ハニートラップ ──まんまるな天使

 じゃあね、またね!
 帰りの電車。
 愛すべき巨漢は明るく手を振って降りていった。どこまでも天真爛漫に。
 ホームでも立ち止まってムサシとヒル魔を見送る。ぶんぶんと両手を振る親友にふたりも同じく手を振り返す。
 ホームから走り出す列車。
 遠ざかる親友の姿。
「…………」
「…………」
 車窓から見える景色はネオンのまたたく繁華街、ついで住宅街へ。
 なんと言おうかとムサシは思った。吊り革に掴まって、隣の恋人も無言だ。何か考え事をしているらしい。
 しばらくふたりは黙って電車に揺られた。暗い外の景色を眺めながら。
 ──やっぱり、隠し事なんかするもんじゃねえな
 そう思う。栗田は笑ってくれていたがやはり済まないという気持ちがムサシの胸に押し寄せる。

「糞ジジイ」
「うん?」
 恋人は前に目を向けたままだ。

「気にすんな」
 さばさばと。そんな様子でヒル魔は言った。
「気にしたってしょうがねえだろ」
「……うん。そうなんだけどな」
「俺はな」
「?」
「俺は開き直るぞ」
「…………」
「どうしようもねえからな。開き直る。こういうのは切り替えが一番だ」
「……そうだな」
 少し苦い笑みが浮かんだ。そうだな、そうかもしれないな。
 黙ってヒル魔が手を伸ばした。軽くムサシの背を叩く。
 ──元気出せ
 そう言いたいらしい。
 ムサシは窓に映る自分を見つめた。心なしかしょげたような顔。
 気を取り直して、隣に映る恋人に笑いかける。すると恋人もにやりと笑った。

 ──あいつ

 ヒル魔は思う。脳裏に浮かぶのはまんまるな笑顔。
 ──あいつ、あんな顔して始末におえねえ
 胸のうちで一人呟く。本当に、始末におえねえ。

 ──あとで雁屋のシュークリーム送ってやろう
 ──好きなだけ

 あいつの。
 あの心優しい巨漢の、好きなだけ。

 ガタン、ゴトン。
 電車に黙ってふたりは揺られた。



 そのころの栗田。
 一人、夜道を踏みしめて歩いている。軽快に。
 ──ああ、なんか酔っちゃったみたいだ
 お酒なんか飲んでいないのに。にこにことひとりでに笑顔になってしまう。
 ──なんかふたりともびっくりしてたみたいだけど、まあ大丈夫だろう
 ──あのふたりだもんね。うん
 ──へへ
 久しぶりに話せて本当に嬉しかった。そんな思いで胸がいっぱいだ。はずむような気持ち。
 ムサシは何だかまた一段とたくましくなってた。これからのバベルズチームが楽しみだ。それにヒル魔は相変わらず色んなことを教えてくれた。

 ──友達っていいな

 ──親友っていいな、やっぱり

 僕も頑張ろう。
 はずむ足取りで家路をたどる。


 ついつい笑みがこぼれる夜道。

 にこにこ顔の巨漢が歩く。

 ぽっかりと浮かぶ月の下。

 まんまるな明るい月の下。




 
【END】

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