晦冥の洞 静謐の空

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主人公設定
-設定注意-


・登場人物は後の芳極国女王(胎果)
・次の芳国麒麟が胎果の赤麒
・峯王登極前には再び戴国に泰主従が戻っている
・多少の設定矛盾
・表示できない文字は代わりの文字を使用
(PCからのUPなので、勝手に変換される文字もあり)
 など
上記を踏まえた上で閲覧をお願いします。
閲覧後の苦情はご遠慮下さいまし。


-人物設定-


■蓬莱
髪色:黒   眼色:黒
■十二国
髪色:白藤   眼色:菖蒲
■共通
性別:女
年齢:十五(※序章時)

家庭や友人などの取り巻く環境に疲れ、何の生きる目的も見出せないまま生活を送っている少女。
当時高校一年生。(高校生活は僅か一月半)
五月中旬、高波に轢き流されて、気が付けば恭州国の海岸へと漂着してしまった。
自分の生には関心がないくせに、他人の生き死にとなると何故か必死になる。
十二国へ流されてからは、とある人物の指摘により自分のために生きるという事をようやく学び始める。
■補足:高校では元弓道部。それ以前、小学中学年の頃より弓道を習っていたので趣味を越えて特技と化した。
■騎獣:赤虎。名は緋頼(ひらい)。猛獣として扱われる騎獣だが、彼女には従順。
名前
名字



- 拾参章 -






 緋色の虎が闇夜を滑り上がる。
 徐々に高度を上げていくその虎は、やがて凌雲山の中腹に削られ出来た足場へと降り立った。
 目前には巨大な門と―――金の髪の少年。

「やっと着いたか……」
「赤虎に全力で駆けてもらったよ」

 至急だって言うからと付け加える江寧は、先に開かれた門へと小走りで進み出す六太の後を追う。あまりにも広い廊下は二度目とて慣れる事はなく、なるべく周囲へ視線を向けないようにと意識をしながら江寧は以前と同様の経路を辿った。
だが―――その最中、突如方向は変わる。

「六太、どこへ?」
「内殿の積翠台だ。がいない間に色々とあって大変だったんだぞ」
「積翠台……?」
「尚隆が呼んでる」

―――尚隆。
 その名と延が同一人物と理解するまでに、暫しの時間が掛かった。

 外殿を抜けて、内殿へと足を踏み込む。
 本来内殿は王が政務を執り行う場所にあたるが、その最奥に設けられた部屋へと向け一直線に歩き続ける。延麒の後に続く江寧は緊張しながらも身形を正す。
 今までは何気なく顔を合わせていたが……彼が王だと改めて認識すればするほど彼女の体には力が入るばかり。さらに名君であると街中で耳に聞き入れた記憶を掘り起こせば、自然と表情も固まった。

 そうしてようやく辿り着いた扉の前で、六太は立ち止まる。

「尚隆、が帰って来た」
「入れ」

 内側より届く、落ち着きある低声。少しばかり聞き慣れたはずの延の声が、彼女の耳へ響く。入ろうと促す六太と目を合わせつつも、恐る恐る扉の向こうにある積翠台へと足を踏み入れた。
 延は変わらずの質素な着こなしのまま椅子に腰掛けている。それを見やって、六太はわざとらしく溜息を吐く。

、緊張してるぞ」
「それぐらいが丁度良いだろう。話せぬほどに身を固くさせては困るが」

 江寧の姿にくつくつと笑いながら、延は指を一つ差し向ける。その先は……椅子。
 延と対面するように向けられた黒檀の椅子へ指を向け、座るようにと促した。それに従いぎこちなく腰掛けた少女を見終えて、六太もまた付近に置かれた椅子へと座る。

「初めに言っておくが、実はあまり時間がない。説明は一度で呑み込め」
「わ……分かりました」

 江寧がひとつ頭を振ると、早速延は話を切り出し始めた。

「今、慶国に偽王が立っている事は知っているな?」
「え?ええ、はい」
「陽子が真の王として即位するには景麒を取り戻さねばならん。だが、その景麒は征州城に囚われている」
「……はい」
「そこで、陽子に雁の王師を貸す事になった。明日の早朝、景麒奪還の為にここを出る」
「ええ」
「お前も来る気はないか?」
「そうですね―――――え?」

 突然の提案に、江寧は一瞬唖然とした。目前の王の言葉を聞き間違えたのだろうかと瞬きをして、彼女の返答を待つ延の姿に、それが聞き間違いではない事を理解する。つまりは、共に戦場へ来ないかと話を持ちかけているのだ。

「私は剣など扱えません……!」
「弓は握れるだろう」
「し、しかし……」

 動揺を隠せないでいる江寧を眺めながらも、六太は口を挟もうとはしない。これは本人の意思で決めるものだと、延麒が口を出すことを主が禁じていた。
 破ろうと思えばそれは簡易だ。だが……それでは、彼女は成長しない。
 以前楽俊と江寧の会話を偶然にも耳にしていた延麒は、そう思い主との命を守っている。

「戦力にならんと思う輩に声をかけるほど暇ではない」
「では、私が戦力になると仰るのですか」
「ああ。景王の援護役としては最適だ」
「景王―――陽子の、援護を?」
「彼女ならば慶を立て直せると信じている……だが、景麒奪還の前に死なれてもらっては元も子もない」

 大袈裟に肩を竦める仕草をする延に、江寧の表情が険しくなる。

「景王には真っ先に景麒の元へと進んでほしいところだが、空路を塞がれでもすれば時間がかかる。彼女の後方に居ながら道を拓く事ができ、尚且つ信用があるのは、お前しかいないと思うが」

 延の言葉に、俯きかけていた江寧は顔を上げる。
 ……そこまで、推してくれるというのか。

 刹那――江寧の貌が豹変する。

 真直ぐに延を見据え、不安を漂わせていた表情は既にない。口を引き結ぶその姿は、まるで覚悟を決めた少年のようだった。

「赤虎で出て良いのですね?」
「ああ」
「矢は、」
「もちろん提供する」

「―――では、明日、共に出立します」

 深々と頭を下げる江寧に、王と麒麟はそれぞれ頷きを見せた。
 これで準備は整った、と……―――。



◇ ◆ ◇



 翌早朝。
 いよいよ出立前の時期になり、禁門には大凡百と二十の精鋭部隊が揃っている。様々な騎獣があり、様々な人が出立の時を待つその中で、陽子は吉量の手綱を握ったまま目前に広がる雲海を漠然と眺めていた。……気持ちは未だ落ち着いている。焦る事は無いのだと心に言い聞かせ……最中、視界の端に白藤を映す。
 思わず振り返ると、その色は靡き時折白に反射しながらも陽子の元へと足を進めてくる。隣には、見覚えのある赤虎を連れて。

江寧……なぜ」

 姿を見れば、武装している事が分かる。昨日の際に姿が見当たらないと思えば、彼女は精鋭部隊と共に同行しようとしている。肩にはしっかりと弓が担がれたまま、江寧が軽く笑む。

「陽子の援護役を引き受けた」
「援護って……」

 背後を振り返ったその先に佇む延は視線を逸らすことなく頷く。それで、彼が手を回してくれたのだろうと思いながら江寧の元へと視線を戻した。

「―――ありがとう。すまない」
「何かをする前に礼は言わない方がいい」
「そうだな……」

 苦笑する陽子に、江寧は笑顔で頭を振った。
 互いに役を認めたところで、その場所へやってきた少女は思わず足を止めた。

「あ……江寧、さん……」
「―――どうして貴方が?」

 優香の姿がある事に、瞬時に過ぎる怒りを消し去りながらも問う。陽子と対立していた優香が此処に居るのならば、今は彼女の味方となったのだろうと思いながら。

「私……」
「これが終わったら、壁先生の所に行って謝った方がいいよ」
「え……ええ」

 それだけを告げると、江寧は赤虎の頭を撫でる。赤虎もまたされるがままの状態にあり、そのまま背を向けた彼女に優香は驚き思わず声をかけた。

「私を殺そうとは思わないのね」
「今も昔もそんなつもりは無かったし、今は話を聞いてくれるようになったから」
江寧さん……」
「でも、杉本さんは玄英宮に―――」
「私も行く」
「え……?」

 玄英宮に残ったほうが良いと告げようとした陽子の言葉は、本人によって遮断される。何故と問いかける前に、優香が返答をした。

「私を連れて行けば、いざという時私を死なせる事ができないと思うでしょう?」
「………買い被りすぎてる」

 吉量にひらりと跨った陽子は、僅かに苦笑を落としながらも優香の方向へと差し伸べる。乗れ、という事なのだろう。迷わずその手を取った優香に、江寧もまた苦笑いする。
 楽俊と六太は各州候の説得にあたるため、玄英宮には居ない。大勢の見知らぬ人の中で過ごすよりはこちらの方が良いかもしれないと江寧は思う。ただ―――こちらは命の保証が出来ないのだが。

「さて、そろそろ行こうか……陽子」
「―――――はい」

 延の声を合図として、背後の王師が動き始める。騎獣に乗り込むと、主君を乗せた騶虞が飛翔する事を待った。
 手綱を張り鐙を踏み締めると、初めに陽子と優香を乗せた吉量が駆け上がる。それに続いて延の騶虞が飛翔を初め、次々と王師が舞い上がる。その中で江寧を乗せた赤虎も吉量の隣へそそくさと追い着き―――いよいよ、急襲の時は近付いていった。












 一日を雲海上で飛び過ごし、それから陽の傾く夕刻時。
 維竜へ入り征州城が見えきた頃、次々と迎撃の兵が妖鳥に騎乗し飛び立つのが見えた。その数に目を細めながら、江寧は弓を構える。
 交戦の緊張を前にして、矢筒から数本の矢を引き抜く江寧に、陽子は口を開く。

「私が無事に征州城へ入る事が出来たら、後は延王の援護を頼む」
「―――分かった」

 目前の光景に、互いに考える暇などない。ただそれだけを告げた陽子は吉量をさらに走らせ、躊躇する事なく突撃をかける。その後を追い迫り来る兵に狙いをつけて、江寧は迷いなく弓を引き絞った。



◇ ◆ ◇



 それから後の記憶は、彼女にも曖昧だった。

 ただひたすら狙いをつけ、射ち落とし、矢を抜き、弦を引き絞る。時折避けては矢を放つ。その繰り返しをする内に感覚が麻痺を始めた頃―――延が何かを告げて征州城へと入り……そこからの、記憶がない。

「……何だっけ」

 見知らぬ天蓋をぼんやりと眺めながら江寧は手を仰ぐ。恐らくは征州城の中にある部屋の一つだと考えられるが、何故自分が此処に寝かされているのだろうかと疑問が浮かぶ。
……何故?

 ゆっくりと身を起こした江寧はまず初めに耳を澄ませる。外からの声はなく、彼女が起きた時には既に交戦が終わっていた。
 随分と眠ってしまったと周囲を見回して、窓際に人影がある事を知る。……それは紛れも無く、大国の名君であった。

「……何故ここに」
「目が覚めたか」

 延は椅子から立ち上がると、ゆっくりと臥牀の元へ歩み寄る。慌てる江寧を余所に、手前へ置かれた榻へと腰を下ろせば瞬時にして表情が固くなる。その様子に軽く笑いながら、楽になれとは言うものの、目前の少女は上がっていた肩を僅かに下ろすだけだった。
 仕方無いと思いつつも、延は手を組み話を切り出す。

「本当に良かったのか、半年で」
「え?」

 一瞬、延の言葉が何を告げているのか分からず首を捻る。前振りがない話を察し理解するなど、起きたばかりの江寧には難だった。だが延はそれを察したのか、ああ、と呟く。

「お前次第で戴国の民が助かるかもしれない。その責任は大きいと思うだろう」
「はい……」
「それでお前は猶予を半年と決めたのだろう。……だが、たった半年で良いのか」

 二年と少々。その月日の間に知り合った者、友人、恩人、世話になった者―――全ての人々に御礼をしたい。そう思う江寧だが、延の言葉に心が少しばかり揺れ動く。……半年で、大丈夫だろうか。未練も無く故郷へ帰る事が出来るだろうか。
 不安は広がる。……しかし、迷い始める江寧の様子に延は大きく首を振った。

「泰麒と共に帰還するつもりはないか」
「……いえ。でも、延台輔には少し悪いとは思いますが、未練なくと言うのならば約束していた半年を過ぎてしまうかもしれません」
「確かに、たった半年で全ての縁が断ち切れるとは思えん。人の縁とは、己が思う以上に深いものだ」
「そう、ですね―――」
「今のお前は住む世界を選ぶ事が出来る。あちらに戻り残るか、こちらに泰麒と戻り生きるか」

 延の告げる二択。
 それを告げられたとしても、その問いだけは江寧―――の中で既に決めている。

「あちらに戻り、全てに訣別を着けて泰麒と帰還します」
「戻ってくる気は、あるのだな」
「はい」

 今は、帰りたいという思いが強い。それは目的があるからであり、決してその世界に生涯を委ねようとは思わなかった。
 あちらで会いたい人が居る。話したい人達がいる。そうして決着がついたら……こちらへと戻りたい。
 二択ではない返答に延は笑い、そして軽々として言った。

「行け」
「え……?」
「半年を越すか越さぬかはお前次第だ。準備が出来次第関弓の国府を訪ねるといい」
「延王……」
「尚隆、と呼んでもいいのだぞ」
「畏れながら、呼び捨てには出来ません」
「やれやれ、固いものだな……」

 肩を竦める延に、江寧は苦笑する。
 臥牀を降りると客房を出、征州城の中から雲海の下へ出る為の門までを延と共に向かう。その間に少しばかり話をすると、すぐに門の前へと辿り着いてしまった。

 餞別にと渡された荷袋を受け取り、門に待たせていたであろう赤虎の元へと歩み寄る。低く喉を鳴らす赤虎の頭を一撫でして背を向けていた延を振り返る。

「景王については乱が終わるまで面倒を見る。即位式にも行く予定だ」
「そうですか……延王が景王の後ろ盾をして下さるのなら、私も安心です」

 背に跨る江寧に一つ笑いを零し、延はああ、と頷く。そうして旅立ち間近……ふと思いついた尚隆は、少女を蓬莱の名で呼ぶ。

、勅命を以って命ずる」
「―――?」
「三年後に行われる大射に参加せよ」

 大射、と聞き入れた江寧は目を見開く。それは確か、大切な儀式ではなかったか。その思いに気付かない振りをしながら、尚隆は勅命だと再度念を押す。
 その言葉に、江寧はゆっくりと頷いた。

「必ず」
「ああ」

 笑う尚隆を見やって、視線を空へと映す。手綱を握る手に力を篭めて、江寧はそれを軽く引いた。
 別れの言葉はなく。
 その崖から跳躍する赤虎は一度姿を消し、弧を描いて次第に点となる。


 その赤い点は、やがて雲間から差し込んだ陽の中へと溶け込んでいった。





-晦冥の洞 静謐の空- 完
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