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音くんと一緒にゼミに行ってから連日開催されているものがある。兄さあ自慢大会だ。
最初の数日はいかにお兄さんが格好いい上に優しくて、一緒に遊んでくれるかというものだった。次は、頭が良く武道も強い男前だと力説され、特に記憶に残っているエピソードを教えてくれた。そろそろ二週間が経とうかとなった頃、お兄さんはモテるのだという話になった。音くんとは違い、母親に似て色白だというお兄さんは優しい雰囲気のよかにせだと言う。地元でも女性から人気があり、お見合い話がしょっちゅう来るのだとか。なのになかなか結婚相手が決まらないのだそうだ。音くんは気になって理由を聞いたことがあるという。お兄さんは鯉登家の男として恥ずかしくないように、もう少ししっかりした一人前の男になってからが良いということらしい。
さらに二日後、兄さあ自慢大会は内容が少し……いや大分変わった。具体的に言うと、結婚相手としておすすめされているのだ。

「兄さあはよかにせじゃっでといえんえてとしてもいいとおもっ」
「といえ? 」
「男と女がいっどき暮らすこと」
「えっ結婚てこと? いやでも私、格好いいお兄さんに見合うほど可愛くないから」
「兄さあが顔だけで判断するよな男だとおものか? 優ひか兄さあだぞ?」

眉間に皺を寄せ、その発言は聞き捨てならないと言っているような目を向けられる。どう見ても不満げな顔だ。
しまった。二週間以上もお兄さんの良いところを聞き続けているのに、余計ことを言ってしまった。どう聞いても硬派で優しい家族思いのお兄さんなのに面食いだろうから私じゃ無理みたいな風に伝わってしまった。自分に自信がないゆえに、自慢のお兄さんを貶すようなことになった。
眉間にしわを寄せ何か考えるそぶりを見せていたと思ったら、思い付いたという顔をしたあとお絵かき帳とクレヨンを持ってきた。黒いクレヨンを手に持つと似顔絵を描いてくれるというので音くんが頑張っている姿を眺める。少しずつ出来上がっていくそれは、まずは音くんとそっくりな眉毛から描かれた。垂れ気味に描かれた目ににっこりと笑うように曲げられた口の線、そして輪郭の線が引かれた。少し丸くなった輪郭が気に入らないのか口をムッと引き上げ数十秒動きが止まったけれど、どうやら気に入らないところは見逃すことにしたようで、耳を描いたあとは頭だ。髪と額の境目に線を描き頭の部分は黒く塗りつぶしている。お兄さんは坊主頭なのだろう。そのあとは、肌色を手に持ちおでこところから塗り始めたけれど、色が濃いと判断したのか力を抜いて薄くなるように塗っていた。
満足げな顔は完成したのだと悟るのに十分だった。
とても上手に出来ていたので頭を撫でながら褒めちぎるけれど、どうやら彼の期待した反応ではないらしくがっかりという言葉が似合うような顔を見せた。どうして。

「あねはんはおいといっどきいるんは嫌か?」
「えー、何でそういう話になるの?」
「けねにじゃったらいっどき居るんが当たい前じゃんそ?じゃっで兄さあとといえたおいともけねになる」

えーと、といえはつまり結婚なんだから、お兄さんと私が結婚したら音くんとも一緒ってことかな。そうなると、けねは家族ってことになる。そこまで言われるほど懐かれたのは正直嬉しいけど、大抵はお姉ちゃんと結婚するってなるやつだと思っていた。お兄さんを薦められるのは現実的過ぎるなと思う。

「つまり、私とお兄さんがといえしたら家族……じゃなくて、けねになるから、音くんとも一緒にいられるからしてほしいってことであってる? 」
「そいでおてる!」
「ちなみにお兄さんの絵を描いてくれた理由を聞いてもいいかな?」
「おいのとこいの女中がゆちょった。兄さあもおいもよかにせじゃっで、ほれんおなごはおらんって。じゃっで描いた」

音くんは私が似顔絵を見て、男前なお兄さんに惚れて結婚するって言うのを期待していたと。なのに実際は上手くかけたと褒められ撫で回されたからがっかりしたと言うことですね。なるほど。
それにしても女中さんも小さい子供相手にすごいことを言うなあ。昔ではそうでもないんだろうか?

「なーよかでしょう?あげんによか男なかなかおらん。兄さあとといえしてくいやい」
「でもさ、お兄さんの意見を聞かないとだめでしょう? 私一人では決められないよ」
「なら兄さあがよかちゆたらといえてくるっんじゃっど?」
「えーと、お兄さんがいいって言ったらってことだよね? いいですよ」
「二言はなかど」
「もちろん」

そう答えれば、パァッと嬉しそうな笑顔になる。
きゃいきゃいと喜ぶ音くんには悪いけれど、私がお兄さんと会う機会はないと思う。何がきっかけで音くんがこっちに来たのかは分からないけれど、私が行くことはおそらくないだろう。そして、お兄さんに結婚を申し込まれることも絶対ないと思う。だって、顔も性格も良い上に文武両道だなんて、そんなすごい人が私なんかを好きになるわけがないのだから。




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