晦冥の洞 静謐の空

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主人公設定
-設定注意-


・登場人物は後の芳極国女王(胎果)
・次の芳国麒麟が胎果の赤麒
・峯王登極前には再び戴国に泰主従が戻っている
・多少の設定矛盾
・表示できない文字は代わりの文字を使用
(PCからのUPなので、勝手に変換される文字もあり)
 など
上記を踏まえた上で閲覧をお願いします。
閲覧後の苦情はご遠慮下さいまし。


-人物設定-


■蓬莱
髪色:黒   眼色:黒
■十二国
髪色:白藤   眼色:菖蒲
■共通
性別:女
年齢:十五(※序章時)

家庭や友人などの取り巻く環境に疲れ、何の生きる目的も見出せないまま生活を送っている少女。
当時高校一年生。(高校生活は僅か一月半)
五月中旬、高波に轢き流されて、気が付けば恭州国の海岸へと漂着してしまった。
自分の生には関心がないくせに、他人の生き死にとなると何故か必死になる。
十二国へ流されてからは、とある人物の指摘により自分のために生きるという事をようやく学び始める。
■補足:高校では元弓道部。それ以前、小学中学年の頃より弓道を習っていたので趣味を越えて特技と化した。
■騎獣:赤虎。名は緋頼(ひらい)。猛獣として扱われる騎獣だが、彼女には従順。
名前
名字



- 参章 -






 久方ぶりに見た夢は、酷く虚ろな物語。


 私が消えた事で家族は円満となり、私が戻るべき席はそこになく。
 そこには子供二人に優しく接する両親と、笑顔で両親へ話しかける妹と弟の姿。穏やかな光景はしかし、帰ったとしても居場所のない事を意味している。
 招かれざる者がその領域へ踏み込むと、その幻想は硝子の破片のように崩れ落ちていった。……そうして思うのだ。


 ああ、私は適当に生まれた子だから、最初から居場所が無かった。


 そう思ってしまえばすんなりと胸内で納得が出来た。

―――それが何故だか、もどかしい。

 あちらで遣り残した事など何一つ無いと思っていた。それなのに、何故私は帰る方法を捜し求めているというのか。
 帰って、一体何処へ戻る場所があると言うのだろう――――――






































 生温い水が、こめかみを濡らす。
 歪んだ視界を袖で擦って、溢れ出た何かを拭い取る。弱化する気分ではないのに、自然とまた眼の端から零れ落ちていく。
 ……けれど、やっと幻想は醒めてくれた。


 安堵の溜息を吐きながら、ゆっくりと臥牀の上で身を起こしたの視界に飛び込んできたのはたった半年で十分に見慣れた顔。覗き込む青碧に、の身体が硬直した。

「寝坊なんて珍しいわね?」
「あ―――青稟」

 慌て飛び起きたの姿に、青稟は腕を組んだまま首を傾げている。思わず笑顔で発した起床の挨拶は、長い溜息によって返された。
 返事の意味を訪ねようとして、ははたと視線を逸らす。
 その先は……陽の昇った蒼穹の空。

「おはよう……じゃないか」
「たまには寝坊したっていいじゃない」
「良くない。勉強の時間が減った」

 眉間に皺を寄せながら、臥牀から降りる。
 恭国の冬は日本よりも些か低い。骨の軋むような冷気が部屋を漂い、は思わず身震いをした。
 寝起きとは言えども寒いものは寒い。手早に襦裙を引っ掴むと、そそくさと着替えを始める。その様子から目を離した青稟は、と同じく玻璃の外―――しかし見やったのは外庭へ。吹く風は冷たいにも関わらず、子供達の戯れの声が響いていた。

「……久しぶりに、あの夢?」

 青稟の問いに、はひとつ頭を振るのみ。その後の追求はせず、そう、と一言でその会話を終わらせる。

「もう、半年が経つのね」

 ぴたりと、の手が止まる。
僅かに俯く顔からは、憂いの表情を覗かせていた。



 ―――半年前。

 家族を疎く感じ、決して正面から向き合うことの無かった、そんな己にさえ嫌悪を感じていた日々。
 付き纏う後悔の念と、過去を忘れ今を生きようとする情が交差する。その度に寝床で声を押し殺し泣く毎日。どうしようもない連鎖に介入したのは、通訳者としてやって来た女性。


―――過去は捨てられないものだし、後悔したってそれをやり直せる術がないんだったら今目の前にある現実を見なさいよ。逃避だけで生きていくつもりなら、私が言葉を教える意味なんて―――


 それが、彼女と出会い一月目に告げられたもの。
 その後仁王立ちで捲し立てられた挙句小一時間ほどの説教を受けた事が、昨日の事のように思い出される。呆然として聞いていた事さえ鮮明に覚えていた。

 いざ脳裏に甦ると、沸々と笑いが込み上げる。口を押さえて笑いの声を抑えると、途端青稟が振り返った。眉間に皺の寄った表情にははたと笑みを途絶えさせ、瞬時に上がった話題へと擦りかえる。

「私、七日後に十六になるんだ」
「あら、そうだったの」

 意外だと軽く目を見開き、青稟はすぐに驚きから笑みへと表情を豹変させた。片手を腰へ当てながら、数度頷きを見せる。

「それなら祝ってあげないでもないわ」
「ちょっと複雑な言い方だね……」

 苦笑したに、青稟もまたつられて笑う。


 十二月、上旬。
 時は早いもので、彼女がこちらへ辿り着いてから大凡半年が経過しようとしていた。



◇ ◆ ◇



 その半年間を、は言語の勉強に費やした。
 朝方は青稟から言葉を教わり、昼を過ぎて彼女が帰ると、師は青稟から閭胥へと変わる。そこで物の単語や読み書きを教わっていた。
 夕餉を終えると独学へ入り、子供が寝静まった頃にようやく床へ入る。

 日々その繰り返しだった。

 閭胥はの体調を気遣っていたが、本人が勉強の手を止めた事は食事時のみ。早朝から里家の炊事をしていたことも知っていたために、その心配は増していた。

 だが、閭胥はその日にようやく安心する事が出来た。
 日々の付が溜まっていたのだろう、は朝餉まで起きて来ることは無かった。子供達が無理に起こそうとする気配もなかったので、起床の催促は敢えてしていない。今日だけは寝たいだけ寝かせてやれば良いとを慕う子供に言えば、事情を知ってか知らずか……どちらにしても、素直に頷きを見せて笑う。

 それが恐らく、二時間ほど前のこと。






「六官を高位順に答えよ」
「天官地官、春官夏官秋官冬官」
「秋官の長は?」
「……大司徒?」
「大司寇」

 呻るに、青稟がぴしゃりと言葉を断たせる。何故政治に関する事をするのかと、目で訴えたところで青稟の態度が一変する筈もない。項垂れると、更に次の質問が降りかかった。

「三公と言えば?」
「太師、太傅、太保」
「冢宰の役割は」
「六官を取り纏め、る……?」
「秋官の司るものは?」
「裁判、だっけ」
「間違ってはいないけど……」

 ちゃんと覚えてきたのかと、目で訴える青稟から視線を逸らしては頭を抱える。
 世の理と言語を教えて欲しいと頼んだだけだというのに、何故政治にまで発展してしまうのだろう。
曰く、

「ある程度の事は予備知識として持っていた方が得じゃない」

 笑顔でそう言われた日には、頷くより他はない。折角教えてもらえるのだからと軽い気持ちで取り掛かっていたは、後に後悔する事となった。

 ……そうして、現在に至る。

「他国の事はほぼ教えたし、簡単な単語だってもうあまり無いわ。あとは専門的なことになるけど……」
「そっか……」

 青稟の淹れた茶を飲み下して、は小卓へと腕を乗せる。聞きたい事は全て聞いた。他に何があるだろうかと考える最中、名を呼ぶ声で顔を上げた。

「私、通訳者としての仕事は誕生日までだからね」
「え」

 そうなの?とが首を傾げると、青稟は無言で笑みを返した。珍しいと感じながら、目前の女性は話を続ける。

「字も書けるようになったから、独学でも学べるようになったでしょう?通訳はもういらないと思うの」
「……うん」

 頷くに、青稟は苦笑を零した。自分のせいで先程よりも元気を失くしてしまった少女の姿が、酷く珍しいと感じる。
 それでもしっかりと青稟を視界へ捉えている眼に、保証のない安堵感を覚えた。

「暇があったらまた来るから、これっきりの縁じゃないわよ」
「うん、それなら良いや。私もそろそろ、働き始めたいと思っててさ」
「少しずつ前進してるのね」

 空の陶器へ茶を注ぎ足すと、香りが鼻を擽る。掌で緩く包むと、ほんのりと暖かさが伝わっていく。瞼を伏せ落ち着くの姿に、青稟はそういえばと思い出す。

「この間、雁国から青鳥が来たそうよ」
「雁国?」

 頷いた青稟に何故と問いかけようとして、掌で制止を受ける。一口茶を飲み終えてからすぐに話題へと戻った。

「海客が流れて来なかったかと。貴女の名前が出されたのには驚いたけどね」
「え……雁国に知り合いはいないはずなんだけど」

 この半年、は他国どころか他州へ訪れた事もない。にも関わらず、雁国から来た青鳥ははっきりと海客の姓名を出していた。話題を振った本人――供王本人だが――へ、他国に流れ着いた海客を調べたのだろうかと問えば、それはないとはっきり断言された。普通ならば調べる必要さえ無いのだ、それを調べる……即ち。

「倭国で会ってるのじゃないかしら」
「日本で?……でも一人も、」

 こちらの人とは関係なんてなかった。
 言い掛けた言葉は、最後まで口から出ることはなく。
 はたりと言葉を留めたの脳裏には、とある少年の姿を思い浮かばせていた。

「―――六太」
「え?」
「返事はなんて送ったの?」
「私が返したわけではないけど、いると」

 そっか、と考えに浸り込みそうなを、そそくさと青稟の言葉によって引き上げる。

「でも、会っても分からないと思うわ。だって胎殻が無いんだから」

 ―――胎殻。
 こちらへ来てから、姿形がすっかり変わってしまった。当初はそれがおかしい事だと思い込んでいたに、通訳者としてやってきた青稟はあっさりと“胎果”と言いのけたのだ。驚く間も無く胎果の説明を始める目前の女性を呆然と見上げながら聞いていたので、その知識については定かではないが。
 白に近い薄紫色の髪、紫水晶のような瞳。
 これが本来の姿であると告げられた際に、は半日ほど鏡を凝視していた。

「確かに、そうだね」
「ええ。それで……六太って誰なの?」
「私の知り合いを探していた、変な子。タイホとも呼ばれてた」
「タイホって……」

 虚海を渡る事が出来る者は限られている。仙は伯以上、しかしが口にしたタイホという呼び名に、青稟は覚えがあった。
 ―――台輔。そして雁国からの青鳥。

、貴女延台輔の知り合いなのね」
「え―――エンタイホ?」
「雁国麒麟よ。教えたでしょう?本当は宰輔だけど畏れ多いために台輔と呼ぶって。延台輔も胎果なのよ」
「そうなんだ」
「そうなんだ、って……暢気ね……」

 額を押さえる青稟に、は誤魔化すように苦笑で応えた。
 事の重大さが目前の人物には分かっていない。王の補佐を務める者、神獣自らが彼女を捜している……いや、もしかすればの事を耳にした王が命じたのかもしれない。
 ……何故半年後になって判明したのか。もっと、早く聞いていれば―――

 勢い良く立ち上がった青稟を前にして、茶を啜っていたは目を瞬かせる。どうしたの、と聞く前に手を引っ掴まれて、体勢を崩しながらも踏み留まった。

「青稟!?」
「今から行くわよ!」

 何処へというの疑問は掻き消され、青稟は外へと駆け出す。
 普段冷静な彼女が慌てるような素振りを目にして、は自然と開きかけた口を閉じる。
 足を止めたその場所で問えばいいのだと、そう思って。



◇ ◆ ◇



- 漆宵 -
(シチ ショウ)




数ヶ月遡る、宵のこと。

 月が黒々とした虚海を照らす中、遥か上空に一つの影が東に向けて飛行していた。
 空を駆けるその獣は、背に己の主である金の髪の少年を乗せて、その少年は漆黒の闇に目を凝らしている。
 風を切る音だけがその場を仕切る中で、少年は突如名を呼ぶ声を聞く。

「鳴蝕で巻き込まれたのだとしたら、生存している可能性は低いかと」
「やっぱりそうだよな……海岸からもう少し離れた所から帰ってくれば良かった」

 先日雁へ帰って来た際、蓬山から恭へ駆け抜けた蝕があり、同時期、蝕のあった近場より少年――延麒である六太は帰還した。

 同じ途を通ったのかもしれないと、数日の間他国の海岸付近を探しているのだが、彼女らしき人物は何処にも存在する事は無かった。
 もしかすれば、恭か芳かに辿り着いているのかもしれないと二国に青鳥を飛ばしたが、返答は未だない。それを待つしかないとなると、焦燥は酷いものとなる。

「今日はもう戻る」
「分かりました」

 神妙な顔付きで月を見上げる。
 願わくば、あの少女が生きている事を。







 仁重殿へ戻った六太を迎えたのは、彼の主である男だった。
 正寝にいるはずの男がここに居るとなれば何かしらあったのだろうと脳裏を過ぎる。
 だが、と彼は僅かに首を傾げた。

「何でお前がいるんだ?」
「お前に逸早く知らせてやろうと思ってな。恭国から返答が来た」

 小卓に置かれた果物を手に取って、その横―――小卓の上に腰掛ける。行儀が悪いと注意されたところで、六太が降りる気配はなかった。

「それで、何だって?」
「一人、蓬莱より流されてきたそうだ」
「……死体でか?」
「いや、生きている」

 良かった、と六太は胸を撫で下ろす。無事だった事にほっとして、途端男の言葉で我に返った。

「しかし、その人物は果たしてお前が探していた者だったか」
「まさか……」
「お前が探していたのは、黒髪黒目の十五、六の少女だろう」
「ああ」

 違うのか、という質疑にその男―――小松尚隆は返答をしなかった。

「やってきたのは、菖蒲の瞳に白藤の髪色の少女らしい」

 ―――違った。
 一瞬は、そう思った。だが、と六太は思い直す。蓬莱の者で、そのような髪と目の者が居るだろうか。

「名を、と言うそうだ」

―――

「……胎果だったのか」
「のようだな」

 六太は小卓から飛び降り、玻璃の向こう側に広がる夜空を眺める。―――ようやく、手懸りが掴めた。後は雁国へと招き、彼女から詳しく話を―――そう考えていた六太に、尚隆は声を掛けた。振り向いた少年は、主人の首を振るその仕草に首を傾げる。

「なんだよ」
「連れてくるとして、どう説明する」
「へ?どうって……」

 間の抜けた声を上げる六太を余所に、尚隆は話を続ける。

「彼女は国府が面倒を見ている。今は里家にいるそうだが」
「それなら理由を言って雁に来させても」
「お前、そんなに早く来てほしいのか?」
「ああ、できるだけ早い方が良い」

 頷く代わりに目を伏せる六太の姿に、尚隆は息を吐く。それだけ、六太―――延麒が必死に探す人物。泰麒帰還への、望み。

 ……夜も更ける。話の続きはまた明日だ、と少年の頭に手を置くと、珍しくも素直に頷いた。それに尚隆は目を丸くして、頭から手を離す。見つかった事に余程安堵しているのか、焦燥に駆られているのか。どちらにしても、少女が来るまでにはかなりの時間が掛かるだろう。

「ふらりと恭へ行くなよ」
「分かってる」
「お前がいないと俺ばかりに矛先が来る」
「そっちかよ…!」

 片手を上げて部屋を出て行こうとする尚隆の背に向けて六太は叫ぶ。盛大に溜息を吐いた少年の姿を振り返り眺めると、口元が緩やかに弧描く。

「しかし、お前がそこまで必死に探すのだったら、」
「尚隆……」
「余程の美人なのだろうな」
「いい加減にしろ!!」

 怒鳴る六太に、尚隆はくつくつと笑いながら仁重殿を後にした。
その背を見送って、肩の力を抜く。

―――早く。

 横たわった臥牀の上で、呟きはぽつりと。
 舞い戻ってきた静寂の中、深夜は刻々と過ぎていった。
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