、問う。
「……いろいろ」
「言ってくれねぇと、わからねぇよ」
「うん」
隣に腰を下ろした真吾の体温に安堵して、柄になく緊張していたことを覚った。
「オレはよう、荒事ばっかり得意になっちまったからこういう機微ってのにはとんと疎いみたいでな」
「ん、君は強いからね」
「だから、何でも言って分からせてくれよ」
ふっ、と笑う雰囲気にやっと真吾の顔が見ることができて振り返る。
「あのさ、君は誰かと付き合うのは僕が初めてって本当?」
「……ザンネンながら」
「残念とかじゃなくて、えぇと」
暫し、思案しながら人差し指で宙に魔法陣を書いた。
「なんか、今の状況は恋愛末期感というか不健全?不健康?な気がしちゃってね」
黙って先を促すと、苦笑して続ける。
「なんか、こう、付き合いたての初々しさというか晴れ晴れした気分も味わいたいっていう……僕のわがままかもしれない」
「じゃあ、どうしたらそれを味わえるんだ?」
「普通はデートとかしてお互いを知ってから事に及ぶんだよ、人間は」
「断続的ではあるが二〇年以上の付き合いで今更……」
「それがダメなんだって、友達とか仲間としてじゃなくて恋人として互いに知って行くっていう」
「じゃあ、するか?」
短くなった吸い指しを灰皿に押し付けながら提案する。
「デートって奴をよ」
「いいけど、時間あるの?」
「真吾の為の時間なら作るんだよ」
言いながらジャケットをごそごそと間探って、
「じゃなきゃ、不寝番なんて月に何度も受けねえよ」
と、スマホを取り出すとどこかの番号を呼び出した。
『……夜中になんでい、寝て』
「なぁ、明日の不寝番も代わってやるから昼間の書類整理をやれ」
『はぁ、なんでオレっちが……』
「先月も代わってやったんだ、借りがひとつ減っていいだろ」
『こっちだって、都合が……』
「いいから、決定な」
それだけ告げて通話を切る。
「明日、休みだろ?」
その言葉に内心でこうもり猫に手を合わせつつ、頷いた。
「魔界と人間界と……」
「人間界がいい!」
「こっちは不案内だから、真吾が連れて行ってくれよ」
言いながら落ちていたシャツを羽織る。
「もう、帰るの?」
「いつものなりじゃ目立つから、まぁ適当な服を見繕って戻る」
そう言う間にタイを結んでスラックスはもちろん、ジャケットにマント、シルクハットまで着込んで立ち上がった。
「もうすぐ夜明けだし、敵襲あったらすぐ連絡しろ」
ステッキを拾ってベランダのサッシを開けてから、ちょいちょいと指先で呼ばれる。
「なに?」
「すぐ戻るから、服着て少し寝とけ」
早口でそう言って、真吾の前髪を上げると額にキスを贈って飛び立った。
「……寝れるわけ、ないだろ」
真っ赤になってつぶやくと、シャツだけ羽織ってスマホを手にした。
「はい、はーい」
チャイムの音に玄関へ向かうと、チェーンを外してドアを開けた。
「あれ、えっと二世……?」
「不用心だろ、モニタで必ず確認しろ」
そう言いつつもがっちりとドアを掴んだ二世の姿に目を丸くする。
いつもの礼装ではなく、頭にはボルサリーノのパナマ、麻混と思われる黒のジャケットに第一ボタンを外した白いシャツ、センタープレスも鮮やかなグレイの綿パンツにローファーとやや時代がかってはいるものの街歩きに不足はない姿で。
「なんか、急に暑くなったから適当に見繕ったがラフすぎるか?」
するりと玄関に入ると後ろ手にドアを閉めた。
「一応、タイもあるが……」
言いながら、真吾の姿を上から下まで眺める。
黒のポロシャツにベージュのチノパン姿に、
「いらねえみたいだな」
と、言って笑ったところで真吾が我に返った。
「……なんで、窓から来ないのさ?」
「こう明るい中、飛んで来て見咎められてもいけないからな」
真吾の脇を抜けてさっさとリビングへ向かうので、慌てて後を追う。
「朝メシは?」
「食べたよ」
「で、何処行くか決まったか?」
ソファに腰掛けると流れるようにボックスを出して、タバコを咥えた。
洗ってあった灰皿を押しやって、飲みかけのコーヒーをひとくち。
「月並みだけど、映画とか……」
「却下」
「まだ作品名も言ってないのに?!」
「真吾が寝ちまうからな」
言いながら空いた指先で真吾の目の下を撫でる。
「寝ろって言ったのに、寝てねえだろ?」
素手の感触に思わず、少し距離を取ってから言い返す。
「だって、デートなんて久しぶりだからいろいろ調べてて」
「オレは初心者だから、気負わず思いついた所へ連れてってくれ」
そう言うとへにゃと笑ってタバコを揉み消した。
見たこともない二世の表情から咄嗟に目を逸らしてスマホを見つめる。
「じゃあ、とにかく出ようか」
「お、早いな」
「僕もサマージャケット取ってくるから」
「ウエノねぇ」
「……まぁ、色々あるし」
「学生の時分から変わらねえな」
喉で笑う二世の脇腹を突く。
「そう、なんだけど……なんで知ってるの?」
「そりゃ、好きな奴の動向が気になったからさ」
「それ、さぁ」
耳が熱くなるのを誤魔化すように早足で案内板へと向かった。
「科学博物館に国立博物館……」
「博物館系は却下、真吾が動かなくなりそうだ」
「ゔ……美術館だと、西洋は印象派で都立はエジプト……」
「印象派は家にも何点かあるし、エジプトもまぁ却下」
「後は書道にマンガの展覧会だけど、興味ある?」
「とんと、ねぇな」
顎に手を当てて思案していた二世が左上を指差した。
「動物園てのはどうだ?」
「無難なチョイスだね」
「じゃあ、決まりだ」
そう言って歩き出した真吾の手を二世が掴む。
またぞろ素手の感覚に思わず振り払うも、返ってがっちり掴まれてしまった。
「は、はずかしいから……」
「人が多いんだよ、それに真吾はすぐにどっか行きそうで」
「迷子なんてならないから!」
「いや、オレが置いていかれそうでな」
頬を掻きながらそんなことを言うものだから、手を離すタイミングを失う。
「いい年して、迷子は困るから!」
そう言ってごった返す人の流れに乗って、動物園を目指した。
「入ってそうそう、すげぇ行列だな」
「あぁ、パンダの赤ちゃんが公開になったんだっけ」
「パンダって、白と黒の熊みたいな?」
「うん、並ぶけど見る?」
「おう、見たことねぇんだよ」
嬉しそうな二世の手を引いて、列の後ろに並ぶ。
「前に行かねえのか?」
「うん、前は子供とか背の低い人用で僕らは後ろからでもみえるでしょ」
「へぇ、そんな決まりあるんだな」
そんなことを言い合いながら、展示室へと入った。
折悪く、子供のパンダは寝ておりぴくりとも動かない。
「なぁ、あのぬいぐるみみたいなの本当に動くのか?」
「偽物のわけないから起きてたらね」
「へぇ」
「帰りにまた、見に来る?」
「おう」
いつになく目をきらきらさせた二世の手を引いて、順路を巡る。
象にキリン、ゴリラに虎と大型の生き物の屋外展示を見て、歌うというペンギンを見た。
「すげぇな」
何を見ても目を丸くする二世を微笑ましく思いながら、
「お腹空かない?」
と、問うと、
「なんか、喉も乾いたな」
と、二世も同意したのでカフェテリア形式のレストランへと向かう。
ここでもたいそうな込み具合だけれど、機嫌の良い二世と並んだ。
「なぁ、ゴリラ定食だってよ」
「本当だ、ゴリラの餌と同じフルーツがついてるけど売り切れだって」
「じゃあ、パンダのラーメンセット……パンダはラーメン食うのか?」
「食べないけど中国繋がりじゃないかな」
「まぁ、それにする」
「僕はまあ、無難にカレーかな」
目的のものを乗せたトレイを持って、パラソルの下に陣取る。
「パンダのナルトだ」
「あ、かわいいかも」
「食っていいのか?」
「うん、持って帰るわけにはいかないからね」
暫し逡巡の後にそれを口に運んだ所で、真吾がジャケットを脱いだ。
「なんで、脱ぐんだよ?」
「暑いし、白いからカレーが付いたらシミになっちゃう」
「あー……すまん、着てたほうがいいな」
「なんでさ?」
そう言った真吾から視線を逸らして、二世が自分の襟足と首元をちょいちょいと示す。
「ん?」
自分の首周りを確認した真吾が真っ赤になってそそくさとジャケットを羽織った。
「暑いな」
正午を回っても陽光は衰えず、ペットボトルの水を飲んだ二世が呟く。
「じゃあ、涼みに行こう」
二世の手を引いて、薄暗い建物の中へ。
「涼しいな、ここは?」
「爬虫類と両生類が展示されてるんだ」
「へえ」
亀やカエル、トカゲなどを見て回る中、蛇の一角で二世が足を止めた。
「どうしたの?」
「いや、話しかけられた」
そう言って繁繁とガラスケースを覗いていた二世が苦笑する。
「なんだって?」
「先月、ナスカとこうもり猫も来たんだとよ」
「へぇ、ナスカが来たら鳥たちが騒ぎそう」
「大騒ぎだったらしい、教えてくれてありがとな」
二世がそう言うと舌をちょろりと出した。
ぐるりと一周してパンダの森に戻って並びなおすと、今度は赤ちゃんパンダも起きていた。
よちよちと母親を追いかけていて転んでしまうのを見て、
「かわいいなぁ」
と、今朝みたいにへにゃりと笑うものだからお土産に小さなぬいぐるみを買って園を出た。
「まだ、元気?」
「真吾を乗せて南極まで飛ぶよりは疲れてねえよ」
減らず口もなんだか今日は可愛く思えて、思わず頬が緩む。
「じゃあ、もう少し涼みに行こうか」
駅を素通りして坂を下るとまた人混みで、その中をすいすいと歩く真吾に手を引かれて建物の並んだ通りに出た。
並んだ中の一軒の暖簾をくぐると、エアコンの冷たい風にほうと息を吐いた。
「何名様ですか?」
「ふたり」
「御二階へどうぞ」
狭い階段を上がり、窓際の席に腰を下ろす。
「ここは、何屋だ?」
「んーと、甘味処だよ」
暖かなお茶に一息つくと、真吾が写真のメニューを見せた。
「昔はなかった新メニューが増えてる」
「来たことあるのか?」
「うん、母さんとエツ子と動物園の帰りに何回かね」
「へぇ、そのときは何をたべたんだ?」
「母さんはねぇ豆かんで、僕らはクリームあんみつを半分ずつ」
ふふ、と笑って真吾が続ける。
「じゃあ、クリームあんみつにする」
「かき氷ももうやってるよ」
「真吾が食べたってやつがいいんだよ」
「そう?じゃあ僕は氷あんずにしよう」
手を上げて注文すると、ほどなくして椀に様々な具材とあんこにクリームが乗ったあんみつときれいな山に雪のようにクリームが乗ったかき氷が運ばれた。
「……甘ぇな」
「クリームに黒蜜にあんこだからね」
「でも、美味い」
「こっちはあんずシロップが甘酸っぱくてさっぱりするよ」
さくさくと山を崩してスプーンに杏色の氷をのせると、そのまま差し出す。
「食べるでしょ?」
「お、おう」
首を伸ばしてぱくりと、咥えるとするりと唇の間からスプーンが抜かれた。
「さっぱりした?」
「あぁ……じゃあ、こっちも」
寒天にあんこにクリームとスプーンに山盛りにして差し出されて目を丸くする。
「これ、一口で入らないよ」
「何口でもいいぜ」
ついと二世の差し出したスプーンを取って、口に運ぶ。
「うん、甘い……懐かしいな、ありがとう」
スプーンを差し出すも、二世の指はそれを素通りして真吾の唇に触れた。
「蜜、ついてる」
親指で拭ってスプーンを受け取り、視線を上げると真吾の顔が真っ赤に。
「……どうした?」
その問いに答えずにざくざくと氷を掬っては口に運び、山が溶け出してやっと口を開いた。
「……あたま、キンキンする」
「すみません、お茶ください!」
熱い茶に一息ついた真吾が憮然とした顔でやっと、口を開く。
「君さぁ、なんなの……?」
「真吾こそ、なんなんだよ」
同じく憮然とした顔で二世が返すと、真吾が百面相の挙句に吐いた言葉が。
「……もぅ、やだ」
「おい、何が嫌なんだ?」
途端にあたふたした二世が聞き返す。
「デート、楽しくなかったのか?」
「……楽しい、けど」
「けど?」
「……なんで、今日は手袋してないの?」
「そりゃ、この格好で手袋はおかしいだろ……っ」
「……じゃあ、触んないでよ」
耳まで真っ赤にして拗ねたような困ったようなことを言うものだから、
「だから!言って分からせてくれって頼んだたろ?」
と、朝の言葉を繰り返すとため息混じりに真吾が口を開いた。、
「……君さぁ、手袋外すのっていつ?」
「基本的に風呂だの寝るときだな」
「じゃあ、僕の前で外すのは?」
「今日は特別だがよ……あ」
間の抜けた顔で絶句すると、珍しく顔を赤くした二世が開きっぱなしの口元を押さえた。
「……言いたくないけど、今朝までしてたしなんか恥ずかしいから」
「すまん……」
「僕が気にし過ぎかもたけど」
まだ赤い顔で溶けかけの氷を掬って口へ運ぶ。
「……それを言えば、お前だって大概だろ?」
「なにが?」
「昼もさっきもオレに食べ物分けるときに、あーんって」
「そんなの昔もだし、百目にだってするよ」
「もう、すんな」
「百目にヤキモチ?」
ふん、と鼻で笑った真吾に手を伸ばしてこめかみから頬、唇を人差し指と中指で撫でるとひいたはずの赤味が肌に戻った。
「ちょっと、やめてよ」
引き剥がそうとするのに逆らって、顎から首筋の跡に触れると真吾が音を立てて立ち上がる。
「……も、帰る!」
伝票を引っ掴むと足早に階段へと向かうも、会計の段であっさりと追いつかれた。
「なぁ、真吾」
人混みを避けて路地に入ったところで、肩を掴むと顔だけそっぽを向いた。
「なにさ」
「オレと帰るか、ひとりで帰るか?」
二世の言葉に咄嗟に振り返ると、訳知り顔にまたすぐそっぽを向く。
「じゃあ、ここでお別れだな」
背を向けると、放した手を真吾が両手で掴んだ。
「……それは、やだ」
絞り出すようにそう言う真吾の耳元に囁く。
「すげぇかわいい顔になってるぞ」
「……なって、ない」
「嘘だ、キスしていいか?」
「やだ、外だし」
「……なら、一緒に帰るか?」
耳殻を摘んで撫でると、目をぎゅうと瞑って頷いた。
「飛んで帰る」
真吾をひょいと腕に抱き上げると、そのまま真上に飛び上がる。
「……ベランダの鍵開きっぱなしじゃねえか、不用心だろ」
「今朝、君がそっちから戻るかと思ってたから」
「ふうん」
抱えていた真吾を床に下ろすと、そのまま抱き寄せて顳顬やら目尻、頬に口付けてから唇に触れた。
思わず吐息を漏らすと、そこからぬるりと二世の舌が入り込み口内を余すことなく舐られて喉が詰まりそうになる。
キスの間も二世の指が耳や頬、首筋を撫でるものだから腕の中で身を揉む事しかできなくて。
ようやっと唇が開放されて呼吸を再開すると、脇腹から腰を撫でていた手が鼠径部に触れて跳ね上がる。
「真吾、勃ってるな」
「言うな、よ……」
「ベッドへ行くか?止めておくか?」
「……」
「飲んでねえし、まだ明るいが」
「……いくから、靴脱がして」
「はいよ」
そのまま抱き上げてベッドへ腰掛けさせると、靴と靴下をはぎとって確かめるように触れる。
「ふぁ……っ」
ジャケットを脱がしながらキスをされて、真吾が胸を押した。
「ごめん、やっぱりシャワー……んあっ」
ぐいと逆に抑え込まれてベッドへ転がる。
「構わねえし、待てない」
文句を言おうと口を開いたところへ、二世の指が押し込まれた。
人差し指で舌を押さえて、親指で唇を撫ぜたそれをちゅうと吸い上げた。
「ごめん……」
「ん、なにがだ?」
ポロシャツの下を撫でながら問うと、すでにとろりとした声が返る。
「今朝はあんなこと言ったのに……」
「あぁ」
「すごく、したい……」
「そりゃあ、オレもだ」
二世が嬉しそうなにへにゃりと笑った。
「いつものも好きだけど、その顔好き」
「へえ、顔だけか?」
「意地の悪い」
少し笑って続ける。
「君が好き、全部好き」
「奇遇だな、オレも真吾が好きなんだ」
鼻先でまた笑われて、頬が緩むのが自分でもわかる。
「大好きだから抱いてもいいか?」
「ん、抱いて」
「ふぁあ、んん……っ」
「今日はまた、すげぇ具合が良さそうだな」
「あ、わかんない……っ」
自分のものを含ませた腰を引き寄せると、真吾が大きく背を反らせた。
指先で触れるだけで緩く形を変えた真吾自身からとぷり、と白濁が溢れる。
「真吾、キツくねぇか?」
「へい、きだから、ぜんぶいれて」
「まだ、奥のほうが開いてねえから痛むだろ?」
「今朝したばっかりだからっ」
「後で怒るなよ……」
それ言うと、掴んでいた腰を抱え直し体を進めた。
想像どおり、狭い隘路の抵抗にあい思わず奥歯を噛む。
「ふぁ、あ、んん……っ」
真吾のほうも涙を溢しながら、やはり身を開かれる痛みと衝撃を堪えた。
「あ、あぁ……にせぃ……っ」
シーツを握っていた手が伸ばされる。
それを取って首に回させると、ぐいと鼻先を近付けた。
「にせぃ、にせぇ……っ」
「いるよ、真吾」
真吾のまろいそこに尖ったそれを擦り付けると、ちゅうと唇を押し付けられる。
「ふぁ、んん……っ」
「真吾、馴染んだか?」
「あ、んんっ」
何度も頷くとゆっくりと腰を擦り付けた。
「あ、やぁ……っ」
「いや、じゃねえだろ」
膨らんだ腹を撫でると、真吾の身体が跳ねる。
「きもちいいか?」
「ん、いい、きもひい……っ」
ゆったりと下動きで腰を動かすと、真吾の胎内はすぐにきゅうと懐いた。
それに合わせて徐々に早く激しく腰を使うと真吾が声もなくわなないた。
「ん、ふぁ、にせぇ……っ」
名を呼ばれて口づけるとすぐに真吾の舌が伸びて、二世の唇を舐める。
それを絡め取り、甘噛みするとまた真吾の中がきゅうきゅうと蠢いた。
そのまま奥を愛でるように腰を使うと、ぎゅうと抱きついて真吾が達する。
「にせぃ、にせ……!」
「しんご、しんご」
互いの名前を呼び合い、唇を押しつけあっているとぎゅうと閉じられていた真吾のとろりとした瞳が開いてどきりとした。
「にせ、すき、にせぃ、すきぃ……」
いつもと違い舌っ足らずに愛を呟く。
それに胸がふわりと浮くと同時に下腹がずっしりと重くなった。
「真吾、大好きだよ」
そう囁いて早く激しく腰を使うと、真吾がほかの言葉を忘れたかのように二世の名だけを呼ぶ。
「あ、あ、にせ、んん、ふぁ……っ」
「しんご、かわい、すき……っ」
互いの肌が触れ合う音が激しくなり、強く腰を打ち付けて二世が達した。
「しんご、すき、だいすき」
同じように達した真吾の震える体をぎゅうぎゅうに抱き締める。
「にせぃ、すきぃ……っ」
ぽろぽろと目尻から雫を溢しながら真吾も応えた。
「しんご、たりない、もっとしてもいいか?」
「ん、にせぃ、するぅ……っ」
そう返事をしてしがみついていた腕足の力を抜いた。
「……あたま、いたい」
ひんやりした感触に手を伸ばすと濡れたタオルが額と手元を覆っていた。
それを取って身を起こすと、
「目が覚めたみたいだな」
と、下着姿の二世が寄ってきて目元を撫でた。
「腫れないと、いいんだが」
そう言う恋人に両手を伸ばすと、苦いキスが返ってくる。
「真吾、意識は?」
「ふつう、少し頭いたい」
「あんだけ泣きゃあな」
「……記憶、飛んでるかも」
「ん、三回目終わって伸びてたから適当に始末して寝かせてた」
窓を見遣ると明るかった外には人工的な光が見えた。
「なんか、飲むか」
「うん、お腹空いてる?」
「まぁ、ぼちぼち」
「この時間じゃ、ピザかウーバーかな」
「よくわかんねえから、どっちでも」
互いに抱き合いながら、キスの合間にそんなことを囁きあう。
「あのさ」
「ん?」
「やっぱり、君が好き」
「奇遇だな、オレは大好き」
「じゃあ、僕も大好き」
そんなことを言い合っていると、互いの腹が同時に鳴ってどちらともなく吹き出した。
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