浅黄の橋

名前変換

主人公設定
-設定注意-


・登場人物は後の芳極国女王(胎果)
・次の芳国麒麟が胎果の赤麒
・峯王登極前には再び戴国に泰主従が戻っている
・多少の設定矛盾
・表示できない文字は代わりの文字を使用
(PCからのUPなので、勝手に変換される文字もあり)
 など
上記を踏まえた上で閲覧をお願いします。
閲覧後の苦情はご遠慮下さいまし。


-人物設定-


■蓬莱
髪色:黒   眼色:黒
■十二国
髪色:白藤   眼色:菖蒲
■共通
性別:女
年齢:十五(※序章時)

家庭や友人などの取り巻く環境に疲れ、何の生きる目的も見出せないまま生活を送っている少女。
当時高校一年生。(高校生活は僅か一月半)
五月中旬、高波に轢き流されて、気が付けば恭州国の海岸へと漂着してしまった。
自分の生には関心がないくせに、他人の生き死にとなると何故か必死になる。
十二国へ流されてからは、とある人物の指摘により自分のために生きるという事をようやく学び始める。
■補足:高校では元弓道部。それ以前、小学中学年の頃より弓道を習っていたので趣味を越えて特技と化した。
■騎獣:赤虎。名は緋頼(ひらい)。猛獣として扱われる騎獣だが、彼女には従順。
名前
名字

- 七章 -




 は翌日、仕事の埋め合わせによって要の元に訪れる事が出来なかった。
 ついで店主に辞める事を告げると、店主は僅かに落胆の色を見せながらも頷く。仕方無い、と割り切ったように諒承をくれる。感謝と申し訳なさに、の頭は自然と深く下がった。

 住み込んでいた部屋の荷を纏め始める。元々部屋に置く物は服と日常用品のみだったので簡単に片づけを終える事ができた。
 片づけを終えると、その日は広げた寝袋の上で眠る。硬い場所に寝る事も、随分と楽になったような気がしていた。


 翌日早朝、店主が起き出てくる前に荷の詰まった鞄を自転車の後部に括り付けると、自転車を漕ぎ出しそそくさと場を離れる。一昨日、広瀬から受け取ったメモに書かれた住所は店から一時間以上かかる場所に位置していた。
 は途中周囲の探索も兼ねて入り組んだ道を曲がりながら進んでいく。意外にも、規模は小さくもカプセルホテルを発見した事に驚きはしたのだが……それでも広瀬宅との距離は遠いものと思える。

 本来ならばもう少しの間だけ住み込みで働こうと考えていた。だが、仕方無いのだ。先日遭遇した廉麟の言葉からして、いつ要の迎えが来ても可笑しくはない。もしもその際に無断で消えては、店主らに迷惑が掛かってしまう。

「―――もうすぐ」

 もうすぐ、この生活に終焉がやってくる。

 そう思う度、複数の感情が混濁する。裏に潜む醜い感情が溶解して、確立させた筈の意志を捻じ曲げようとしていた。

―――泰麒救出が終われば、私の役目は。

























 近場で僅かな食材を買ったは、コーポ前に到着すると自転車を止めて二階への階段を駆け上がる。小脇に抱えていた鞄を足元に下ろして、呼び鈴を鳴らす。暫しの間があって開かれた扉の向こうに、スーツ姿の広瀬が視界に入った。

「おはようございます」
「ああ、おはよう―――入ってくれ」

 は促されるままに扉を潜り玄関へと上がる。台所の間を通り、奥の和室へと足を踏み入れる。そこに、ちょうど布団を押入れにしまい終えた要が足音に気が付き振り返り見た。一日ぶりの再会であったが、さも半月ぶりに会ったような錯覚に陥る。要はそれだけ、広瀬が居ながら心許ない部分があったという事なのかもしれない。

「二人分の昼の食材は買って来ました」
「すまないな」
「いえ―――」

 首を軽く横に振るに、広瀬は上着の袖に腕を通しながら背を向ける。こうして何時までものんびりと話をしてはいられない。腕時計に視線を下ろせば、じき家を出なければならない時刻が迫っていた。
 ネクタイを締め直すと、足元に置いた鞄を手にとって二者を振り返った。

「後は宜しく頼む」
「ええ、分かりました」

 少女の返答に広瀬は軽く頷いてから、要を一瞥して玄関へと下りる。靴を履き終えた後に、そそくさと自宅より出て階段を駆け下っていった。
 はその姿を僅かに押し開いた扉の間から見送り、それから扉の鍵を閉める。慌しいものだと思いつつ、和室にて屈み込む要を目にして頭を傾げる。……どこか、具合でも悪いのだろうか。

「要?どうしたの?」
「これを見ていたんです」

 を振り仰ぎながら、要は自身がまじまじと覗き込んでいた本を指差す。僅かに身体を右へ逸らして、彼女によく見えるようにと開かれたままの本を手に乗せた。そこに―――連なった奇岩を上空から撮影したらしき写真が載せられている。決して日本にある筈のない景色だった。

「要が以前描いていた絵と似てるね」
「そう、思いますか……?」
「うん。色は違うけどよく似てる」

 連なる赤味を帯びた奇岩。かつて要が描いた岩の景色――はその景色を蓬山と判断したのだが――と酷似している。気になっているのか、に見せ終えると手前に引き戻して畳にそっと置く。改めて見れば見るほどその写真に惹かれているのだと、要は心底から思う。これ程までに感心を抱いたのは、昨年の夏季に行った丘以来の事だ。
 要の隣に腰を下ろしたもまた写真を覗き込み、ふとぽつりと呟かれた要の言葉を聞き取った。

「実は……ぼくも、そう思っていたので」
「懐かしい?」
「はい、とても」

 顔を綻ばせて笑む要。……その姿に、の胸内がちくりと痛む。記憶を忘却してしまったが故の陰影なき笑みに、彼女は今までにない焦燥を胸内に覚える。先案じはどうしても絶やす事が出来なかった。


―――早く、要を迎えに来てあげて。


 哀れみを含めて、いずれ迎えに来るであろう者達に届くはずの無い願いを祈る。
 同時、彼を見守りこうして祈る事しか出来ない自分に腹立たしさを覚えていた。



◇ ◆ ◇



 昼食は台所を拝借し、油や肉類を一切使用しない料理を選ぶ。要は何故いつも彼女の作る食事は肉系の物が出ないのだろうと疑問を浮かべつつも、有難く昼食を摂っていた。

 それから他愛のない会話を交わし、笑いあい、ささやかな至福の時は刻々と過ぎてゆく。ただ……昨日の事件を知らないに、微かな安堵感を覚えていた。

―――彼女には、知られたくない。

 そんな思いが、要の脳裏をふいと過ぎる。



 日没から然程間も経たない頃に、ようやく広瀬が帰宅した。
 彼の玄関を開ける音と同時、は暇の準備を始める。要は写真集を棚に戻して、部屋に上がる広瀬を出迎えていた。
 ネクタイを緩めながら、ふと台所に並べられた物が視界の端に映り込む。自然と視線が台所へ向けられて、数品の作り置きされたおかずが目に入った。
 台所を見やる広瀬に気が付いたのか、鞄を提げて玄関へやってきたが声を掛ける。

「勝手ながら夕食を作らせて頂きました。お二人でどうぞ召し上がって下さい」

 他は冷蔵庫に入ってます、と一言を添えて玄関に座り込む。靴を履き直し、靴紐を結び直していた。その様子を傍目から眺めて、広瀬が礼を告げる。

「ありがとう。―――明日も高里の事を宜しく頼む」
「ええ。ではまた明日」

 最後に、背後に佇む要に別れを告げては広瀬宅をそそくさと後にする。扉の閉まる音が重く響いて、広瀬はようやく安堵の息を吐く事が出来た。
 おかずの盛り付けられた皿に触れれば、ほんのりと温か味が伝わってくる。ささやかな気遣いを有難く思う。

 だが―――実のところ、広瀬は内心の事をあまり好く思ってはいない。

 彼女には、一生懸かったとしても決して自分達を理解する事など出来ないだろう。

 彼女は……故国喪失者ではないのだから。




















 翌日も、は広瀬と入れ違うようにコーポを訪れる。広瀬は高里を頼むとは告げたものの、やはり距離を置く風を見せて出て行く。その様子の意味をは察しながらも知らぬふりをしていた。
 要は何かあったのかと隣に佇んでいた姉に問うが、ただ柔らかな笑みばかりが返ってくるのみ。心配をしたところで明確な応えが得られるとは思えず、それ以上の問いを諦めた。


 正午までの間、と要は写真集を眺めつつ話し込んでいた。大概は懐かしさや行ってみたいという願望を語り合っていたが、やがてその話題も尽きかけたころ。
 外部からの声が微かに聞こえて、はふと面を上げる。当初、階段を上ってきたのはコーポの住民だと思った。だが、次第に声が近付いて、声の主らは広瀬宅の目前で立ち止まった。その様子に疑問を抱いて、腰を浮かせ掛けた要を手で制しゆっくりと足音を忍ばせて扉の元へ近付いてゆく。
 ……途端、扉を強く叩く音が響いた。

「誰かいらっしゃいませんか」

 外から聞こえてきたのは男の声。数回戸を叩き、さらに呼び鈴を数回鳴らすと、諦めたように階段を下る音が遠ざかりながらも耳に届く。外部の様子にほっと安堵の息を吐いて、振り返った先には僅かに不安の色を浮かべた要の姿が目に入る。慌てて笑顔を取り繕うに、要は軽く頭を振った。

「ぼくは大丈夫です。でも―――出なくて良かったんでしょうか」
「本当に大事な用があるなら、また何度でも来ると思う。だから出なくても大丈夫」
「そうですね……」

 相槌を打った要の顔には、僅かな笑みが戻りつつあった。





 だが、それは斜陽の始まった夕刻時。昨日と比べ随分と早く帰宅した広瀬は、群がった人を無理に退けて玄関へと入ってきた。
 帰り支度をしながらも、襖の隅よりその光景を目にしたは目を瞬かせる。次いで、扉の向こうより聞こえる言葉を上手く聞き取ってしまった。

「集団―――自殺?」

 思わず顔を顰めるに、要の顔色がさっと蒼くなる。聞き入れてほしくなかった先日の事件の先に触れられて、不安気に広瀬とを交互に見やる。

「集団自殺って……一体どういうこと?」
「見れば分かる。後藤さんがこれを見て、すぐに帰れと言われたよ」

 鞄から取り出されたのは、新聞。一面からスポーツ紙と見て取れたが、それを手渡されて畳上に広げる。次の記事だと促され、従い一ページを捲ったところでの手が止まった。
 ―――彼の実名が出ている。神隠しの件もあれば窓からの転落、その真実が書かれている。さらに集団自殺と見られる飛び降り事件……彼が祟る、という噂までが連々と書き立てられてある。

 最後まで読み終えたの顔は、蒼白と化していた。

 彼は――胎殻があろうとも――麒麟だ。祟る訳がない。殺生する訳がない。性質からして出来よう筈もないのだ。
 だが、それを知るのはただ一人。今目前の男に必死で説明したところで、納得してはくれまい。……そう思うと同時、やはり彼はこの世界にとっての存在不適合者である事を、再認識せざるを得なかった。

さん……」
「要の所為じゃない……絶対に」

 少なくとも指令の仕業である事実は、の心底にそっと落とし込んでいた。



◇ ◆ ◇



 記者が増える前にと、は上着で顔を覆いながら扉の間から外へと滑り出る。カメラを向けられる前に急ぎ階段を駆け下りて、背後で騒ぐ記者らを無視して自転車を漕ぎ出す。それなりに速度を出せば、彼らを撒く事は容易いように思えた。


 だが結局―――翌日に張り付いていた記者の数を遠巻きに眺めて、はその日電話連絡のみで要の顔と会う事は出来なかった。


 さらにその翌日早朝、は再び広瀬宅へ連絡を入れたものの誰も電話口へ出る様子がなく、仕方なく諦めてボックスの外へ出る。普段通り自転車を引こうとして、途端背後より鈍い音が響き渡った。
 は驚き振り返ると、そこに白黒の車体が停止したのだと知る。全開に開かれた窓から出された顔に彼女は目を丸くした。

「砂沢、さん―――?」

 恐る恐る問うたに、砂沢は一つ頷いた。昼の挨拶を交わして、自転車を押しながらパトカーの元へと近付く。窓に肘を着いた砂沢は、自然とを見上げる形となる。

「どうしたんですか?」
「君に二三、訊ねたい事があるんだが」

 良いか、と問う砂沢の表情は厳しい。僅かに困惑の色を見せながらもは首肯すると、運転席の脇に置かれていた新聞を取り出す。それが先日のスポーツ紙である事を察知して、の顔が硬直する。

「高里要の祟るという噂は勿論知っているだろう?」
「ええ」
「だが、あれだけ共に居ながら君は祟られていない」

 男の言い分を聞き入れて、少女の眉が僅かに顰められた。さも日常を知っている口振りを不可解に思い、とある予想が脳裏を過ぎる。まさかと、まじまじと疑いの眼を彼に向ける。

「……張っていたんですか」
「すまない―――そうさせてもらった」

 意外にも素直に侘びを入れる警官の姿に目を瞬かせ、次いで瞼を落とす。冷静を装いつつ、そうですか、と割り切りの言葉を自身に言い聞かせるかのように口にした。内心に宿る苛立ちは沸々と湧き上がる。それを抑えている少女に、さらなる問いが掛けられた。

「杉本優香や北山和真とも関わりが深いと聞いたが……君は、一体何を隠している」
「隠すも何も―――」
「神隠しの者全員と関わりを持っているのは君だけなんだ。親や周囲の者達と縁を切ってまで、一体何をしようと……」

 最中、砂沢は紡ぎかけた言葉を言い止す。何をするのかは彼女の勝手であり、自身の口出しする事ではないと言い留まった。そうして改め言葉を探すと、不意に西園寺から受けた忠告が記憶から掘り起こされる。気が付けば、そこから思い当たった事項を口に出していた。

「……君の四年間の記憶、本当は戻っているんじゃないのか?」

 その言葉に、は口を閉ざす。言葉に代えて驚きの表情が心中を物語っていた。
 驚きは一瞬、次に露としたのはひしひしと威圧を与えるかのような怒り。怒鳴り散らすよりも無言の威圧の方が恐ろしいものだと、この時砂沢は実感する。彼女は―――大人を怯ませるほどの覇気を持ち合わせているのだと。

「もう、私に関わらないで下さい」

 はっきりとした口調に、砂沢は顔を俯かせる。
 曖昧な記憶で苦悩を抱えているのだろうと思っていた。だが実際はこうも簡単に振り払われる事に、僅かな虚しさを感じる。関わった者へ降り懸かる災難を受けて欲しくないが為に見放すような言葉を放ったのか、それとも心底にそう考えているのか。
 どちらにしても、から見れば砂沢は根底から揺るがぬ位置……要を包囲する記者と同等の存在にあった。
 は自転車を押し、車の進行方向と正反対の道を歩く。車から顔を覗かせていた砂沢は重く溜息を吐こうとして、不意に聞こえた言葉を耳に入れた。

「要を記者から守ってあげて下さい。それだけが私からのお願いです。あれは、彼自身の所為ではないんです」

 警官に向かい深々と頭を下げた少女の言葉の意味を汲み取って、砂沢は目を見開く。追求の言葉を返す前にはさっと身を翻して歩いていく。
 彼女は一体何処へ進もうとしているのか。それを気に掛け始めて、不意に手元から車内に響く通信を聞き届ける。緊急―――その後に続けられた情報に、砂沢の身体が硬直した。
 次いで、窓から半身を乗り出しての後姿に声を掛ける。それは半ば叫びにも似たものだった。

「待ってくれ!」

 聞こえている筈なのに、彼女は振り向こうとしない。それでも投げずに、後姿に向けて言葉を続ける。

「高里君の、両親が―――」

 至急として繰り返される通信を耳に聞き入れながら、視界は確かに振り返ったの姿を捉える。驚愕の色を浮かべて砂沢を見やった少女の顔は、不安の色を隠し通す事が出来なかった。
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