◇添いとげる

歯を磨く前に冷凍庫を開いたら、買っておいたはずのものがない。

あの野郎。

居間を覗くと案の定。
ムサシがアイスを齧ってた。

「糞ジジイ。それ俺のだぞ」
「あ、今食べるんだったか。すまない」

手のアイスはもうひとかけらしか残ってない。

俺は頭から齧りたかったんだ。
ソーダ味の棒アイス。

「テメー俺の寝る前の楽しみどうしてくれる」
「すまない。でもダ○ツ買ってきて入れて置いたぞ」
「それとこれとは別物だ馬鹿野郎。第一この時間にあんなカロリー高いもん食えるか」
「悪かった。明日同じの買ってきてやるから」

そういう問題じゃない。
人の買ってきたものを断りもなく食うとはどういうことだ。

なんだかがっかりしてソファに寝そべった。
足をムサシの膝に乗せる。

「俺ァいま食いたかったんだけどな」
「じゃあ今から買ってくるか」
そりゃコンビニは近所にあるが。
「いいよもう」

足裏でムサシの膝を叩いた。
「あー食いたかった」
「ダ○ツじゃ駄目か」
「駄目だな」
「残り、食うか。少しだが」
「いい。テメーが食え」

ムサシは迷ったようだったが結局歯を立てた。
最後の一口。

シャク、シャク。
音を立てて咀嚼する。

少し悔しくなってきた。

「食うなら食うで一言ぐらい何で言わねえ。死ねよもう」

飲み込んでからムサシは答えた。
「悪かった。でもいま死ぬのは困るな」
「ふーん」
よく考えずに生返事をした。
「いや。どういうことかって言うとな」
「なんだよ」
「お前まだ生きてるし」
「あ?」
「お前が生きてるうちは死ねないってことだ」

真面目な声。

残った棒をゴミ箱に放る音。

「……なんだそれ」
「俺はお前より先には死ねないし死なない」

「……なんでだよ」
「お前が心配だからだ」
「…………」

「俺は死んでも死にきれない。万一、お前を置いて逝くことになったらな」
「…………」

「生まれた以上はいつかは死ぬんだろうけどな。死ぬならお前を看取ってからにしたいと思う」
「…………」

軽く足を叩かれた。
「まあそういうことだ。食っちまって悪かった」
「…………」



何も言えなくなって起き上がった。

「どうした」
「寝る」
「買ってこなくていいのか」
「いい」
「ごめんな。おやすみ」
「おやすみ」



自分の部屋で頭から布団を被って丸まった。

糞ジジイ。

テメー自分がなに言ってるか分かってるのか。

クソ真面目な顔しやがって。

もとはといえばテメーが俺のガリガ○君を食っちまったってだけの話だぞ。

なんでそういう結論になる。

何も言えなくなったじゃねえか。

先には死なないって。

看取るって。

どれだけ先の話だ。

……一生のことじゃねえか。

俺はこれから寝るんだぞ。

あんまり人の気持フワフワさせんな。



……畜生。

……畜生。

……この糞天然ジジイ。
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