◇たまには、こんな

どうもこのところヒル魔が疲れている。

コイツは常に忙しい。
最京大のアメフトチームは総勢200人を超える大所帯。
レギュラーだけでも曲者揃いなのに、ヒル魔はチーム全体の隅々にまで常に目を光らせている。
それぞれコーチもトレーナーもいるんだから任せておけばいいものを。
ほぼ毎日の練習、それに試合に敵情探索。あとは(俺にはよく判らない)金稼ぎ。
それだけでも手一杯なはずだが、運悪くこの一週間でレポート複数抱えているらしい。
ろくに寝てもいないようだ。
今日は日曜だが軽い朝食を摂ってからずっと自室に籠っている。

できるだけヤツの邪魔にならないように俺は掃除洗濯を済ませ、ランニングに出た。



俺とヒル魔は3LDKのマンションに住んでいる。
2人で部屋一つずつ、残る一つはヒル魔の謎の部屋(俺は覗いたことはない)。
リビングにはTVにカウチソファとテーブル。それにヒル魔専用のハイバックの座椅子。
ちなみにテーブルと比べると座椅子は低すぎるから、インテリアの組み合わせとしてはおかしな気がしないでもない。でもヒル魔が気に入っているらしいので俺は異存ない。



帰ってざっとシャワーを浴び、時計を見た。そろそろ昼飯時だ。
何か作るかと思っていたらヒル魔がフラッと部屋から出てきた。
「レポート終わったのか」
「いや……まだだ」
珍しく憔悴した顔で言う。
「何か食うか」
「ん……そうだな……、外で食いてぇ」
「何がいい」

ヒル魔のリクエストに従って近所のカレー屋に出かけた。
疲れていると刺激物が欲しくなるもんだ。
腹に入るかどうかは別だがな。

カツカレーを半分ほど食べたところでヒル魔のペースが落ちた。
気が進まなそうにつつきだし、皿を押しやる。
「悪ィ。もう入らねえ」
物を喰うにも体力は要る。相当削られてるな。
「そうか。無理しなくていい」
残りは俺が平らげた。



家に戻るとヒル魔は座椅子に体を沈めて溜息をついた。
いつもの覇気はまるで無い。
ちょっと眠ったらどうだ、と言ったらそうもいかねえと返された。
「なら少しでも休め」
ヒル魔は生返事をして目を閉じた。
座椅子の上で時々体の向きを変えて、その度に息をつく。
眠そうだ。
だがそこじゃ休んでるつもりでも体が休まらないだろう。

俺はカウチの端に腰掛けて、声をかけた。
「ヒル魔」
「……ん」
膝を軽く叩いて言ってやった。
「ここに来い」

ヒル魔は薄目を開けて俺を見た。
減らず口の一つも叩くかと思ったら、案外素直にやって来た。
半分寝ぼけていたのかもしれない。
俺の腿に頭を乗せて大きく欠伸する。
部屋から持ってきていたタオルケットを掛けてやった。
大人しく体を丸めてくるまるヒル魔。
あやふやな声で呟く。寝てる暇はねえんだけどな。
「まあそう言うな」
「…………」

ヒル魔はほどなく、寝息を立て始めた。
俺は本を開いた。

休日の昼下がり。
たまにはこういうのもいいだろう。
休め、ヒル魔。



そうして小1時間くらいだろうか。
目を覚ましたヒル魔は開口一番、首が痛ェと文句を垂れた。
タオルケット持ってきたなら何でついでに枕も持ってこねえ。気が利かねえな糞ジジイ。

部屋に戻ろうとするヤツに頑張れよ、と言った。
言われるまでもねえ、と返事してヒル魔はリビングを出て行った。
足取りが軽くなっているようだ。



少しは回復したのかな。

よかったな。

ヒル魔。



【END】
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