やっちゃったわ

「ねえ、ちょっと」
尖りきった声が飛んできたものだから、渋々と庇に爪先を引っかけて顔をのぞかせる。
声色から予想通りの不機嫌な真吾がベランダで腕組をしていた。
「……なんだよ」
思わず苦り切った声で返してしまいしまった、と思うも遅くて。
「降りて来いよ」
高圧的な言葉に逆らえもせず真吾の前に立った。
「寒いから中で話そう」
そう言って向けられた背中に呟く。
「オレは警護だぞ?」
「屋上でも部屋でも僕を見張れるでしょ」
にべもなくそう突き付けてさっさと室内へ入ったので、靴を残して後に続く。
「うわぁ……」
広くはない1LDKにはアルコールの匂いが満ちていた。
「おい、まぁたこんなに飲んでんのか?」
ソファに座った真吾の前のテーブルには空き缶がいくつもあって思わず咎める口調でそう言ううとぎろりと睨まれた。
「……飲みすぎみたいに言ってるけど、誰のせいだと思ってるの?」
「そりゃ、当人の……」
「ばか!」
片付けようかとテーブルのそばにしゃがみ込んだところを叩かれて、メフィスト二世のシルクハットが転がった。
「なに、す……っ」
「ばか!ほんとにばか!」
拾う間もなくぽくぽくとやわい拳が降ってくる。
「いでっ!ツノはやめろって……っ」
咄嗟に交わして立ち上がるとリーチの差を生かして、真吾の腕を捕えて片手でまとめた。
「この、あんぽんたん!」
なおも止まらぬ口撃に開いた手でとりあえず口を塞ぐ。
「なんなんだよ、いったいぜんたい……⁈」
部屋を見回すと先日と大して変わったところはない、強いて言うならテーブルにチョコなんかがない程度。
それで家主をみると真っ赤な顔でむーむー唸っていて慌てて両手を離した。
支えを失った真吾がどたん、とフローリングに尻もちをつく。
「大丈夫か?」
慌ててしゃがみ込むと、ぜえぜえ息をする真吾にまた睨まれて両手を上げた。
「何を怒ってんだよ、理由を言え」
努めて平静を装ってそう告げると、
「今日は何日だかわかってる?」
「三月十八日だが……って、手は出すな!」
答えたところに平手が飛んできたのを捉えると、自由な足で二世の爪先を踏んでくる。
さっきから地味に痛い攻撃を受けて頭が煮えたところで真吾の額に自分のそれを近づけると、思い切りかち合わせた。
「ぎゃ……っ」
ゴツッと鈍い音にかぶさるように小さく悲鳴を上げた真吾が後ろに転がったのを、つむじのぴょこ毛を掴んで引き戻す。
「大人しく、説明できるか?」
思っていた以上にイラついていたのか、低くドスの利いた声が出た。
びくっとした真吾の赤くなった額にもう一度、自分のそれを押し当てて言葉を継ぐ。
「とっとと、吐け!」



しばらくあっちこっちに視線を泳がせていた真吾が観念して口を開いた。
「……今日まで、なにしてたんだよ」
「彼岸前にトラブルを解決しろってんで地獄に詰めてたが?」
「それは……ナスカから聞いたけど」
そこまで言って口先を尖らせるが意図がわからず首を僅かに傾ける。
真吾が吐いたため息が鼻先を擽った。
「……十四日、言いたいことがあって素面でずっと待ってたのに」
「その日の警護は……ガハハ三人組だったはず」
警護のシフトを頭に浮かべて、嫌な予感で眉間に皴が寄る。
「……呼んだら三人組だったからさあ、ちょっとキレちゃった」
今度は二世がでかいため息を吐いた。
「あのな……」
「十五日も待ってたらナスカで、聞いたら今夜が君だって聞いて慌てて帰ったのにちっとも来やしないから」
「それで、飲んでたのか」
二世の言葉にこくんと頷いて続ける。
「なんか不安とか緊張とかもろもろで無性に腹が立って呼んだら来たからさ」
「……それは、オレが悪いのか?」
「違うけどっ」
「酔っぱらうと誰にでもそうやって絡んでんのか?」
「そんなこと、したことないし!」
そう言ってまた口先を尖らせたところに、自分の唇をちゅうと押し当てた。
途端に真吾の全ての動きがとまる。
一瞬、目があったと思ったら二世の膝を蹴ってイカのように後ろへ逃走するもすぐにソファへ背中がぶつかった。
「逃げんな」
肩を掴むも脛を蹴ってくるので地味に痛い。
両肩を懇親の力で抑え込んで、
「次は、噛む」
と、囁くと息をのんで動きが止まった。
「……普通に話そう」
ふたたびソファに座らせ隣に座ってから、逃げないように片足を真吾の両腿に乗せる。
「で、何の用だったんだよ?」
「……あれからまともに話してなかったし、一応ホワイトデーだし」
「ほわいと……それ、日本だけの風習だぞ」
「いいじゃん、僕は日本人だしここは日本だし」
真っ赤な顔でぶんぶくれている頬を指先で突くと、ぼろぼろと涙が溢れてぎょっとする。
「泣くほどか?!」
「ちが、う、バレンタインのあれ、なかったことにする?」
「なんでだよ?!」
「……お互い酔ってたし、君はなんも言わずに帰るし」
「……」
そう言われては、押し黙るしかなくて。
「見えない学校とかでも、かわらないし」
「いや、それはプライベートとは分けるだろ?!」
「じゃあ、なんで黙って帰ったのさ」
雫まみれの瞳で睨まれて、乗せた足を下ろした。
「……言葉が、みつからなかったんだよ」
なおも視線をそらさない真吾の頬を両手で掴む。
「こっちだってなんやかやで拗らせてたんが、ああいう事態になったらなんて言えばいいんだよ!」
「……指示語が多過ぎ」
ぼそっと言われて、頭が沸騰した。
「だから、やっちまってから好きだのなんだの言ったって信じてくれるのかよ?!」
一息にそう吐き出して、今度は優しく真吾の額に自分のそれを当てる。
「なぁ、どうなんだよ……?」
「……しんじてなかったら怒ってない」
「じゃあ、どうすりゃ……んっ」
なおも止まらぬ口を真吾の唇が塞いだ。
「まだ、わかんないの?」
どんぐり眼にひしと見つめられて、さきとは違った意味で頭に血が上る。
「……ずっと好き、だった」
「過去形?」
「混ぜっ返すな、進行形だ」
「……わかった」
ふ、と真吾の頬が緩んだのを見てわかっていても口にしてみた。
「真吾は、どうなんだよ?」
「好きだよ、メフィスト二世」
「おう」
「変な返事しないでよ」
笑いながら二世の手から離れたのを抱き寄せる。
「……君も飲む?」
「……まだ、素面じゃ刺激が強いからな」
「妖虎にもらったポン酒あるよ」
「強い酒なら、なんでもいいや」

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