晴れ渡るは蒼穹の空。
一面に靡きはためくは龍旗。
その下に集う群衆は民。
交わされる密やかな声は細波のよう。
注がれる視線はただ前方へと。
刹那―――遥か遠景の中、正殿に姿を現した一つの影によって、人で埋め尽くされた広場より歓声が沸き起こった。満ちていく喜びの声に目を細めたのは、大裘に身を包んだ芳極国の新王。
峯王即位。それは、新たな時の幕開け。
-始声絢爛 参-
無事に披露を終え正殿より戻った
江寧は、やや疲労の色を浮かべる放棄に労いの言葉をかけると掌客殿に迎えていた賓客との面会の為裳裾を引き足早に西園へと向かう。主の後を追う少年に気付けば小さな手を取り再び歩を進め、ようやく辿り着いた
江寧が最初に目に留めたのは鋼色の髪。来たる白藤を認めて立ち上がった泰麒の姿。
「
巴さん」
「要―――久しぶり」
泰麒と親しげに挨拶を交わした
江寧の後に続き、峯麒が顔を綻ばせて言葉をかける。二人の様子に、穏やかな青年の口元が弧を描いた。
すぐに向き直った少女は次いで、傍らに佇む背の大小差異ある主従へと微笑む。予想通りの来客は嬉々として、久方ぶりの会話で微かに緩む頬。
「延王と延台輔、お久しぶりです」
「驚いたんだぞ、戴に行ったと思ったら蓬山、それで芳だもんな」
「お伝えする事が出来ずに申し訳ありませんでした」
腰に片手を宛て佇む少年――延麒に、
江寧は軽く会釈をした。少年は人懐こい笑みを浮かべているものの、これまで報告をしなかった事に引け目を感じて謝罪を告げた。すぐにいいや、と頭を左右に振った延麒の鬣がさらりと靡く。峯麒もあれだけ伸びるだろうか、と。そう自国の麒麟の未来を思い描き微かな笑みを湛える
江寧。彼女の様子を眺めていた延麒の主である延王は、ちらりと傍らに立つもう一国の主従へと目を向けた。
「それにしても、お前は来ずとも良かったのではないか」
「猿王は相も変わらず不粋なことを言うのだね」
延王が“お前”と指した者は傍らで軽く笑う。口元を扇子で覆い、流し目で男を見やる。暫しの間を沈黙で過ごし、すぐにそれは破られた。延麒や泰麒との会話を一旦区切った
江寧が、氾王の元へ進み寄ると緊張を伴いながらも丁寧に辞儀をする。
「お越し頂き有り難う御座います、氾王並びに氾台輔」
「よく似合っているよ、峯王。芳の拵えもなかなか良い」
「いえ……光栄です」
微笑む
江寧に、氾王――藍滌もまた笑む。すぐにすっと視線を走らせ、未だ要と会話をする少年へと目を留めた。揺れる猩々緋の髪は他国の麒麟と比べてしまえば、未だ短い。
「しかし―――鋼の鬣は好みじゃが、銅の鬣もまた良い眺めよ」
「そうですね……」
言って、藍滌は氾麟と共に裳裾を引き峯麒の元へと歩み行く。何事かを話しかけると、さっと振り仰いだ少年が目を見開いた。慌てふためきながらも出来る限り辞儀をする峯麒の姿をぼんやりと眺めていた
江寧は、すぐに傍らへ来たる者の姿へ目を移す。久方ぶりに再会した男より改め祝いの言を述べられ、礼を告げた
江寧が微笑んだ。
登極までの経緯と詳細を説明した後、他愛ない言葉を交わした
江寧。少女の様子は極みへ昇り詰めた後も然程変わらない。その姿に若干の安堵を覚えた尚隆は、ふと景王より聞き受けた話題を脳裏に過ぎらせる。話題の真実を問おうと、事を告げた。
「そういえば聞いたぞ、
江寧。十年で復興すると宣言をしたらしいな」
「え―――ええ、まあ」
問われたものに驚き目を見開いた少女は暫し呆然とし、しかしすぐに複雑な色を顔に滲ませる。恐らくは慶の禁軍将軍から洩れたのだろう―――思い若干の困惑を抱くも、桓魋に制止の言葉を掛ける事を忘れていた自身の所為であると微かに苦笑を零す。
「あまり、無理をするな」
「……はい」
尚隆の言葉に一つ頷くも、少女は今一浮かない顔をやや俯かせる。自然に上目遣いとなった視線は猩々緋を捉えぼんやりとし、その様子に眉を顰めた尚隆は閉口するまま横顔を眺めていた。
◇ ◆ ◇
「ねぇ主上、一体どうしたのかしら」
「ん?」
江寧と峯麒が冢宰に呼ばれて園林から身を引いた後。主君の傍らへ戻った氾麟は袖をくいと引き、主を見上げる。視線を下ろした藍滌は少女と目が合い、首を僅かに傾げたところで言葉の意を述べた。
「何かに焦っているようにしか見えなかったわ」
「何かとは?」
「それが分かれば、ちゃんと言ってあげられるんだけど……」
言葉を切った氾麟は、新王が歩き去っていった方角をじっと見詰める。
江寧の様子に気付いた少女は峯麒との会話の最中、何度か峯王を垣間見るも何事かに思い悩んでいる事以外に察する事は叶わず。尚隆との会話からそれが思索を含む焦燥である事を悟るも、それ以上の言葉を掛ける事は出来なかった。
困ったような顔をした氾麟は、視線を薙ぐと雁国主従を見やる。親しげに言葉を交わしていた者へと目を留めると、小首を傾げてみせた。
「延麒は何か知ってる?」
「いや、俺は何も」
「尚隆は?」
「―――いや、」
「使えないわね」
突き刺すような少女の言葉に、尚隆が眉を顰める。それは自分も聞きたいぐらいだと視線で訴え、溜息を吐き出した。ふと数年前に赴いた慶の即位式を思い出し、緋色の髪をした彼女も同様に苦悩していた姿が脳裏に過ぎる。新王は苦悩が絶えぬ、と呟いた尚隆の言葉を耳にした延麒もまた、芳国主従が退出していった路を眺めていた。
一通りの儀礼を済ませた
江寧と峯麒は別れ、其々の目的地を行く。峯麒は仁重殿へ、
江寧は正寝へと。儀の後に会った賓客は今回のみ正寝へと招き入れた。天官の困惑は深かったものの、何とか彼女が説得をした結果である。
夜が更け、臥牀へ潜り込んだ
江寧はしかし、寝付く事が出来ずに呻きを上げる。気分的に寝心地が悪く、仕方なく臥室を出た少女が向かった先は露台へと。
大袖を羽織り、裸足のまま露台へと出た
江寧は生温い潮風を受けて肩を竦めた。岩壁に打ち寄せた波の砕ける音が耳に心地好い。そっと瞼を落とせば、裏に甦るのはとある少女の悲しげな顔―――。
「
巴さん」
本来の名を呼ばれ、はたと我に返った
江寧が肩を跳ね上げると慌てて振り返る。長く続く露台の向こう、手摺側に沿い歩いてくる戴国麒麟の姿。月光に濡れた鋼色の鬣が靡く。
「ああ……要」
「お邪魔でしたか?」
「ううん。こっち来る?」
「はい」
少女の招きに応じた要は傍へと歩み寄る。隣で立ち止まり、彼女と同様月に照らされた雲海を眺め腕を手摺へと乗せた。人工の光が無い分、その風景は幻想的なもののように見えた。
暫し無言のまま雲海を視界に映していた二者は、突如ぽつりと口にした要の言葉によって話が始まる。
「主上が、即位の儀に行けなかった事を惜しんでおられました」
「泰王にはとてもお世話になったから良いのに―――」
言って、軽く頭を左右に振った
江寧は苦笑を零した。
戴は今、進行を続けていた荒廃が泰王帰還によりようやく打ち止められたところだ。現状は始まったばかりの芳と然したる大差はない。そんな中で台輔を遣わせてくれるだけでも十分に有り難いと、
江寧は内心感謝を覚えていた。
ふと傍らへ視線を転じると、要が懐を探っている。幾らもかからず取り出されたそれは、濡羽色の裏地に高貴色の縁取り。見るからに良質な書簡であった。
「……それは?」
「主上―――泰王からの書簡です。時間がある時に読んで頂ければと」
「分かった」
差し出された書簡をそっと受け取った
江寧は頷き、微笑む。少年もまたつられて笑うと、再び静寂が訪れる。耳に浸透するのは、岸壁に打ち寄せる波の音ただ一つ。海を彼と最後に見たのは、蝕が起きる直前。蓬莱の荒れ狂う海を二人で眺めた、あの日。
良い方向へ進んだことを嬉しく思い、
江寧は再度視線を傍らへと向けた。
「要」
呼ばれた者はゆるりと双眸を薙がせ、白藤を捉える。口元に湛えられるは微笑。月光を受けた姿は眩い。思わず瞬きを忘れ魅入っていた要は、その柔らかな声音に乗せられた言葉を耳にする。
「ありがとう」
彼は何を、とは聞かなかった。五字の中に含む意は複数。それらを察して、ただ首肯するのみ。伝えた意が疎通した事に満足した少女は、その少年の返答に万遍の笑みを湛える。
―――次はいつ再会の時を迎えられるのか、分からないのだから。
嬉しさと同時に込み上げてくる切なさ。それを紛らわせようと崩れかけた笑みを浮かべ直し、ふと背後に人の気配を感じて振り返る。要もまた少女の視線を辿り、視界に人を捉えた刹那―――
江寧の顔が、やや引き攣った。
「……榮春?」
見覚えのある顔に、思わず名が口から零れ落ちる。居る筈が無い。そう頭では理解していようとも、口にせずにはいられなかった。
硬直する少女の傍らでは、要が頭を傾げる。朧気ではあるが、目前に立つ人物が纏う黄昏の色彩に困惑する。……顔は戴に居る筈の者に酷似しているが、これは麒麟なのではないか―――と。
其々に疑問を抱く最中、突如として衣擦れの音と共に軽い何かが取り払われる。薄い紗のような衣が少女の掌で綺麗に纏められ、その姿は先刻のものではなかった。
「それは誰なの?」
「あ―――」
揺れる金の髪。背は延麒と然して変わりなく、しかしはっきりとした口調が特徴的な少女。治世三百年を生き、細工の技術においては十二国随一を誇る、西の国の麒麟。
「氾台輔、」
「これは主上からお借りしてきた蠱蛻衫というの。―――あなたにはその人に見えたのね?」
「……ええ」
突然の来訪におずおずと頷いた
江寧の顔は動揺に満ちている。その姿を傍らでちらりと見やる要は、彼女が来た事に困惑しているのではない事を悟った。……恐らくは、少女が口にした者についての事なのだろう。未だそれ以上の言葉を返す事に窮しているのか少女は僅かに視線を泳がせ、最中に要が言葉を差し伸べた。
「どんな方なんですか?」
「とても優しい人だよ。私が恭にいた時、その人によく心配を掛けていたけど」
「恭、」
それは要にとって初耳となる過去だった。
実際、
江寧の過去の話題を彼は一度も聞いた事がない。嘗ては恭に居た事も、今此処で初めて知った。軽く目を見開く要の目前では、氾麟が優しげに問う。
「榮春さんの事が、今は心配?」
「少し。足が悪いんだ」
「そうだったの―――」
思わぬ告白に、氾麟は相槌を打ちながらぽつりぽつりと零し始める話に耳を傾ける。要もまた閉口するまま聞き始め、手摺に背を凭れかけた
江寧は静かな独白を続けた。
「芳の治安が良くなれば、その噂が彼女の耳に届くかもしれない……それが私にとっての頼りになる。国が二三日宮を空けられるほどの治安になれば、会いにだって行ける。一個人の情でしかない事は承知の上だけど、それでも―――」
―――それでも、成し遂げたい。
そう言い掛けた言葉を終盤で呑み込んだ少女は、思わず苦笑を零した。辛気臭くなってしまった雰囲気を若干申し訳なく思い軽く謝罪を告げて、要と氾麟を交互に見比べた
江寧は困ったように笑う。
「少し、語り過ぎたかな」
「あら、そんな事無いわよ」
若干驚いたような氾麟の顔は、瞬く間にふわりとした笑みへと変わる。その言葉に賛同し頷いた要もまた軽く首肯を見せると、ふと先刻大国の王が口にしていた事柄が脳裏を掠めた。刹那、微かに顔色を曇らせると静かに口を開いた。
「それでも焦らない方が良いと思います」
「要、」
「だって……ぼくは、急速に軌道へ乗ろうとした国の先を見てしまったんですから」
「―――」
少年が見たもの。それを連想すれば、何を指し示すものであるのかが理解出来る。……彼にとっては、辛い過去に違いない。戴の二の舞を踏ませて民を路頭に迷わせたくないという仁獣らしい思案もあるのだろう。類似の例は出来る事ならば避けたいのだと、要を心配する姿を目に留めていた
江寧は眉を顰めて思う。
「……ああ、そうか―――」
王の焦燥と共に急速に発展した国は、瓦解の危機を早急に招く。それに近いものを今、自身が行おうとしている事に気付かされた。酷く重大な忠告に一度思い留まって、少女はゆっくりと頷きを見せる。
「ありがとう、二人とも。もう少し考えてみる」
「あんまり考え詰めないようにね」
気遣う氾麟に相槌の返答を打ち、
江寧は穏やかな面持ちで首を擡げる。暫し無言のまま夜空を仰臥し、それから視線を下ろすと、不安そうに見詰める二者へ笑顔を向けて再度礼を告げた。
……考えるべき事はまだまだあるのだと、そう内心に秘めながら。
◇ ◆ ◇
夕餉を終えた他国の賓客は、暫しの暇を堂で過ごす。氾麟が蠱蛻衫を纏い退出した事から、堂に残ったのは雁国の主従と範国の王のみ。泰麒は冢宰の招きにより夕餉を終えた直後に退出している。別段用も無い者達は次第に他国の情勢の話題になり、先日の訃報が話題に挙がり始めた頃、突然の来訪者の姿に驚きながらも歓迎した。
やってきた峯麒は椅子に腰掛け、その姿を目にするなりふと浮上した話題を延麒は口にする。
「そういえば―――峯麒」
「うん?」
延麒へと視線を向けた峯麒は小首を傾げる。大きな紅緋の眼を瞬かせた少年に対し、延麒が腰掛けていた小卓から飛び降りると彼の元へと歩み寄っていく。
「お前、蓬山に居た時塙麒と会ってるんだよな?様子はどうだった?」
「塙麒?」
コウキ、と復唱した峯麒は一拍を理解に、次いで記憶を掘り起こせば鮮明に甦る雌黄の毛並と鬣。会話を交わした事のない、もう一人の蓬山公。
少しばかり唸りを上げて考え込む峯麒を待つ延麒。尚隆と藍滌もまたちらりと視線を向け、やがて沈黙が下りた。然程の時を待たずに切り出された言葉は、曖昧な表現のもの。
「よくは分からなかったけど……一年か二年遅れて生まれたとか何とかって」
「―――そうか」
少年の言葉に納得の意を示したのは、延麒ではなく尚隆だった。何かしらを察した風を見せる男に対し、藍滌が空かさず問いを挟み込む。
「何か可笑しな事でも?」
「巧国での、妖魔の数が異常でな。覿面の罪に近い大罪を犯したのだから仕方あるまいと思っていたのだが……どうやら、罪は相当に重いらしい」
言って、尚隆は照壁に身を凭れる。険しい顔付きのまま腕を組み、視線を落とした。
以前に荒廃の様子を確認するため巧へ赴いた風漢もとい尚隆は、高岫山付近に位置する無人の廬を訪れた。その折、跋扈する妖魔を撒く事に掛かった苦労を思い出す。空は蠱雕、地は饑饑。其々が群れを作り人を襲い、そこから逃げ出す事は決して容易いことではない。
思い起こし、眉根を寄せた尚隆は面を上げる。双眸に宿す怪訝は強く、はっきりとした口調で断言した。
「選定が遅くなるぞ」
「荒れるか」
「猿王はほんに疫病神だねえ」
「煩い」
差し込まれる藍滌の言葉に、顔を顰めた尚隆は苦を浮かべるままぴしゃりと言葉を放つ。最後のやりとりに苦笑を浮かべ顔を見合わせた延麒と峯麒は、刹那再度呟かれた言葉を耳にしてその苦笑すらも消失させた。未だ険相を維持したままの尚隆が口にした、他国にまで問題の及ぶ事態。
「……さて、柳と巧が立ち直るのは何年になるか」
何れは捨身木に劉果が生るのだろう。しかし、選定に入ったところで果たして王を見つけるのはいつの日か―――。
思わしくない事態に溜息を吐き出した男は、五山が存在する方角へと目を向ける。夜陰の下りた闇の中、それを眼で捉える事は叶わなかった。
翌日早朝、帰還する事となった雁と範の主従は其々禁門にて騎獣を引き連れ、峯王と峯麒の見送りにより出立の時を迎えようとしていた。
其々の主従に御礼を告げると、延王がふと視線を向ける。近々再び赴く事も良いかと思案し、しかしそれは嘗て慶での宮中を思い起こして思い留まった。珍しくも念のため、確認を取るべきかと口を開く。
「即位式を終えても忙しくなるのか」
「そうですね」
尚隆の問いに、
江寧は苦笑を伴い頷く。即位の儀を終えた朝は、本格的に始動する。王としてやらなければならない事は山積みなのだ。その中で自分の時間を作る自信など、今の彼女には無い。
苦笑で誤魔化した
江寧はしかし、ふと思い出した事柄に目を一つ瞬かせ、余談としてその旨を告げる。
「ああ、供王がいらっしゃる事になりまして」
「供王が?」
隣国の王の名に珍しさを感じながらも、そういえばと、尚隆は思う。彼女は以前、供王と会っている。元々恭国へ漂着した海客であったが、破格の待遇を受けた折に面会したのだと数年前に聞いた覚えがあった。妙な縁だと小さく呟けば、それを聞き取る事の出来なかった少女が頭を僅かに傾げる。何でもないと告げたところで、口元に笑みを浮かべて言葉を返した。
「お前にとっては良い経験になるだろう」
「そうなれば良いんですが―――」
他国の王との面会に不安を覚えるのか、些か本調子ではない様子の
江寧に尚隆もまた軽く溜息を吐きつつ笑う。途端、途切れた少女の言葉に対し気楽に答えたのは、男の傍らに佇んでいた延麒だった。
「急いて空回りするよりは良いんじゃないか?」
江寧は少年の言葉に一瞬目を見開かせるも、すぐに苦笑へと変わった。ええ、と軽く頷いて、目前に立つ者達を改め見やる。……どちらの王も治世は既に百年を越え、揺らぐ事無き王朝を築き上げている。果たして自分もまたそういった朝を作り上げる事が出来るのか。そればかりが不安として押し出されて仕方ない。……だが、やるしかない。あとは前に進む外に無いのだから。
「一から、頑張ってみます」
不安を微笑で覆い隠し、
江寧ははっきりとした口調でそう告げる。その姿に安堵を覚えた延麒や氾王らは出立の準備を整え終えると、別れを告げて早々に飛び去っていった。
「では、またな」
「ええ。有り難う御座いました」
白藤の髪が揺れ、下げた頭は深く。尚隆もまたようやく胸中に収めていた不安を取り払い、趨虞に騎乗すると禁門を後にした。その姿は次第に点となって、陽に重なり消えていく。完全に見えなくなり、街に差し込む朝陽を眺めて、
江寧は目を細めた。
―――行こう、曙光へと。
王としての物語が、ようやく幕を開ける。