17日後に交際していることがバレるSS。

 あまり気は進まないものの呼び出しをされた手前、無下に断る訳にもいかず、イグニスは律儀に日付が変わる頃合いを見計らって書庫へと向かう。

 昼間は陽の光が眩しいくらいに当たる廊下も今は月明かりに照らされるだけで酷く薄暗かった。
 コツコツと革靴の音を響かせながら長い廊下を歩きつつ、イグニスはセリスから呼び出しを受けたその理由について考える。

 もっとも、どれだけ考えても思い当たる理由は唯一つ――ティナとの交際についてだ。

 セリスには早々に付き合っている事がバレてしまったとティナから謝られたが、もし自分達の交際に彼女が反対しているとしたら少々厄介だと思う。

(面と向かってティナと別れろと言われたらどう答えるべきか…)

 お互い同意の上で交際を辞めるなら良いが、少なくとも自分はまだ別れたくない。

(そもそもまだ付き合って五日しか経ってないんだぞ?日付を跨げば六日目だが、それにしたって結論を出すには早過ぎる)

 恋人らしい事はおろか会話をする事さえままならないのに――と憤ってから、すぐにハッと我に返る。

(………恋人らしい事を何もしてない所為、か)

 適当な理由を付けて自分達の交際を仲間達に秘密にしておこうと最初に提案したのは他ならぬイグニス自身だ。
 それには勿論ちゃんとした理由があるのだが、誰にでもおいそれと話せるような簡単な理由ではないから当然ティナにも本当の理由は話していない。

 それが果たして恋人に対する誠実な対応かと詰められれば、自分は間違いなく「違う」と正直に答えてしまうだろう。

(やはり俺なんかが彼女に告白などするべきではなかったのか…?)


 そうグルグルと考えているうちに目の前には書庫へと続く扉が迫っていた。

 のろのろと歩いていたつもりでも終わりはやがてやって来る。

 ギィ、と小さく軋みながら開かれる扉がやけに重く感じるのは、自分の心が重いせいだろうか。
 夜の書庫はヒンヤリとした冷たい空気で充たされていた。

 時刻は零時を少し過ぎた辺りだ。

 周囲の様子を注意深く窺うも、セリスの姿は見当たらない。

「…………?」

 はて、時間を間違えただろうか?

 もう一度良く紙片を確認しようと上着のポケットに手を入れかけた瞬間、その手をぐいっと強く横に引っ張られてイグニスは咄嗟に対処できず、大きく身体のバランスを崩した。

「うわっ!?」
「――……キャッ?!」

 転ばぬよう必死に本棚へと伸ばした手が綺麗に納まっていた本を薙ぎ払い、バサバサと音を立てて床へ落としていく。

 両腕で棚を掴み、何とか踏みとどまったところで恐る恐る顔を上げると、驚いたように大きく見開かれた薄紫色の瞳と目が合った。

「……………………」
「……………………」

「………………、ティナ?」
「……あ………」

「何故…、君がここに?」
「…………え、っと」

 合っていた視線が急にふいと逸らされてイグニスは怪訝な顔をする。

 いつ見ても真っ白なハズのティナの肌はほんのりと朱に染まっており、もしや熱でもあるのかと心配で手を伸ばそうとして――ふと、やけに互いの距離が近いことに気がついた。

 今の自分の格好は書庫を背にした彼女を両腕で閉じ込めてしまったかのような…、はて、何と言ったか?
 ああ、壁ドンか。
 いや、この場合は書庫ドンと呼ぶべきか?
 まさにあんな状態だった。

 脳が状況を把握した途端、恥ずかしくて一気に体温が上がる。

「す……、すまない!これは、その、ちょっとした事故で……!」
「う、うん…。大丈夫。少しビックリしただけ」

 すぐに離れようとした手をティナに再度掴まれてイグニスはピタリとその動きを止めた。

「……ティナ?」

 今にも泣き出しそうな顔をしているティナに気が付いたイグニスは一体何事かとやや屈んでその顔を覗き込む。

「本当にビックリしただけで、別にイグニスのことが嫌な訳じゃないの。……だから、離れなくていいから……」
「………………」
「このまま側にいて……?」
「………………」

 彼女の言葉とその表情に思わず胸がグッと詰まるように苦しくなる。

 掴まれた手を逆に掴み返してイグニスがそっとティナの身体を抱き寄せると、互いの距離は自然と先程よりも近くなった。

 耳に痛い程の静寂の中でドクドクと自分の鼓動の音だけが煩く聞こえてくる。


(…………キス、すべきだろうか)


 心なしか相手もそれを望んでいるような気がすると思うのは、自惚れだろうか。

 黒耀の指輪をはめた時と同等の覚悟をもってイグニスはキスを試みようとする――、が。


「おやおや」

「ッ!?」
「っ!!」

 その決死の覚悟も虚しく、互いの口唇まであと僅かというところで背後から聞こえてきた声に二人は肩を大きく跳ね上げる。

「そういう事をなさるならあの本棚の向こう側の方が良いですよ。あそこなら女神の加護もありますしね」

 悪びれもなくそう言って書庫の奥を指差したのは、アミダテリオンだった。

 突然の乱入者に流石に気まずくなった二人は顔を真っ赤にしたままパッと反対側を向いて少し離れる。

「ああ、私の事は気にしていただかなくて結構ですよ。どうぞ先程の格好のままで。それにしても意外でした。お二人がまさか交際をしていただなんて。接点があるようにはあまり見えなかったのに。もしかして秘密の関係でしたか?それなら皆には黙っていましょう。その代わりといっては何ですが、もし良かったら私にお二人の馴れ初めを聞かせてくれませんか?違う世界の人間がどのようにして惹かれ合ったのか、私とても興味があります」
「…………」
「…………」


 また一人、自分達のことがバレてしまったとイグニスは大きな溜め息をついた。


《仲間達に交際がバレるまで、残り12日》
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