【第三集】イケナイ思惑。

「イグニス、ティナ!ねぇ、こっち!こっちに行こうよ!」
「エーコ、ちょっと待って」
「あまり一人で先に行くと迷子になるぞ」

 次の日。
 前日のサイファー達との衝突とはうってかわって、エーコとティナを同行させての哨戒任務は何処までも平和だった。
 今回は古代遺跡の中を探索するチームと遺跡の外で哨戒を行うチームとで分かれての任務だったが、自分達は比較的遺跡から離れた一画を任された。

 小さな子どもが一緒なので幾らか配慮されたのだろう。
 蜂や蠍のような小型の魔物が数匹出てくるくらいで今のところ大した戦闘にはなっていない。

 戦闘が少ないので必然的に会話が増え、エーコに至っては任務に飽きてきたのか寄り道や道草ばかりしてパーティーを離れる事も多々あった。
 エーコ一人でも戦えそうな魔物ばかりなのでイグニスも特には諌めなかった。

「…これじゃあ私達の能力の分析が十分に出来ないでしょ?」

 やや心配そうな顔でティナからそう声をかけられた。
 確かにリーダー達から任されている個人としての任務はまだ十分に果たされていないように思う。

「そうだな…。必要ならまた任務に付き合って貰う事になるかもしれない。その時は協力してくれるか?」
「うん。いいよ」

 少女はコクリと頷くとやんわり微笑んだ。

「私、こう見えても攻撃型アタッカーなの。イグニスは支援型サポーターでしょ?エーコは回復型ヒーラーだから、今日は私がみんなのことを守らないとね」

 そう言ってティナは気合いを入れるかのように両手をグッと胸の前で握り締める。
 その愛らしい少女の仕草に思わずイグニスは少しだけ表情を崩して薄く笑った。

「それは頼もしいな」
「…信じてない?」
「いや、君の能力はちゃんと君の仲間達から事前に聞いている。だから多少は把握してるつもりだ。話を聞く限り君は確かに俺より強いな」
「ふふ、良かった。私がそう言ってもみんなあんまり信じてくれないから。…あ、そういえば昨日は大変だったみたいだね」

 昨日、と言われてすぐに、ああ…とイグニスはサイファー達の事を思い出した。

「ビビがスゴく楽しそうに話してくれたよ。"イグニスおにーちゃんの言うとおりに戦ったらサイファー達に勝てたんだ、スゴいでしょ"って。珍しくパロムにも自慢してたもの」
「そうか」

 どうやら自分の思惑通り、昨日のサイファー達への勝利はビビの自信に繋がったらしい。
 ビビは子ども達の中でもいつもオドオドとしていて自信がなさそうだったから、昨日のチーム戦は何かの火付けになればと思っての采配だった。

「―…ああ、そうだ。ねぇ、イグニス」

 ティナは人差し指を顎に当てて、んー…、と何かを考え込んでいる。

「どうした?」
「気のせいなら、良いんだけど…。この間――」


「きゃあああああぁぁぁっっ!」 


 突然、耳をつんざくようなエーコの悲鳴が聞こえてきて二人は顔を見合わせた。

「…何かあったのかしら」
「俺が様子を見てこよう。ティナはひとまずここで待機していてくれ」
「うん、分かった」

 そう言うとイグニスはすぐに声が聞こえてきた方向へと走り出した。

(…しまった、自分とした事が…)

 同行者に小さな子どもが居るのについうっかり気を緩め過ぎてしまった。
 あまりにも魔物が少なくて穏やかだったから、魔物の驚異が極めて少ない王都にでも居るような気分になっていた。
 これは明らかな自分の失態である。

 イグニスがエーコの元へと駆け付けると彼女の周りには骸骨戦士のような姿をしたスケルトンが、ザッと数えただけでも八体居た。

(一度に相手をする量としては流石に数が多過ぎるな)

 だが躊躇している程の余裕も策を考えるだけの猶予もない。
 一体のスケルトンがエーコに向けて剣を振りかざす――のを、相手の脇腹辺りに回し蹴りを入れて間一髪で阻止する。

「エーコっ!!」
「イグニス…!!わた、私……っ!!ごめ、なさ…!!」

 今にも溢れんばかりの涙を目にたくさん浮かべているエーコの小さな身体を引き寄せて左腕で抱き上げると、イグニスはエーコを守るような形で短剣を一本構えた。
 蹴り飛ばされたスケルトンの身体は一度バラバラに地面へ散らばるものの、すぐにまた人の形を成していく。

 …復活したスケルトンの身体は何故か二体になっていた。

「…………何?増えた…、のか?」

 おかしい。スケルトンにはそんな特性などなかったハズだ。
 だが確かに今、自分の目の前でスケルトンが一体から二体に増えた。全体数もしっかり八体から九体になっている。

「そうなの…。スケルトンぐらいエーコだけでも何とかなると思ったのに…。このスケルトン…、何故かバラバラにすると増えるのよおぉ…!!」

 最初は一体だけだったスケルトンはエーコが攻撃する度にその数を増やし、気が付けば八体にまでなったのだという。
 物理がメインである自分の攻撃はおろか、魔法がメインとなるエーコの攻撃でさえ数を増やすというのであれば、余程強力なアビリティか魔法で身体が復活出来ないぐらいの致命傷を負わせない限り、そう簡単には倒せないだろう。

 だが生憎自分にはそこまで強いアビリティも魔法もない。いや、元の世界であればまだそれなりに使えたハズだが、何故かこの異世界では力がある程度制御されているような奇妙な違和感をずっと感じていた。
 封印リミッターのようなものだろうか。なんにせよ今使えないものを嘆いていても仕方がない、と頭を切り替えてイグニスは思案する。

「エーコ、いいか。俺の話を聞いてくれ」

 策とも言えないような稚拙な策をイグニスはエーコにも分かりやすいように端的に説明し始める。

「これから俺が君の為に逃げ道を作る。…道が開けたら出来るだけ一人で遠くに逃げるんだ。ティナが近くに居るハズだから探してすぐに合流してくれ。二人一緒なら多少の戦闘でも大丈夫だろ?」
「一人で遠くに逃げる、って…、そんな…、イグニスはどうするのよ…!?」
「エーコ達が安全な場所へ行くまでスケルトン達を足止めする。切り伏せる数を最小限に抑えれば増殖する数も抑えられるだろうから」

 せめて二十体以内に留められれば何とか隙をついて逃げ出せるだろうか、とおどけたように笑ってみせる。

「イグニスだけで戦うなんて…!そんなことしたら、イグニスが…っ、怪我しちゃうじゃない…!」

 堪えていた涙がポロポロとエーコの目から溢れ落ちた。その間にもスケルトン達はジリジリと少しずつこちらへと詰め寄ってきている。

 もうあまり時間がない。

 エーコを地面へと下ろすとイグニスはポン、と小さな頭に手を乗せた。

「もしも俺が怪我をして帰ってきたら、エーコ、君が一番にケアルをかけてくれ。それだけで俺は今を頑張れるから」

 死ななければ自分の身体なんぞ幾らでも修復出来よう。
 例え修復出来ないような、光を失うような大怪我を負ったとしても。誰かの為に何かを残せればそれで良い。

 死ななければ物語の結末を知ることは出来る。


 …元の世界の自分は、そうだったから。


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