17日後に交際していることがバレるSS。

「グラディオ…、俺はもう駄目かもしれない」

 大きな土鍋の前で木製の蓋を持ち上げながらその中を覗き込み、イグニスは深い深い溜め息を溢す。

「どうやら俺は赤飯しか炊けない身体になってしまったようだ…。何度炊き直しても全部赤飯になってしまう」
「何だよそのおめでてぇ体質はよ!?聞いたことねぇぞ?!」

 めでたい、というグラディオラスの言葉にイグニスはビクリと肩を跳ね上げた。

「べ…、別にめでたい事など何もないが?……いや、全く無くもないが。………めでたい、のか?……まぁ、めでたいとも言える、…か?」
「おいイグニスちょっと待て一旦考えるのやめろ、こっちのサバの味噌煮が鯛の塩焼きに変わっちまってるぞ」
「は?そんな訳ないだろう」
「それがあるんだよ、バカ!ほらこれ見てみろよ!このフライパンの中身全部鯛の塩焼きじゃねーか!!」

 中華鍋のように大きいフライパンの中には先程まで確かにサバの味噌煮が大量に仕込まれていたのだが、今は何故か全て鯛の塩焼きに変わってしまっている。

「まさか俺は鯛の塩焼きしか作れない体質に…?」
「普通に考えて違うだろうが!…まぁ、どうせアレだろ。意志の力とか言う奴なんじゃねーのか?それにしても赤飯と鯛の塩焼きって…。なぁ、ここ最近めでたいと思った事に何か心当たりはないのか?」
「……………………」
「滅茶苦茶心当たりあるって顔してんなオイ」

 サッ、と視線を宙へと泳がせたイグニスの不自然な態度をグラディオラスは見逃さなかった。

「お前がそんなに浮かれるなんて珍しいじゃねぇか。よっぽど嬉しい事なんだな?勿体ぶってないで俺にも聞かせろよ。何があった?」
「……………恋人が、出来た。ただそれだけだ」

 不貞腐れたようなやや素っ気ない言い方だがイグニスの耳はうっすらと赤くなっている。
 恐らく照れているのだろう。

「おお、良かったなぁ!で、相手は?」
「それは……、秘密なんだ」
「は?秘密?何だよ、水くせぇな。親友だろ、ヒントぐらい寄越せよ。どんな子だ?」
「………天使のように可愛い子で」
「あー、ティナか」
「ッッッ!?!?」

 相手の名前を一発で言い当てられた事に驚愕するイグニスだが、グラディオラスにはすぐにピンと来た。

 コイツが"天使"と形容する女性は自分の知る限りただ一人しか居ない。

「お前もやはり彼女の事を天使だと思っていたのか?!」
「いや。ティナの事見かける度に天使だって呟いてたの、お前自分で気付いてなかったのか?」
「………………」

 グラディオラスからの指摘を受けて硬直しているイグニスの様子に『ああ、やっぱコイツ気付いてなかったのか』と可笑しく思う。

「まぁ、何だな…。お前が秘密にしておきたい理由も分かる。浮かれたい気持ちもな。だがそれにしても少し落ち着けって。毎食赤飯と鯛の塩焼きを食わされる方の身にもなれよ。流石に飽きる」
「……それはすまない」

 本当は自分でも分かっている。
 流石に浮かれ過ぎだと。
 でも、隠そうと思えば思うほど心の底から叫び出したくて堪らなくなるのだ。

 もう彼女は俺のものなんだ――と。

 赤飯と鯛の塩焼きを量産してしまうのは抑えきれない喜びの象徴でもあり、醜い自己顕示欲の現れでもあるのだろう。


 ちなみに赤飯と鯛の塩焼きの呪いはグラディオラスの説得も虚しく、その後三日三晩続いた。


《仲間達に交際がバレるまで、残り15日》
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