SOMEDAY ──Part.2
声をかけたのはムサシが先だった。ためらいがちに。
「おかえり」
「……ああ」
ヒル魔の声も表情も、どこかおぼつかない。
「お袋から聞いた。ずっとうちにいたんだってな」
「まあな」
何かを決意したように、ムサシはヒル魔を見つめる。
「ヒル魔」
「…………」
「帰ってこないか。──いや、帰ってきて欲しい」
「…………」
目を伏せるヒル魔。恋人が答えるのをじっとムサシは待つ。
「……分かった」
ヒル魔は言った。ムサシの目を見ようとはせぬまま。
父母に挨拶をして、ふたりは駐車場からムサシの軽自動車に乗り込んだ。
ライトをつけて発進する車。
ムサシもヒル魔も何も言おうとしない。いや、言えない。何か話さなければならない、でもうまく言葉が出てこない。言いたいこと、話したいことはたくさんあるのに。
ぎこちなくムサシが口を開いた。
「ごめんな。ヒル魔」
「…………」
「俺は……お前の気持ちを考えてなかった」
ぎくしゃくとヒル魔も答える。
「いや……、俺こそ、悪かった」
ふたりの住むマンション。工務店からそれほど離れてはいない。ものの5分ほどで着く距離だ。残りの車中をふたりは無言で過ごした。
駐車場に車を停めて降りる。肩を並べて共用玄関をくぐり、エレベーターへ。扉が閉まると狭い空間にふたりきりとなった。ヒル魔は胸の中に張り詰めるものを感じた。先ほどからふたりは言葉を交わしていない。でも隣にいるムサシからは何か強い気持ちが伝わってくる。暖かいというよりは熱いもの。何か、切羽詰まったような。
それがなんなのか、ヒル魔には分からない。いや、分からないふりをしているのかもしれない。受け止めたい、でもどうしたらいいか分からない。ヒル魔はムサシと通路を歩いた。前を向いてはいるがろくにものが見えていないような気がする。隣の、ムサシの気配を探るので精一杯だ。
「…………」
黙ってムサシが鍵を開け、ドアを開いた。先に入れということらしい。ヒル魔は従った。後からムサシも玄関に入ってくる。
黙っているのが苦しくなって、洗濯しねえと、とヒル魔は呟いた。
その腕をムサシが掴んだ。ヒル魔の動きが止まる。強く胸が鼓動した。
ムサシも靴を脱いだ。そうしながらふたりは向かい合う。ムサシの視線。ヒル魔の好きな、ムサシの目。それはまっすぐにヒル魔に向けられている。痛いほど感じる、ムサシの視線。だがヒル魔は応えられない。心臓が口から飛び出しそうだ。顎を引いてヒル魔は目を伏せる。
その顎にムサシが手をかけた。軽く力を入れる。ヒル魔に近づいてくる、ムサシの顔。
おずおずとヒル魔は視線をあげる。間近に恋人の顔。たまらなくなって、目を閉じた。
唇が触れあった。
そして、ゆっくりと離れた。
黙って、ムサシは恋人の体を抱き寄せた。ためらいがちに、ヒル魔の腕はムサシの背へ。
不器用にふたりは抱きあった。
ムサシの胸にせまるもの。暖かい、熱いもの。もっと早くこうするべきだった。自分はもうずっと、ヒル魔と──恋人とこうしたかったのだ。
熱くせまる思い。ヒル魔もやっと分かった。長いこと、何か分からなかった。でもいまははっきりと分かる。ムサシの──愛情。ムサシへの、愛情。
「なあ、ヒル魔」
静かにムサシは語りかけた。
「分かるか」
「……?」
「──いまな。胸がバクバク言ってる」
ヒル魔の腕に力がこもる。
「……俺も、だ」
低い声。だがはっきりとムサシの耳に届いた。心からの安堵。慕わしい気持ち。
「ヒル魔」
ムサシは恋人の顔を見た。もう一度、今度は少し落ち着いてくちづけた。
「好きだ」
「……俺もだ」
ふたりの住む家。玄関でふたりは抱きあう。生まれて初めてのキス。互いのぬくもりを確かめあいながら。
ヒル魔の手はかすかに震えているようだ。でもそれは自分も同じだろうとムサシは思った。
いつか、こんな時を懐かしく思い出す日も来るだろうか。
いつか、笑い話になることもあるだろうか。
その時までふたりでいられたらいい。
ずっと、どこまでも。
胸に押し寄せるぬくもり。
心から愛おしいぬくもり。
このぬくもりが永遠にあるように。
抱きあいながら、ふたりはそれだけを一途に願っていた。
「おかえり」
「……ああ」
ヒル魔の声も表情も、どこかおぼつかない。
「お袋から聞いた。ずっとうちにいたんだってな」
「まあな」
何かを決意したように、ムサシはヒル魔を見つめる。
「ヒル魔」
「…………」
「帰ってこないか。──いや、帰ってきて欲しい」
「…………」
目を伏せるヒル魔。恋人が答えるのをじっとムサシは待つ。
「……分かった」
ヒル魔は言った。ムサシの目を見ようとはせぬまま。
父母に挨拶をして、ふたりは駐車場からムサシの軽自動車に乗り込んだ。
ライトをつけて発進する車。
ムサシもヒル魔も何も言おうとしない。いや、言えない。何か話さなければならない、でもうまく言葉が出てこない。言いたいこと、話したいことはたくさんあるのに。
ぎこちなくムサシが口を開いた。
「ごめんな。ヒル魔」
「…………」
「俺は……お前の気持ちを考えてなかった」
ぎくしゃくとヒル魔も答える。
「いや……、俺こそ、悪かった」
ふたりの住むマンション。工務店からそれほど離れてはいない。ものの5分ほどで着く距離だ。残りの車中をふたりは無言で過ごした。
駐車場に車を停めて降りる。肩を並べて共用玄関をくぐり、エレベーターへ。扉が閉まると狭い空間にふたりきりとなった。ヒル魔は胸の中に張り詰めるものを感じた。先ほどからふたりは言葉を交わしていない。でも隣にいるムサシからは何か強い気持ちが伝わってくる。暖かいというよりは熱いもの。何か、切羽詰まったような。
それがなんなのか、ヒル魔には分からない。いや、分からないふりをしているのかもしれない。受け止めたい、でもどうしたらいいか分からない。ヒル魔はムサシと通路を歩いた。前を向いてはいるがろくにものが見えていないような気がする。隣の、ムサシの気配を探るので精一杯だ。
「…………」
黙ってムサシが鍵を開け、ドアを開いた。先に入れということらしい。ヒル魔は従った。後からムサシも玄関に入ってくる。
黙っているのが苦しくなって、洗濯しねえと、とヒル魔は呟いた。
その腕をムサシが掴んだ。ヒル魔の動きが止まる。強く胸が鼓動した。
ムサシも靴を脱いだ。そうしながらふたりは向かい合う。ムサシの視線。ヒル魔の好きな、ムサシの目。それはまっすぐにヒル魔に向けられている。痛いほど感じる、ムサシの視線。だがヒル魔は応えられない。心臓が口から飛び出しそうだ。顎を引いてヒル魔は目を伏せる。
その顎にムサシが手をかけた。軽く力を入れる。ヒル魔に近づいてくる、ムサシの顔。
おずおずとヒル魔は視線をあげる。間近に恋人の顔。たまらなくなって、目を閉じた。
唇が触れあった。
そして、ゆっくりと離れた。
黙って、ムサシは恋人の体を抱き寄せた。ためらいがちに、ヒル魔の腕はムサシの背へ。
不器用にふたりは抱きあった。
ムサシの胸にせまるもの。暖かい、熱いもの。もっと早くこうするべきだった。自分はもうずっと、ヒル魔と──恋人とこうしたかったのだ。
熱くせまる思い。ヒル魔もやっと分かった。長いこと、何か分からなかった。でもいまははっきりと分かる。ムサシの──愛情。ムサシへの、愛情。
「なあ、ヒル魔」
静かにムサシは語りかけた。
「分かるか」
「……?」
「──いまな。胸がバクバク言ってる」
ヒル魔の腕に力がこもる。
「……俺も、だ」
低い声。だがはっきりとムサシの耳に届いた。心からの安堵。慕わしい気持ち。
「ヒル魔」
ムサシは恋人の顔を見た。もう一度、今度は少し落ち着いてくちづけた。
「好きだ」
「……俺もだ」
ふたりの住む家。玄関でふたりは抱きあう。生まれて初めてのキス。互いのぬくもりを確かめあいながら。
ヒル魔の手はかすかに震えているようだ。でもそれは自分も同じだろうとムサシは思った。
いつか、こんな時を懐かしく思い出す日も来るだろうか。
いつか、笑い話になることもあるだろうか。
その時までふたりでいられたらいい。
ずっと、どこまでも。
胸に押し寄せるぬくもり。
心から愛おしいぬくもり。
このぬくもりが永遠にあるように。
抱きあいながら、ふたりはそれだけを一途に願っていた。
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