- 十章 -
慶国瑛州の中央に聳え立つ、天をも貫くは尭天山。その中腹に突風が薙いだのは、天地が陰影に覆い尽くされた頃の事だった。
じきに来る者達を迎える為に禁門へ集った者の数は少ない。だが、内四人が神獣である事を見れば、それは二度と見られぬ光景なのかもしれなかった。
延麒はじっと夜空に目を凝らし、途端現れた点に目を見開かせる。上空の異変を景麒もまた感じ取ると、やがて三つへと別つ点に目を据える。突風を切り裂きやってくる点はすぐに形が鮮明となり、中腹に掘られた広場ほどの足場の上へ次々と入り込む。彼らの真上を一度旋回して、降り立った先頭の指令の元へと延麒が駆けていく。さらに禁門前へと舞い降りた二騎の者達へ複数の双眸が向けられ、内一人が指令の背より飛び降りる。
その直後にもう一人の身体が指令の背よりずるりと落ちた。それを慌てて受け止める人物へ目を据えながら、急ぎ駆け寄ろうとした景麒の足が途端立ち止まる。主の元を離れ景麒の傍らへ追いついた延麒もまた、顔を顰めて踏み留まった。……留めざるを得なかった。
……近づけぬまでの、この屍臭。
「ねえ、これは何なの!?」
氾麟が思わず叫ぶようにして声を上げる。彼女の傍らに立つ氾王はただじっと指令から落ちた泰麒を見やり、土気の顔色に眉を顰めた。
「こんなの穢瘁じゃない……これは泰麒自身に対する怨詛じゃないの!!」
陽子は景麒を含め他国の麒麟を淹久閣へと後退させる。急ぎ蓬山へ向かう手筈を整え、李斎と陽子と尚隆、その三者が泰麒を連れて向かう事となった。
本来は
巴も含め四者となる筈であったが、蓬莱での経緯を説明する為にと彼女は金波宮に残された。不安ながらも蓬山へ向かう彼らを見送って、
巴は麒麟の集う西園へと足を向ける。
―――身体が、重い。
それは今にも膝から崩れ落ちそうな程。大半を気力で支えているようなものだった。
前方には大行人が案内を勤める。足早に歩を進める男を追う事が精一杯で、今の
巴には周囲に目を向ける余裕が全くない。視界に映るのは先を行く男の足元と汚れ一つ見当たらない廊下のみ。
ようやく殿堂まで辿り着いた
巴を待ち受けていたのは、無感情な言葉だった。
「こちらで御召し替えをお済ませ下さい」
そう告げるや否やそそくさと廊下を後退していく。彼の様子に目を瞬かせ、次いで
巴は自身の格好に一度目を通す。それで、ようやく彼が避けていた理由を察した。
「差別、か……」
未だ差別がある事を軽い苦笑で流すと、
巴は殿堂への戸を押し開く。久方ぶりに見た豪奢な装飾は相も変わらず慣れない。そう思いつつ、大卓上に置かれた衣服に目を留めて、思わず目を瞬かせた。そこにあったのは―――襦裙ではなく袍衫。
粋な趣向を凝らしてくれると言えば聞こえは良いが、先程の大行人の様子からして嫌がらせである事は確かである。
巴はそそくさと着替えを済ませ、髪を結え直す。身形に乱れは無いかと一通りの確認を終えて、ようやく殿堂を出た。先程まで腰に着けていたポーチだけは、片手に提げていた。
掌客殿へと続く階段に足を掛け、上りきった先には踊場が小さくも広がっている。だと言うのに、一つ見受けられた人影は壁の端に凭れ掛かるようにして立っていた。
首を傾げながらも人影に目を凝らす
巴は、歩を進める度に鮮明となる男の顔に懐かしさを感じる。それが誰であるかを理解し、自然と足早になる。
「虎嘯、」
「うん?」
名を呼ばれた男は今までぼんやりとしていたのか、ゆっくりと傍らに寄ってきた人物へ視線を下ろす。
―――視界に映り込んだ、白藤。
それが誰であるかを理解して、途端男の思考が停止した。唐突な驚愕のあまり呆然としたままその姿を見下ろす。彼女を見たのは、実に大凡一年半ぶりの事だった。
虎嘯の様子を不思議に思ったのか、菖蒲色の眼が虎嘯を覗き込んだ。
「虎嘯?」
「あ……ああ、いつ帰って来たんだ?」
「うん、ついさっきに。泰麒を連れて帰って来たんだ」
ああ、と相槌を打つ虎嘯は先程の慌しさを思い返す。蓬山へ行って来るから、西園に行く賓客の護衛を頼む―――そう早口に告げられ呆気にとられたまま内殿を後にした慶の王を見送った。西園へ向かうのならば殿堂を通り行くのだろうと待ち伏せしていたが、よもや此処で彼女と再会するとは。
そう思いつつ、虎嘯は壁から背を離した。
「こんな場所でどうしたの?」
「陽子から、賓客の護衛を頼むと言われて此処で待っていたんだが……」
来ない、と呟く虎嘯。その言葉を聞き取って、
巴は思わず微かな苦笑を零した。
「その賓客は多分、私だと思う」
「そう……なのか?」
恐る恐る問いかける男に向かい
巴は頷く。
景王――陽子は、西園へは案内人が居るからと言い残し出立していった。捉え方を間違えなければ、恐らくは目前の男が案内人なのだろう。
巴は口元に笑みを浮かばせつつ虎嘯に向け頭を軽く下げる。
「淹久閣までの案内、お願い致します」
「おう」
彼女の頭上からは快濶な返答が聞こえる。
久方ぶりの再会を果たした二者は、西園へ向け歩を進め始めた。
◇ ◆ ◇
西園の一廓に設けられた淹久閣には、計五つの人影が見られる。内四つが金色に靡く御髪を持ち、
巴はその様子に外国を思い出さずにはいられなかった。
虎嘯は畏れ多いと淹久閣前にて留まった為に
巴一人でやって来たものの、実際に集う高貴な面々を前にして顔面が引き攣る。一度退こうとした所で、ふと面を上げた延麒が彼女の存在に気が付き勢い良く椅子から立ち上がる。
「
巴、こっちだ」
「―――ええ」
延麒は淹久閣の戸前で佇む
巴の元へと駆けて行く。次いで景麒の傍らに立つ廉麟が空いた席へ来るようにと掌で促した。それに戸惑いつつも首肯した
巴は延麒と共にゆっくりと歩き出す。彼らの集う大卓までは然程距離は無く、席の目前で足を止めると廉麟が柔らかく笑みを浮かべた。
「泰台輔を御見守り下さいましたこと、心より感謝申し上げます」
「いえ……」
軽く首を振った
巴は、深く一礼すると引かれた席へ遠慮がちに腰掛けた。向かいでは可愛らしい他国の麒麟と王らしき者が席に座り、双眸を
巴へと向けている。視線に気が付いた彼女は思わず立ち上がると、拱手の礼をとる。
「申し遅れました―――私は慶主赤子より飛仙を賜った者に御座います。この度は泰台輔の捜索にご尽力いただきました事、感謝申し上げます」
「よい、坐りなさい」
巴の紡ぎかけた言葉が氾王によってぴしゃりと遮断される。は、と一つの首肯と共に短く応える
巴は礼を解き席へと戻る。口元に添えられた扇子を離すと、氾は口元を微かに持ち上げた。
「範国国主、呉藍滌と申す。うちの嬌娘は梨雪、と」
―――範西国。
以前範へ赴いた事のある
巴は、当時間近に見た街の風景を思い起こす。治世三百年を誇る西の国の王。それが、目前にいる男。
多少変わった身形をしている氾王をまじまじと見詰め、途端
巴に掛けられた声は男の隣より聞こえてくる。視線を滑らせると、梨雪と視線が合う。
「あなたの事は何と呼べば良いのかしら」
「どうぞ、
江寧と」
「さっき六太は
巴と呼んでいたけれど」
「
巴は蓬莱の名です。私は胎果ですから」
ほう、と彼女を物珍しそうに見やったのは氾王だった。次いで傍らに立つ六太と見比べて、再び扇子を口元へ宛てる。何かしら意味を含むような視線を受けて、六太は僅かに眉を寄せる。その二者を余所に、梨雪は
巴に向け花のように笑った。
「じゃあ、
巴と呼ばせてもらうわ。そっちの方があなたに似合っているもの」
「そうですか……?」
首を傾げる
巴に対し、梨雪は首肯を見せて微笑みかけている。同時に傍らに立つ六太もまた少女の肯定に便乗すると、さて、と区切りをつけるように氾王が扇子を掌に軽く打つ音を周囲に響かせた。
「そろそろ説明してくりゃるかえ」
「―――はい」
巴は一つ深呼吸をする。そうして、一年八ヶ月の長い時を綴り始めた。
全ての事柄を話し終えた頃には、既に落陽を終えていた。
蓬山より帰還する者達を待ち遠しく思いながら、各其々が宛がわれた室堂や客房へと戻りゆく。ただ、
巴と景麒だけは清香殿に設えられた露台へと場所を変え、会話は続けられている。
手摺に肘を着き雲海を眺める少女の傍らに立つ景麒は、先程彼女の発した言葉に顔を顰めていた。
「それは―――しかし、」
「何も主上へ伝言を頼みたいという訳ではありません。台輔へは先にお話しておこうと思っただけで、主上には後で私がお伝え致しますから」
「……だが」
宜しいのか、と問う声。頭上に広がる星を漠然と眺める
巴の顔を覗き込んで、景麒は戸惑いを露とする。困ったような顔を作り、彼女の返答を待つ。
巴は、大した間も置かずに肯定の意を示した。
夜空から視線を逸らして、月光に濡れた金髪を視界の端に持ち行く。すぐに目を閉じて、先程の言葉を復唱した。
「私は……泰麒がご帰還なさったと同時、仙籍を返上致します」
はっきりとした断言は、ただ景麒を困惑させるだけだった。
◇ ◆ ◇
―――翌日。
李斎らの帰還を待って範国主従は帰国し、泰麒の顔を眺め胸を撫で下ろしたところで廉麟もまた自国へと戻っていった。その翌日に延が帰還、延麒だけは泰麒の傍らに残っていた。
泰麒の病床として要は淹久閣へ移された。だが、彼女が一向に淹久閣へ訊ね来ない事を不思議に思ったのか、陽子は朝議の直前に祥瓊へ
巴――
江寧の様子を見てきてほしいと頼み外殿へと足を向ける。祥瓊は一つ頷くや否や身を退かせると、彼女の滞在する清香殿へと赴いた。
祥瓊は堂室前へ辿り着くと戸を二、三度軽く叩く。だが、中からは全く反応がない。衣擦れの音と気配すらないのだから、訪ねて来た者にとっては頭を傾げるばかり。仕方なく当人の許可なしに戸を押し開くと、広々とした堂室に彼女の姿はない。さらに疑問に思いつつ堂室内を一望すると、僅かに開かれた戸を目に留めた。
―――向こうは、臥室。
戸の間に近付くと、祥瓊は身を屈めてそっと中を覗き込む。だが、臥牀は既に幕が上げられ蛻の殻となっていた。
臥室にも居ない。となれば、後は清香殿の外だろうかと再度視線を薙がせた祥瓊は玻璃の向こう、露台の隅に小さな人影をようやく見つける。安堵の一息の後、自身も露台へ赴きその背に声を掛けた。
振り返り、無造作に揺れる白藤色。久方ぶりの再会だというのに、未だ眠気が覚め切らない様子の
江寧。虚ろ気な眼を祥瓊に向けて暫しの間、はたと我に返ったように瞼を押し上げた。
「祥瓊―――久しぶり」
「ええ、久しぶり。その様子じゃさっきまで寝ていたようね」
「……疲れが取れなくて」
苦笑を零しつつ、
江寧は大袖を掻き合わせる。だが、彼女の顔には眠気だけが漂うばかりで、疲労の色は然程見られない。冬場でもないというのに掻き合わせる仕草をとったのは誤魔化しである事を察して、祥瓊は長い溜息を吐き出す。
「それだけじゃないでしょう?」
「……祥瓊は、鋭いね」
「
江寧の表情が分かりやすいだけよ」
祥瓊の言葉に、
江寧は思わず口元をひくりと引き攣らせる。あっさりと告げられた事実を受け止めて、顔は引き攣りから愛想笑いへと変貌を遂げた。……それでもまだ、表情は硬い部分が残る。
江寧の表情をじっと見詰めていると、視線に耐え兼ねて愛想笑いさえも次第に消えゆく。僅かに頭を擡げて、目が細められた。
「……どういう顔をして会えば良いか、分からなくて」
「泰台輔と親しかったのなら、今まで通り接すれば良いと思うのだけど」
祥瓊は首を捻りつつ彼女の顔を覗き込む。泳ぐ視線が彼女の胸内に渦巻く困惑をあからさまにする。その様子に半ば呆れながらも、とある一つの案を提示した。
「朝議が終わったら陽子も様子を見に行くだろうし、一緒に行ってみたら?」
「―――うん、そうする」
首肯するも、彼女の貌に浮かべられた不安が消え去る事は無かった。
それから数刻後、清香殿の程近くに建つ淹久閣を目指し歩を進めたところで、廊下に起きた異変を感じ取りふと足を止める。刹那、
江寧の耳に届いた悲鳴に顔色が焦燥に染まりゆく。思わず駆け出した
江寧の向かい、廊下を慌てて駆けて来る男が二人。その背後に獣の姿が垣間見えて、彼女は思わず廊下の壁側へと身を寄せた。
真横を通り過ぎる者達を目で追い、すぐさま視線を逸らすと真直ぐに淹久閣の堂室を目指す。戸の前にて陽子と景麒の姿を確認すると、思わずほっと胸を撫で下ろした。
「主上、ご無事ですか!?」
「ああ―――
江寧、すまないが泰麒と李斎を太師の邸宅へ連れて行くから付き添いをしてほしい」
ご覧の有様だから、と陽子は周囲の惨劇を言葉で指すと、
江寧は露骨に顔を顰めてみせる。彼女が嫌悪を持つのは付き添いの話ではなく、周囲に飛散した血の事だが。
江寧は一つ頷くと、未だ淹久閣内に残る李斎と泰麒を見やる。李斎の顔は初見だが、泰麒は要と分かっていながらも胎殻が剥離された状態では彼と結びつける事は中々難しいものだった。……そして、泰麒も同じく彼女の胎殻無き姿を知らない。
「泰台輔、こちらへ」
「―――はい」
「将軍殿は、」
「私は大丈夫ですから、台輔の付き添いをお願い致します」
「分かりました」
三者の立ち去り行く姿を見送って、陽子は貌に複雑な色を浮かべる。
江寧と要の他人行儀のような会話を聞き何処となく違和感を覚えていた。
◇ ◆ ◇
「天官の謀反だそうです」
太師の邸宅へ辿り着いた三者の内、そう話を切り出したのは榻に浅く腰を掛けた李斎だった。先程の騒ぎを思い出し、
江寧は床地に転がっていた遺体を思い出す。彼らは天官だったのかと思い起こしつつ、顔を青白くしたままの要を臥室の臥牀へと運ぶ。ゆっくりと寝かせられた要は天蓋を仰ぎ見、次いで目前にある少女の顔を見やる。誰かの面影が重なって、背に回されている掌の温かさに根拠のない安堵感を覚えた。
「だからあれだけ騒ぎに……将軍殿はご無事でしたか」
「ええ、景王のお陰で」
微笑みかけた李斎の表情は、はたと抑制を掛けたかのように口角が下がってゆく。先程の騒動を思い出せば、不甲斐ない思いと景王に対する申し訳のなさが混濁する。僅かに顔を俯かせたところで、
江寧が寝かせ終えた要から離れる様子を見た。
数歩後退したところで、李斎に向き直ると片膝を着き拱手の礼を取る。
「それでは、失礼致します。ゆっくりお休み下さいますよう」
「ありがとう存じます」
李斎もまた一礼すると、
江寧は立ち上がり臥室からそそくさと身を退こうとする。二者へくるりと向けた背は、突然掛けられた声によって僅かに揺れた。瞬時に竦ませた肩をゆっくりと下ろしながら、
江寧は榻へ座る李斎と臥牀に横臥する要を振り返る。
「
巴さん―――お願いがあります」
「何、ですか……?」
「僕が眠るまで、傍にいて下さい」
臥牀上より聞こえた言葉に、
江寧と李斎は自然と顔を見合わせる。彼の不安が声音に乗せられ、それを汲み取った
江寧は臥牀脇に置かれた椅子を引き腰を下ろす。柔らかな衾褥に沈む腕を拾い上げて、瞼を落とす彼の顔を覗き込んだ。頬の窶れかけた顔が少しばかり痛々しく感じつつ、彼の掌を両手で包み込む。
「……良いの?泰台輔としてではなく、要として見ても」
―――心配だった。
要が泰麒としての記憶を取り戻し、口調も変貌し――彼にとっては戻っただけなのだが――、そして胎殻の剥離により露となった本来の、
江寧にとっては知らない顔の高里要。記憶を思い出したのならば、蓬莱にて告げた言葉も理解出来るだろう。だからこそ、彼は心の何処かで
江寧の事をただ他国の台輔に頼まれたが故に近付いてきただけの者と思わないだろうか……と。
不安の心中にて、彼が応えるは首肯。それでようやく、肩の荷が下りた気がした。
返答に安堵の息を落とした
江寧は、右手で泰麒の掌を握り込む。握手の状態のまま、椅子の背凭れへと寄り掛かる。李斎は
江寧の横顔を眺めつつ、恐る恐ると問うた。
「もしや……あなたが泰麒を延王と共にお連れしたという、」
「ええ、そうです。大したお力添えは出来ませんでしたが、蓬莱にて泰台輔を見守っておりました」
微かに影を灯しながら、
江寧は右手に力を篭める。倭へ別れを別って数日、その数日が異様なほど遠い昔のように思えて仕方がない。脳裏には走馬灯のように記憶が駆け去っていき、途端掛けられた声によって
江寧の意識が逸れた。
「台輔は、戴の民の希望なのです」
江寧はゆっくりと相槌を打つ。事情を聞けば、泰王も今は行方知れずのまま、戴は妖魔の跋扈する土地に成り果てたという。彼女の右腕を失ったのも荒廃の果てにより壊死したものと知り、眉を顰め目を伏せる李斎の顔から目を離すことが出来なかった。
「蓬莱へお渡りになられてまで台輔を御見守り下さいました事、有難く存じます」
「いえ、」
李斎の軽い目礼を受けて、対し首を横に振る彼女はああ、と思う。
彼女は、此程までに戴の事を思っている。腕を失くしてなお、故国を重んじているのだと。
「きっと、助かります」
不意に彼女の口から出た言葉は李斎を驚かせる。軽く瞬かれた目がじっと
江寧を見据えて、視線に気付いた彼女は泰麒の右手を握り締めながら、李斎を改め見やった。
「戴は必ず立ち直ると、私は信じます」
飾る風も見せず李斎を直視する
江寧の眼が強い色を灯す。言葉に含まれた希望を汲み取り、李斎は微かに笑みを浮かべる。
「―――私も、そう信じたい」
いつの間にか眠りに落ちた要の顔を眺めながら、二人は互いに顔を見合わせ微笑していた。