夕刻。雲海は斜陽を迎えて黄櫨染に滲む。
雲海をも貫き屹立する首都蒲蘇の中心に聳え立つ凌雲山。それを蒲蘇山と言い、雲海上に突出した頂上はさながら小島のよう。立ち並ぶ角多き楼閣の色は藍白。螺旋を描くように建ち昇る多郭の楼―――それが、鷹隼宮と呼ばれる王宮の全容であった。
小島の東南に集う諸官の数は夕刻を迎えてなお増えつつある。それは、雲海を渡る玄武が蓬山からの往路として南東の岸へ到着するが故に。だが、諸官が待ち侘びているのは神獣ではない。蓬山の如き奇岩の内に身を置く者達を、宮へ迎え入れるために。
誰もが期待を抱き待ち続けていた姿は斜陽を迎えて暫しの後―――直線を描く水平線が不意に途切れて、現れた玄武の姿に鼓動を高鳴らせる。距離は有れど、到着までに要する時間は短い。徐々に近付く玄武の姿を視界に入れて、最初に平伏したのは仮王だった。他の官もそれに倣い次々と叩頭を始め、周囲の会話が途絶えて間も無く玄武は到着する。
ゆっくりと伸ばされた玄武の首、その中央を踏み締め来たるは白藤と猩々緋。仮王を筆頭に平伏する官は軽い足音を聞き、そしてそれはすぐに止む。目前に立ち止まる者へ、仮王は平伏するまま言を述べた。
「お待ち申し上げておりました、主上」
仮初の玉座を正式なる者へ明け渡す。その意を含み放たれた言葉を受け取って、新たな王は肯定を以って首肯した。
――月陰は、日陽の朝へと向かい始めて。
芳極国に新王践祚す。
峯王
江寧の時代、
坂王朝の始まりである。
-始声絢爛 弐-
即位式は本来夏至に行われる筈であったが、
江寧の希望により二月後に見送られる事となった。その二月の間にある程度官吏の異動を行い、国内の現状を把握し、三公に教えを請う所から彼女の王としての仕事は始まる。
日毎行われる朝議は緊張を以って執り行われ、それが終わると積翠台に赴き元仮王、月渓との話し合いが少しばかり。その後すぐに三公府へ赴き、政の構造や芳の歴史をある程度享受し、知識として蓄積した。多忙な日々にも次第に慣れ始めてきた
江寧はしかし、予想外の事態に憂慮せざるを得なかった。
朝議を終えた新王はそそくさと内殿へ身を引く。その後を追うように、月渓は内殿の最奥に位置する積翠台への走廊を歩く。行動は普段と然して変わらないが、先刻僅かに顔を曇らせていた王が気に掛かる。……さらに言えば、朝議の五日目から台輔の姿が見えない事にも不安を抱く。半月目にして早くも問題が浮上しているようだった。
「失礼致します」
月渓がいつものように積翠台へ踏み込むと、王は書簡を手に書卓へ向かっていた。落としていた視線を上げた
江寧は男の姿を目にするなり手中の物を静かに置く。口元に湛えられた微かな笑みが儚さを思わせた。
「ああ―――冢宰」
「如何なされましたか。……近頃、台輔にもお会いしておらずに」
うん、と頷いた彼女の面持ちに普段の朗らかな表情はない。どこか不安を覚えさせるような貌は天啓に迷いを抱いていたそれと酷く似ている。暫しの沈黙を迎えて、ふと口にしたのは意外な事実。
「和真の体調が、少し良くない」
「台輔の……?」
麒麟の病となれば、浮かぶ病名はただ一つ。だが、登極式さえも終えていない目前の王に、その要因は見受けられない。故に些か異なる事情だろうと察して、月渓は嘗て自身が討った峯麟を思い出す。……無為な殺刑が始まった頃、彼女はよく身体が重いと口にしてはいなかったか。
「四日目の朝議の後、後宮を見て回ったんだ。そこで弑された者の血が染み付いている場所があった。……そこで、峯麒は具合を悪くした」
―――穢瘁。
思い至る不調の原因に、はたと思い耽り俯きかけた顔を上げる。坐るまま手を組む女王は、深刻な面持ちのまま冢宰を見詰めていた。
「視察に行ってみたいと和真は言っていたけど、それも当分の間は無理に近い。六、七年前まで行われていた殺刑の影響が怖いから」
そう告げ、最中に言い止した
江寧はそっと瞼を伏せる。
……嘗ては男女老若関係なく、多くの民が殺刑の場に引き摺られて行ったという。苛酷な法は日々極まり、民は怯えて暮らすばかり。街中に存在する殺刑場。弧を描き高く羅列した柵棒の周囲には、居民が数多く存在した。断末魔は絶える事無く、それが更なる恐怖を生み出す。……それが、王の登遐により封鎖された事でどれだけ喜んだ者が居るだろう。
……そうして数年を経て新王が登極し、しかし未だ洌王に対する怨嗟を持つ者がどれ程残っているのだろうか。
「各地の殺刑場は事実上封鎖済み。街中の血臭は大方消えているのは分かる。内宮については今部屋を見回ってもらっているから良いとして……恨みの念だけは、収束の仕様が無いんだ」
「主上―――」
何事かを言いた気な月渓はしかし、喉から洩れかけた言葉を呑み込む。確かに、人の内心を収束する事など出来はしない。特に殺刑場に引き摺り出されて行った者の親族は恨みが深いだろう。恵州坂県新道の里家―――嘗て公主を預けた里家の元閭胥もまた、胸中の蟠りが消えないに違いない。
新王への期待と、前王への怨みが混濁する事は決して無いのだから。
「国の動き方によって、民も安堵するか否かが決まる。その為には―――冬か」
最後に呟いた言葉は小さく。冬、と確かに聞き受けた月渓はしかし、首を捻る。それとどういった関係があるのだろうかと問おうとした矢先、少女の思惑が口から零れ落ちる。
「冬期まではあと半年前後。冬至の頃には、妖魔も雪も少しは減るかな」
半年でどれ程までにその二つの量が減少するのか―――予測し兼ねる言葉の意に月渓は閉口するまま女王を見やる。視線を落とし真摯とした面持ちのまま事を呟く、真剣に国の為を考える善き王の姿。彼女ならば芳の行先を導いてくれるだろうか。
月渓の胸中の思いを余所に、
江寧は黙々と考える。これまでに少しずつではあったが傾き続けてきた国、今現在その土地からは細々とした実りと牧畜のみ。ひもじいながらやっと食べていける程度だろう。その上暮らす中で冬に必要な物は温暖。月からすれば今は夏季であるが、予め先を見越しておかなければならない。
「各地にある義倉の確認と炭の価格を確認が必要か……場合によっては、路木に荊柏を願う。後で地官と話し合いをしよう」
「分かりました」
首肯を示した月渓に、
江寧は思わず安堵の溜息を吐き出す。近日の朝議では地方を優先し整備を行うよう話し合っている。それは順調に行われているのだが、他に人事の問題を問われ吟味していた。
官吏の異動に伴い、当然の如く挙がり来るのは異論。天官からの意が多く、後々天官長との話し合いの場を設けるという約束で先延ばしにしている。人事だけあって速決が中々に難しい問題ではあるが、
江寧なりに事を察し思案しているつもりだった。そういった他の事情もあって、話の流れが良い事に安堵する。―――それも、束の間。
「冬祀までに取り組まなければならない問題は山積み、か―――」
苦笑を交えて呟いた言葉に、月渓もまた僅かな苦笑を零す。始まったばかりの王朝はまだ、厖大な難題が山のように積み重なっているのだから。
◇ ◆ ◇
「という事で視察は当分先延ばしになるのだけど―――他に、冢宰からは何か?」
「特には何も」
主の問いにそう断言しかけて、月渓ははたと言葉を留める。つい先日、突如として運ばれてきた他国の事情。聞き届けた折、思わず顔を顰めた事を覚えている。……そして、それから目前の主が落胆を見せ暫し落ち込んでいた事も、よくよく記憶に残っている。
「……先日、鳳の知らせがあったと」
「ああ……柳の」
月渓の言葉に、少女はやはり落胆を窺わせる。自国の問題ではないが、少なからず影響するであろう訃報。
―――劉王、崩御。
先日、鳳の嘴から放たれた言葉は官に衝撃と暗澹とした空気を齎した。先代の峯王が基にした法律、それが確か柳であったと
江寧は聞き及んでいる。故に落胆と動揺は少なからずあった。……法律を重視する二国が十年の間も経たずに瓦解したのだから、始まったばかりの朝とはいえども僅かな恐怖を感じる。
顔を俯かせ、卓上に肘を着いた
江寧は書状へ視線を落としつつぽつりと呟いた。
「大変だね、柳も恭も雁も」
「雁は大国、それ程」
「―――冢宰は、雁の抱えた最大の問題を知ってる?」
月渓の言葉を遮り、面を上げた
江寧は小首を傾げる。は、と言葉を洩らすも、話題の流れを汲み取れば自ずと理解できた。
「難民でしょうか」
「うん。大国になればなるほどに、その難題は付き物になるらしいから」
遠い大国の情勢を知る新王は首を擡げる。政務をこなす為の場にも関わらず天井にまで施された彫りの装飾が、今は差し込む陽により光を帯びて目映い。なかなか休まらない眼元へ手を宛て解し始める
江寧に対し、月渓は眉を顰めつつ問うた。
「どなたからお聞きになられたのですか」
「以前、延王御自らがお話して下さったんだ。……その時は、国を背負うなんて思いもしなかったけど」
それは
江寧がまだ慶国飛仙であった頃のこと。いつぞや玄英宮に赴き雑談を交わしていた
江寧と延主従は一時、国の大事が話題として浮上した事があった。新たな朝を作り上げるには相当な苦労を要するが、大国となってから浮き出始める問題にもまた頭を悩ませる。たとえ年を多く重ねていようとも、統治する者の苦労が絶える事は決して無いのだと。
過去の記憶を掘り起こし思いを馳せる少女は視界を宙に据える。以前より芳の新王が他国の王との面識がある事を認識していた月渓であったが、軽々と賢帝の名を発されると若干の困惑を隠せずにいた。
……一体、何国の王と面識があったのだろうか、この少女は。
二者の間に沈黙が落ちかけた、その刹那。戸の叩かれる音に視線を転じた月渓は、立ち入る女官の姿を見やる。
江寧は入室した者を見るなり椅子から腰を上げると、書簡を適当に片付けつつ微笑を浮かべた。
「―――ああ、ようやく来た」
冢宰との話し合いを切り上げた王は、足早に走廊を進む。擦れ違う者はあれど引き止める官が居なかった事は幸い、足を止めるものは何も無く、ようやく辿り着いた先は仁重殿。踏み込むなり麒麟の為に用意された広い堂を一見、次いで臥室へと足を向ける。開いた戸の向こう、猩々緋の髪色と白髪が少女の目に留められる。穏やかな会話が聞こえ、それでほっと安堵の息を吐いた
江寧は牀へと歩み寄った。
「峯麒」
「あ、主上」
会話を区切り面を上げた少年の双眸は主へと。傍らに坐る白髪の老人もまた頭上を振り仰ぎ、穏やかな眼差しで少女を見やるとすぐに深く拱手をする。それに応え一つ頷いた
江寧は老人の隣に置かれた椅子に腰を下ろし、身形を整えた後に傍らへと視線を薙がせた。
「宜錆、容態は」
「そう重くないのですから―――主上の心配のなさり様は、まるで子を心配する親のようですな」
白髪を束ね上げた老人は鷹揚な振る舞いのまま可々と笑う。黄医である宜錆の言葉に、
江寧は思わず困ったような顔をした。それを見るなり噴き出し笑い出したのは、臥牀上で膝を抱え坐っていた少年―――芳国麒麟。
「そこ、笑わないように」
「え……面白かったのに」
すぐに指摘を飛ばされた峯麒はきょとんとして目を丸くし、微笑はすぐさま苦笑へと変わる。体調不良の中で二日ぶりに見た主の顔に安堵したのか、顔の締まりは無い。
朝議の参加と州候としての政務、それから慣れない宮住まいに心身の疲労が嵩んでいた峯麒にとって、微かな血臭でさえも毒だった。倒れた少年への心配を募らせながら積翠台にて手を動かすもやはり気にかかり、
江寧は少しばかりの時間を割いて様子見にやってきたのだが―――談笑する姿を見るなり、不安はすぐに掻き消えた。
良かったと胸を撫で下ろす
江寧、その傍らより唐突に聞こえたのは宜錆の声。
「傅相は毎日こちらへおいでになられているようですが」
「そう―――それはありがたい」
台輔の補佐役である傅相は、補佐するべき者が広徳殿や三公府に居らず暇を持て余しているのだろう。日々の見舞いに感謝の言を呟いた江寧は、唐突に本来の名を呼ばれて視線を下げた。
「
巴」
「うん?」
「視察の件、どうなったの?」
おずおずと出された峯麒の問いに、うん、と一つ頷いた
江寧は胸中に淀む不安を覆い隠そうと口元に笑みを浮かべた。他者の感情に過敏な少年に自身の揺らぐ情を悟られぬよう、紅緋色の眼差しを見返しながらその答えを返す。
「まだ見送り。来年の春頃になるかもしれないね」
「そっか……」
やや間があって、落胆。肩を下げしゅんと項垂れ小さく丸まる少年の姿に、
江寧は思わず傍らの宜錆と目を合わせた。……実のところ、蒲蘇の街並みを眺めたのはただの一度。それも禁門から見下ろしたのみ。不調ながら期待を膨らませていた峯麒にとって、主の決定は大きな落胆を生み出した。
慰めの為に俯く少年の頭を撫でようと手を伸ばしかけた少女はしかし、戸の向こうから聞こえた数歩の硬い履音に半身を振り返らせる。衝立の向こうより現れた赤朽葉色の髪を視界に入れて、それが誰であるかを悟った。
「主上、一時のお暇を宜しいでしょうか」
「ああ―――分かった」
頷き立ち上がった
江寧は視線を少年へ戻すと、今度こそ頭を優しく撫でた。おずおずと視線を上げる峯麒に笑いかけ、それでようやく安堵したらしき少年もまたゆるりと顔を綻ばせる。
「ごめんね和真。……宜錆、後は頼むよ」
「畏まりまして」
「行ってらっしゃい」
離れ行く王を峯麒と宜錆がその場から見送る。もう暫く残りたい気持を抑えつつ、走廊へ先導する将軍の後を追いかけて、
江寧は仁重殿を後にした。
◇ ◆ ◇
仁重殿を出ると、走廊を少しばかり歩いた将軍―――綻凌は着いて来る気配を認めてすぐに足を止める。振り返った先、視界に映る白藤色の髪。先刻とは異なる真摯とした双眸がじっと男を見上げていた。
「左将軍―――内密か」
「はい」
「分かった。それなら積翠台に、」
「いえ、こちらで結構です」
江寧の提案を最中に遮り、頭を軽く左右に振った綻凌は周囲にさっと目配せをする。将軍に倣い少女もまた長々と続く走廊を眺め、ふと耳を澄ましたところで違和感に気付き眉を顰めた。先刻、仁重殿への道程で文官との遭遇が皆無であった事については納得がいく。そういう事かと一人頷いた
江寧は、薙ぐ視線の終着点を仁重殿への入口へと向け、すぐに前方へと戻す。
「……人払いか。道理で」
そう呟いた少女に、綻凌は軽く苦笑を洩らす。申し訳ないと謝罪を一つ述べた男の顔はすぐに冷静へと戻り、話は速やかに本題へと移された。
「宝重は、お持ちですか」
「宝重?」
指された意外な物に、
江寧は軽く目を見開いた。
―――宝重。
慶国に水禺刀と碧双珠、漣国に呉剛環蛇があるように、国には王のみが使用する事を許された宝重という物が存在する。芳国にもまた宝重はあるものの、別段今は手元に無くとも支障のない物であったため、
江寧はその存在を忘れていた。こうして将軍に問われなければもう暫くは放置していたに違いない。
そもそも宝重の情報については一切として聞かされてはおらず、ゆるりと頭を横へ振った
江寧は否と答える。
「―――そういえば、まだ見てない」
「では、これから参りましょうか」
主の返答を受けた綻凌はそそくさと身を翻す。颯爽と歩き出したその背を再び追いかけた
江寧は頭一つ分ほど高い男の隣へと並び、人は居らずとも声を潜め声を掛けた。
「……それにしても、急な言い出しだね」
「訳が御座いまして」
「―――許す。その訳とやらを述べよ」
前置く言葉に目を細めた
江寧が足を止め、低声で事を問う。人払いを済ませているとはいえ、歩きながら話す話題ではない。普段ならば速急に物事を告げる目前の男の躊躇によりそれを察する事が出来た。
背後で途絶えた足音に、綻凌は振り返る。本題を待つ少女を暫し眺めて、再度周囲に視線を薙がせると足早に歩み寄る。最小限に抑えられた声は低く、耳元で囁かれた言葉は空気を瞬時に凍らせた。
「例の件に、動きが」
―――例の件。
それだけで十分に伝わる一件に顔を歪めた
江寧は、盛大な溜息を吐き出した。
即位式の前には大きな難題が立ち塞がる。その難題を突破しなければ、
江寧王朝に先の道などない。不安と焦燥が混濁し始める思考を一度断ち切り替えると、
江寧はすぐに本題へと軌道を修正した。
「それで、宝重を持ち歩けと?」
「いいえ。身に纏え、と」
きっぱりと告げられたのは、発言の訂正。話の流れから手中に収める物であると想定をしていた
江寧はしかし、綻凌より否との返答を受けて小首を傾げた。確認の為にと、さらなる問いを投げかける。
「戈剣ではないの?」
「名を、翡套綬と申します」
「……大袖?」
「見て頂ければ、ご理解出来るかと思いますが」
教えられた名を呟くも、想像力の乏しい少女にとってはそれが一体どのような物であるのかも想像し難い。微かに呻き考え込むその刹那―――ふとした拍子で急激に呼び起こされたのは、先日の記憶。すっかり抜け落ちていた、忘れてはならない筈の会談の約束。
瞬く間に血相を変える主を眺めていた綻凌は訝しげに問うも、慌てて発された主の言葉に思わず眉根を寄せた。
「取りに行くのは明日で良いかな」
「良いかな、ではなくご自分でご決断下さいませんと」
「分かってるけど……天官が、ね」
さっと逸らされる少女の視線。天官、と聞き入れた綻凌は
江寧をまじまじと見下ろし、次いでそれが即位の儀に関連した会談である事を察し口元に微笑を浮かべる。朝議の折、即位式は質素で構わないとの主の発言に反する声を一番に挙げたのは天官である。恐らくは折り合いをつける為の会談だろう。
「何分、主上は即位式を軽んじられておりますからな―――小庸殿に一喝されて来ては如何かと」
「そうする」
苦笑と共に少女の身が翻る。
別れの一言と共に六官府へ足を向けた、若き王の姿。その背を見届けて、綻凌もまた行くべき場へと歩を進めていった。
即位の儀までは、あと僅か。