君とごはん


「う〜、ダルい……」
食欲がないと言う真吾のために、トマト冷製パスタを作ったものの手にしたフォークは先ほどから止まっていた。
「夏バテが良くならねえな」
自分のパスタにタバスコをたっぷりと振りかけて豪快に巻き上げたものを大きな口に放り込む。
「夏バテっていうより、冷房負けかも」
そう言うとフォークをテーブルに置いた。
「じゃあ、昼は暖かいものが良かったな」
僅かに眉を下げた二世に、
「ごめん、美味しいんだけどね……」
と、同じようにしょんぼりと告げた。
「会社のエアコンが古いから、僕の席にすごく当たるんだよね」
「昼飯はちゃんと食ってんだよな」
じろりと睨まれると、思わず肩を竦め小声で返す。
「うん、蕎麦とか……」
「せめて、ラーメンにしろよ!タンメンなら野菜も取れるだろ?」
「……ボリューム、多すぎてちょっと」
その言葉に二世がため息を吐いた。
「せめて、インスタントのスープでも飲んでから昼寝しとけ」
言うが早いか立ち上がって、ケトルを火にかけるので二世の指示に従うことにした。

◆◇◆

冷房を切っても階数高めの部屋なので窓を開けると、ほどほどに風が入る。
ベッドに転がった真吾のケットを掛け直すと音を立てないように寝室を後にした。
キッチンに戻ると、
「さてと、どうするか……」
と、半袖なのに腕まくりしつつ思案する。
「こってりしたものは受け付けないっていうが肉はたべさせてぇな」
真吾が残したパスタの皿にラップを掛けつつ、頭の中で冷蔵庫の中身を思い浮かべる。
冷しゃぶは胃を冷やすし、さっぱりして食べやすくて身体を温めるものをと考えた。
「鶏胸ならさっぱりするな」
皮を取って適当な大きさに切ったところで気合をいれて、叩くように切ってゆく。
こまかくなった肉が粘りを帯びて、包丁にまとわりついたのをボウルへ入れる。
続いて常備菜の長ネギを食感を残すように大きめのみじん切りにして、同じボウルに投げ込む。
卵を割り入れ、塩・胡椒を振ってから味噌と醤油を入れてざっと混ぜてから片栗粉を振り入れる。
小さめの小判型に丸めて伸ばして、大葉で挟んではバットに並べてゆく。
「まぁ、こんなもんか」
ラップを掛けて冷蔵庫へ入れると、野菜を取り出す。
「にんじん、玉ねぎと茄子やらトマトは冷えるから外してにんにくに生姜と冷凍かぼちゃがあるな」
皮を向いた人参、玉ねぎに凍ったままのかぼちゃをひたすらすりおろしてゆく。
目の細かい方でおろしたにんにく、生姜を小鍋に熱したオリーブ油で焦げ付かないように炒めると食欲を誘う香りが立って頬を緩めた。
他の野菜をひとまとめに入れて水気を一度、飛ばしてから豆乳を注ぐ。
温まったところにコンソメを加えてひたすら野菜となじませていくととろみが出たところに塩・胡椒で味を整えて保温にしてから残った豆乳を見て思いつく。
フライパンに薄く豆乳を引いて温めたところに片栗粉を加えて、固めに整えると昼食の残りのパスタを耐熱皿に入れた上に掛け回して粉チーズ乗せてオーブンへ。
「これだけやって、食欲がねえとか抜かすなら無理やり口に放り込むか」
物騒なことを呟いて赤くなりはじめた空を眺めて、真吾を起こすべく寝室に戻った。

◆◇◆

「もう、ごはん?」
まだまだ眠れそうな顔で呟く真吾の手を引いてダイニングへ。
「動いてないからお腹減ってないかも……」
その言葉に鼻で笑って答えて、椅子に座らせる。
「真吾でも食えそうなのを作ってあるからよ」
大葉で挟んでごま油でパリッと焼き上げたつくねハンバーグに、湯気のあがる野菜と豆乳のポタージュ、オーブンからはランチが姿を変えたグラタンと並んだ料理に、
「すごい!ごちそうじゃない!」
と、真吾が手を叩いた。
「食欲、出たろ?」
「うん」
向かい合って、
「いただきます」
と、言い合って真吾が箸を取ると二世がビールのプルタブを押し込んだ。
「真吾は飲むなよ」
「わかってるよ」
ハンバーグに齧りつくと、そのまま三口で消えたのを見て二世が声を出さずに笑う。
湯気の立つポタージュに口をつけると、香ばしい香りの奥から野菜の優しい甘みが広がって真吾も気づかずに笑顔になった。
「優しい味だね」
「豆乳にした、グラタンのソースもな」
言われてまだ熱々のそれを口にすると、昼とは違ってすぐに空になった。
「ごちそうさまでした!」
「言ったわりには、食ったなぁ?」
「うん、美味しかったしありがとうね」
「おう、調子悪いときは遠慮なく言ってくれよ」
「ごめん、言葉が足りなかったかも……」
僅かに悄気げた真吾の額を突いて、
「オレも勝手に夏バテだと思ってわるかったよ」
そう言いながら、二本目のビールを開けた。
「食べすぎて君の分、足りなくなったかも……?」
「真吾の笑顔が一番のツマミだよ」
言われて唇を尖らせたのをみて、満足気に缶を呷った。

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