【第三集】イケナイ思惑。
飛空艇の一区画に設けられた戦闘訓練用の部屋は戦士達が日頃から鍛練を行う為に設けられた専用の部屋だ。
基本的には何もないただのだだっ広い空間に、必要とあらば武器や器具を持ち込むことが出来る。
「イグニスおにーちゃん…本当に大丈夫…?」
ビビが心配そうに下から自分の顔を見上げていた。
「心配するな、ビビ。あの手のタイプには多少心得がある」
そう言って見やった視線の先にはサイファーと、サイファーの事を心配して一緒に付いてきた雷神と風神の姿があった。
実際問題、単純に個としての力量を測るだけなら一対一で戦った方が簡単だ。
だが他者とパーティーを組ませる以上は戦力だけではなくその者の性格や得手不得手まで把握しなければならない。
理想は任務への同行だがこうなってしまった以上はサイファーの戦力だけでも確認しておかなければ、とイグニスは考えていた。
サイファーの武器はスコールと同じ『ガンブレード』と呼ばれる特殊な武器だ。剣の持ち手の部分に銃のようなトリガーが付いており、タイミング良くこれを引く事でより強力な攻撃を繰り出せるのだという。
その仕組みについては初めてスコールと一緒に哨戒任務に出た際に物珍しさから聞いていた。
それがまさかこんな所で役に立つとは知識とは何時如何なる時に必要となるか分からないものである。
向かい合って、イグニスが武器を召喚しようとした瞬間――構える前にサイファーがいきなり斬り込んできてそれをギリギリのところでかわした。
「まだ開始の合図も何もしてないぞ」
「実践じゃ合図も糞もないだろ?モンスターに待ったは効かねぇんだよ!」
サイファーからの二撃目は召喚した短剣を十字に重ねて受け止める。
――ガキンッッッ!!
赤い火花が散って鈍い金属音が部屋に響いた。受け止めた両手にはビリビリとした衝撃が走る。
力そのものはノクティスよりも断然上か。だが自分の良く知る"王の盾"の男よりはやや劣る。
技術としてはまだまだ甘く、隙をつくのは容易そうだ。
素早さと体力に関しては自分の方が恐らく上だろう。
相手の能力を分析する間にも三擊目、四擊目と追撃が来る。力に頼りきりな部分は否めないが、余程の強敵でもなければ一人でも十分な戦い方だ。
決して悪くはない。
「…どうした!!てめぇの言う鍛練ってのは、防御の鍛練の事かよ!!ふざけるな!」
避けるばかりで一向に戦おうとしないイグニスの動きにサイファーは更なる苛立ちを募らせているようだった。
(…やるしかないか)
戦力分析が大体終わったところでイグニスは持っていた短剣を人差し指支点でクルリと一回転させ、順手から逆手へと持ち変える。
ガンブレードを頭上に大きく振りかざしながら斬りつけようとしてくるサイファーの懐へと一気に間合いを詰めてみぞおちを蹴りあげる――寸前でサイファーがそれに気付いて逆に蹴りあげられそうになった。
すぐに後ろへと回避して体勢を立て直そうとするが掲げたままだったガンブレードが一気に振り下ろされる。
短剣一本と咄嗟に出した足でその一閃を防ぐと力の限りに押し返してバランスを崩した相手との距離を取るついでに、短剣を一本投げつけた。
それを叩き落としてサイファーはニヤリと笑う。ずっと全力で戦っているのでハァハァと肩で苦し気な呼吸をしていた。
「はっ、……自分の武器を相手に投げつけるとか、てめぇは馬鹿なのか?一本だけでどうすんだよ」
「それならそれで戦うまでだが」
「……拾えよ」
サイファーは足元に転がっていた短剣を蹴飛ばしてこちらへとわざわざ戻してくる。
(……成程。これは)
面白いものを見たような気がする。
「良いのか?」
「雑魚を相手にしてもつまんねぇだろ。それに俺はてめぇの鍛練とやらに付き合ってやってるだけだ」
粗暴な態度とは裏腹なサイファーの真面目さをほんの少しだけ垣間見てイグニスは、ふっ、と表情を緩ませた。
「…待ってくれ、サイファー。折角だからルールを少し変更しよう」
「あ?」
「俺とビビでチームを組む。お前は雷神と風神でチームを組んでくれ。ここからはチーム戦にする。俺達が負けたら今日の夕飯はお前達の食べたいものを何でも作ろう。もし、お前達が負けたら夕食の後片付けを手伝ってくれ」
一瞬、不愉快そうに顔を歪めたサイファーだったがクルリと踵を返して雷神と風神の居るところへと戻っていく。
どうやら了承したらしい。
イグニスもビビに向かって手招きをする。
「おにーちゃん…どうしたの?勝負はもう良いの?」
「ビビ、頼みがある。君の力を貸してくれないか。二人で力を合わせてあの三人を倒そう」
「えっ?ぼ、ボクなんかに出来るかな…?」
「大丈夫だ。俺がビビを援護する。勝つ為の策も与えよう。あの三人に勝てばきっとビビの自信にも繋がるハズだ」
イグニスは膝をついてビビの顔を真正面から覗き込んだ。
「サイファーを倒したとパロムに自慢してやろう」
「………うん!ボク、やってみるよ」
イグニスの掲げた手にビビは自分の手をパチンと合わせてハイタッチをする。
これならビビと雷神と風神の三人の戦力もまとめて分析が出来るし、協調性やチームワークなどの重要項目も観察出来てちょうど良い。
何より、自分自身がとても楽しいと感じる。
たまには探索や哨戒の任務だけではなくこういう分析の仕方も織り交ぜていくのも面白いかもしれないな、と思った。
***
「…はぁ。珍しいこともあるもんだね~」
感心するような驚いているような声を上げたのは、プロンプトだった。
夕食後。食堂では実に奇妙な光景が見受けられた。
何故かエプロンを身につけたサイファーがテーブルの上の汚れた食器類を下げ、風神がそれを流し台で洗い、雷神が洗った皿を拭いている。
それぞれ不服そうな顔をしてはいるがやる事はちゃんとやっていて皆驚いていた。
「…どうしてこんなことに?」
苦笑いをしながらウォーリアーオブライトはイグニスに話しかけてくる。
食後の片付けが免除になったイグニスはそれでも休む暇なく珈琲や紅茶やジュースなどをキッチンカウンターの所で皆に振る舞っていた。
「勝負をして俺達が勝ったからな」
「うん!」
カウンターの椅子に座って誇らしげにしていたのは、ビビだ。
「そうか。サイファー達に勝つなんてスゴいじゃないか」
そう言ってウォーリアーオブライトはポンポンとビビの頭を優しく撫でる。ビビはそれをくすぐったそうに受け入れて足をバタつかせていた。
「…ところでウォーリアーオブライト。明日の任務について話があるんじゃないのか?」
「ああ、そうだった」
「明日のメンバーと内容は?」
「明日の同行者はエーコとティナだ。任務は哨戒がメインになる。この辺りのモンスターはとにかく数が多いから出来るだけ多く一掃して欲しい」
「了解。ウォーリアーオブライト、珈琲はいるか?」
「…そうだな。たまにはここでみんなとゆっくり話をするのも良いな」
「ならすぐに用意しよう」
カウンターキッチンの中でイグニスは新しい珈琲を淹れる準備をする。ちょうどその時、愛らしい子どもの声が自分の名前を呼んだ。
「イグニス!ねぇ、イグニスは何処に居るの?」
「キッチンの中に居るよ」
「あ、ホントだ。ティナ、ほら、ねぇ。一緒に挨拶しましょうよっ」
エーコがグイグイと手を引っ張って連れてきたのは以前子ども達にアップルパイを焼いたときに知り合った不思議な少女、ティナだった。
手を引っ張ってここまで連れてきたエーコの強引さに彼女は少し困ったように微笑んでいるが、自分と目が合うとニコリと微笑んで『こんばんわ』と言われた。
「…こんばんわ」
つられて思わず自分もそう返すと『えっ、今さらその挨拶いる?』とプロンプトに素早くツッコまれた。
「ティナ、ほら!」
ぐいっ、とエーコに背中を押されてティナがさらに一歩二歩とキッチンに近付いてくる。
「あ、あの…明日の任務はヨロシクお願いします」
「ああ。こちらこそ宜しく頼む」
ぎこちなくペコリと頭を下げてから顔を上げると、彼女は再びニコリと微笑んだ。
翌日の任務の有無と、任務が有った場合の同行者の組み合わせは前日の夜の夕食後にウォーリアーオブライトから各自聞かされる。
そこで異議があればそのままリーダーに訴え出ることも出来るし、特に意義もなければ知らされた者同士が簡単に挨拶をし合うというのは良く見られる光景だった。
自分も実際に色んな人間と任務に出ることが増えたので挨拶されることにも随分慣れた。
だから今のこの瞬間だけで彼女に何か特別な感情を抱いたりするという事もなく、普段通りの淡々とした対応になる。
所詮は彼女も大勢居る仲間達の一人だ。明日の任務もどうせ何事も無く平坦に終わるのだろう。
…そう、思っていたのだが。
基本的には何もないただのだだっ広い空間に、必要とあらば武器や器具を持ち込むことが出来る。
「イグニスおにーちゃん…本当に大丈夫…?」
ビビが心配そうに下から自分の顔を見上げていた。
「心配するな、ビビ。あの手のタイプには多少心得がある」
そう言って見やった視線の先にはサイファーと、サイファーの事を心配して一緒に付いてきた雷神と風神の姿があった。
実際問題、単純に個としての力量を測るだけなら一対一で戦った方が簡単だ。
だが他者とパーティーを組ませる以上は戦力だけではなくその者の性格や得手不得手まで把握しなければならない。
理想は任務への同行だがこうなってしまった以上はサイファーの戦力だけでも確認しておかなければ、とイグニスは考えていた。
サイファーの武器はスコールと同じ『ガンブレード』と呼ばれる特殊な武器だ。剣の持ち手の部分に銃のようなトリガーが付いており、タイミング良くこれを引く事でより強力な攻撃を繰り出せるのだという。
その仕組みについては初めてスコールと一緒に哨戒任務に出た際に物珍しさから聞いていた。
それがまさかこんな所で役に立つとは知識とは何時如何なる時に必要となるか分からないものである。
向かい合って、イグニスが武器を召喚しようとした瞬間――構える前にサイファーがいきなり斬り込んできてそれをギリギリのところでかわした。
「まだ開始の合図も何もしてないぞ」
「実践じゃ合図も糞もないだろ?モンスターに待ったは効かねぇんだよ!」
サイファーからの二撃目は召喚した短剣を十字に重ねて受け止める。
――ガキンッッッ!!
赤い火花が散って鈍い金属音が部屋に響いた。受け止めた両手にはビリビリとした衝撃が走る。
力そのものはノクティスよりも断然上か。だが自分の良く知る"王の盾"の男よりはやや劣る。
技術としてはまだまだ甘く、隙をつくのは容易そうだ。
素早さと体力に関しては自分の方が恐らく上だろう。
相手の能力を分析する間にも三擊目、四擊目と追撃が来る。力に頼りきりな部分は否めないが、余程の強敵でもなければ一人でも十分な戦い方だ。
決して悪くはない。
「…どうした!!てめぇの言う鍛練ってのは、防御の鍛練の事かよ!!ふざけるな!」
避けるばかりで一向に戦おうとしないイグニスの動きにサイファーは更なる苛立ちを募らせているようだった。
(…やるしかないか)
戦力分析が大体終わったところでイグニスは持っていた短剣を人差し指支点でクルリと一回転させ、順手から逆手へと持ち変える。
ガンブレードを頭上に大きく振りかざしながら斬りつけようとしてくるサイファーの懐へと一気に間合いを詰めてみぞおちを蹴りあげる――寸前でサイファーがそれに気付いて逆に蹴りあげられそうになった。
すぐに後ろへと回避して体勢を立て直そうとするが掲げたままだったガンブレードが一気に振り下ろされる。
短剣一本と咄嗟に出した足でその一閃を防ぐと力の限りに押し返してバランスを崩した相手との距離を取るついでに、短剣を一本投げつけた。
それを叩き落としてサイファーはニヤリと笑う。ずっと全力で戦っているのでハァハァと肩で苦し気な呼吸をしていた。
「はっ、……自分の武器を相手に投げつけるとか、てめぇは馬鹿なのか?一本だけでどうすんだよ」
「それならそれで戦うまでだが」
「……拾えよ」
サイファーは足元に転がっていた短剣を蹴飛ばしてこちらへとわざわざ戻してくる。
(……成程。これは)
面白いものを見たような気がする。
「良いのか?」
「雑魚を相手にしてもつまんねぇだろ。それに俺はてめぇの鍛練とやらに付き合ってやってるだけだ」
粗暴な態度とは裏腹なサイファーの真面目さをほんの少しだけ垣間見てイグニスは、ふっ、と表情を緩ませた。
「…待ってくれ、サイファー。折角だからルールを少し変更しよう」
「あ?」
「俺とビビでチームを組む。お前は雷神と風神でチームを組んでくれ。ここからはチーム戦にする。俺達が負けたら今日の夕飯はお前達の食べたいものを何でも作ろう。もし、お前達が負けたら夕食の後片付けを手伝ってくれ」
一瞬、不愉快そうに顔を歪めたサイファーだったがクルリと踵を返して雷神と風神の居るところへと戻っていく。
どうやら了承したらしい。
イグニスもビビに向かって手招きをする。
「おにーちゃん…どうしたの?勝負はもう良いの?」
「ビビ、頼みがある。君の力を貸してくれないか。二人で力を合わせてあの三人を倒そう」
「えっ?ぼ、ボクなんかに出来るかな…?」
「大丈夫だ。俺がビビを援護する。勝つ為の策も与えよう。あの三人に勝てばきっとビビの自信にも繋がるハズだ」
イグニスは膝をついてビビの顔を真正面から覗き込んだ。
「サイファーを倒したとパロムに自慢してやろう」
「………うん!ボク、やってみるよ」
イグニスの掲げた手にビビは自分の手をパチンと合わせてハイタッチをする。
これならビビと雷神と風神の三人の戦力もまとめて分析が出来るし、協調性やチームワークなどの重要項目も観察出来てちょうど良い。
何より、自分自身がとても楽しいと感じる。
たまには探索や哨戒の任務だけではなくこういう分析の仕方も織り交ぜていくのも面白いかもしれないな、と思った。
***
「…はぁ。珍しいこともあるもんだね~」
感心するような驚いているような声を上げたのは、プロンプトだった。
夕食後。食堂では実に奇妙な光景が見受けられた。
何故かエプロンを身につけたサイファーがテーブルの上の汚れた食器類を下げ、風神がそれを流し台で洗い、雷神が洗った皿を拭いている。
それぞれ不服そうな顔をしてはいるがやる事はちゃんとやっていて皆驚いていた。
「…どうしてこんなことに?」
苦笑いをしながらウォーリアーオブライトはイグニスに話しかけてくる。
食後の片付けが免除になったイグニスはそれでも休む暇なく珈琲や紅茶やジュースなどをキッチンカウンターの所で皆に振る舞っていた。
「勝負をして俺達が勝ったからな」
「うん!」
カウンターの椅子に座って誇らしげにしていたのは、ビビだ。
「そうか。サイファー達に勝つなんてスゴいじゃないか」
そう言ってウォーリアーオブライトはポンポンとビビの頭を優しく撫でる。ビビはそれをくすぐったそうに受け入れて足をバタつかせていた。
「…ところでウォーリアーオブライト。明日の任務について話があるんじゃないのか?」
「ああ、そうだった」
「明日のメンバーと内容は?」
「明日の同行者はエーコとティナだ。任務は哨戒がメインになる。この辺りのモンスターはとにかく数が多いから出来るだけ多く一掃して欲しい」
「了解。ウォーリアーオブライト、珈琲はいるか?」
「…そうだな。たまにはここでみんなとゆっくり話をするのも良いな」
「ならすぐに用意しよう」
カウンターキッチンの中でイグニスは新しい珈琲を淹れる準備をする。ちょうどその時、愛らしい子どもの声が自分の名前を呼んだ。
「イグニス!ねぇ、イグニスは何処に居るの?」
「キッチンの中に居るよ」
「あ、ホントだ。ティナ、ほら、ねぇ。一緒に挨拶しましょうよっ」
エーコがグイグイと手を引っ張って連れてきたのは以前子ども達にアップルパイを焼いたときに知り合った不思議な少女、ティナだった。
手を引っ張ってここまで連れてきたエーコの強引さに彼女は少し困ったように微笑んでいるが、自分と目が合うとニコリと微笑んで『こんばんわ』と言われた。
「…こんばんわ」
つられて思わず自分もそう返すと『えっ、今さらその挨拶いる?』とプロンプトに素早くツッコまれた。
「ティナ、ほら!」
ぐいっ、とエーコに背中を押されてティナがさらに一歩二歩とキッチンに近付いてくる。
「あ、あの…明日の任務はヨロシクお願いします」
「ああ。こちらこそ宜しく頼む」
ぎこちなくペコリと頭を下げてから顔を上げると、彼女は再びニコリと微笑んだ。
翌日の任務の有無と、任務が有った場合の同行者の組み合わせは前日の夜の夕食後にウォーリアーオブライトから各自聞かされる。
そこで異議があればそのままリーダーに訴え出ることも出来るし、特に意義もなければ知らされた者同士が簡単に挨拶をし合うというのは良く見られる光景だった。
自分も実際に色んな人間と任務に出ることが増えたので挨拶されることにも随分慣れた。
だから今のこの瞬間だけで彼女に何か特別な感情を抱いたりするという事もなく、普段通りの淡々とした対応になる。
所詮は彼女も大勢居る仲間達の一人だ。明日の任務もどうせ何事も無く平坦に終わるのだろう。
…そう、思っていたのだが。