memo

真面目だったり、どうでもよかったり。

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  • ほぼネタバレ。

    20231224(日)14:11
    ☆柱稽古編のココがいい!!
    ・禰󠄀豆子が喋る。
    ・義勇さんが喋る。
    ・宇髄さんが喋る。
    ・稽古に戻るか此処で殺されるか選ばせてくれる優しい不死川さん。
    ・どうしても呼吸も使えない愚図に鬼殺隊辞めて欲しい優しい不死川さん。 
    ・悲鳴嶼さんの回想で一瞬出て来る笑顔の獪岳(幼少期)。

    ☆柱稽古編のココが駄目!!
    ・短い(コミック1冊分しかない)。
  • 今日の日記

    20231222(金)19:30
    「黙れ小僧!! お前に金曜夕方で混むスーパーに行ってサワークリーム1つだけ持ってレジに並ぶ気不味さが分かるか!!」


    目的のもの2つあったんだけど、1つ(サワークリーム)しかなかったためこんな惨事に。
    まだキングオのシャンメリーがあったら買ったのに……!!
    ガッチャードはあったけどキングオなかったの。
    ん〜〜U⁠ ⁠´⁠꓃⁠ ⁠`⁠ ⁠U
  • 悲鳴嶼さんは保護者

    20231220(水)16:44
    実玄におけるツッコミ係は宇髄さんだが、宇善におけるツッコミ係は実弥さんだということに気付き、成る程よく出来ていると感心するなど()

    ちなみに他のCPでは
    杏千ではパパ寿郎(不憫)
    義炭ではしのぶさん(錆兎もアリ)
    黒獪では無惨様(強いて言えば)
    である。
    言うまでもなくあくまでわたしの中での話だが。

    ここでいう「ツッコミ係」ってのは、攻さんの言動に対して少しでも指摘というか「何こいつヤバ」みたいなことを言ってくれる一人のことです。
    まぁでもあれね、総合的には宇髄さんのツッコミとしての使い勝手の良さがズバ抜けているので、宇髄さんに関しては実玄のみならず杏千でも義炭でも適役です。
    困ったら宇髄さんにツッコませておけばちゃんとオチる(笑)

    わたしが読む側として2次創作に求めるものって、大きく分ければギャグとエロになるので、ツッコミ係は必須なんですよね(下ネタだと思うならそれでもええで)。
    自分が書くとしたらギャグがいいですが、それは向いてないらしいことが最近分かったのでさておき。




    まそしだと忘羨でも曦澄でもツッコミ係が澄しかいないんですけどね。
    お労しや宗主。
    ……忘羨なら懐桑でも可か。
  • 分からないので分からないまま

    20231218(月)16:06
    2次創作と言っても、絵を描くのは問題ないが、ストーリーを作ることはどうやら“違う”らしいことが判明する。
    わたしの中ではストーリーを作ることは多分わたし自身は求めていない領域なんだろう。
    他人様が作った作品を読む分は構わない。
    それはむしろもっと欲しい。

    自分が版権キャラの絵を描くのは、恐らく以前書いた(2つ↓の記事)「観察対象の記録行為」に当たるのだと思う。
    まずその外見、姿や特徴を観察し、それを記録として残すためのアウトプット。
    わたしにとって絵を描くとは、多分そういう意味合いを持つ。
    だからキャラの絵は描ける。
    描くときはアホほど描く。
    うちの子ですらこんなに描かねぇぞってくらい描ける。
    気付きはメモして情報として残しておきたいから。

    でも、そのキャラの内面についての考察(分析とか研究って呼ぶね)は、さすがに絵図としては残せない。
    文字の方が確実且つ効率的に出力出来る。
    だから語る。
    独り言の体で取り敢えず言葉を羅列していく。

    しかし、それを元にストーリーを作る行為は、望んでいないものだった。
    「2次創作」という括りで見れば、むしろこの“ストーリーを作る”行為こそがそれに当たるのでは、とも思うのだが、わたしの場合はそうではなかった。
    仮説、新説、そんなものは要らない。
    わたしはあくまで観察対象であるキャラのそのままをそのままに知りたいのである。
    愛玩物ではなく、一個体として生態を把握したい。
    わたしにとって「推し」とはそういう存在であることは前回も述べた。
    絵や語りはいわばその書付、レポートであり、わたしが感じた・理解したことをそのままに記録しているに過ぎない。
    だからそこに全くカンケイのない別のストーリーを介入する必要も意義もないわけだ。

    まぁそれに気付かず書いちゃった作品もあるとは言え、何かずっと違和感あったり、求めてるものじゃないコレジャナイ……感は拭えなかったのも事実で。
    恐らくこういうカテゴリ分けをするのが今のところの最適解な気がする。

    1つ大事な前提としては、わたしはあくまで腐った目で推しを見ているので、やはり分類上は「2次創作」でないと困るのである。
    ファンアートと呼べるほど純粋なものでないことは明白だし、そこはゾーニングした方がわたしもラクなわけです。
    隠れてこっそりちまちまやっていきたい行為なので。

    腐った目で見てるのに生態も何もねぇよ馬鹿、という意見もご尤も過ぎて目を逸らすレベルですが、まぁどちらかと言えば「腐」が先に存在し、そこに後から「推し」を当て嵌めてしまったが故の事故みてぇなきっかけ(始まり)なので、そこはツッコんだら負けということで何卒ご容赦を。
    だから分類上は「2次創作」なんだよ。
    2次創作ありきの観察研究行為なんだよ。

    と。
    相変わらず2次創作を哲学的に捉えてしまっていますねぇ。
    哲学っつーか何つーか。
    1次創作にも自分なりの意義を求めた女だから、2次創作なら尚更かも知れん。
  • あわよくば

    20231213(水)12:25
    『これはツイッターに書きたいと思ってるんだけど、長くなりそうだしそんなに表に出す内容ではないから、最初からサイトの日記に書こうかな…』
    とか迷ってることが度々ある。
    悩んだ結果半分は書かずに流れて、残りの3割くらいをサイトに、2割くらいをツイッターに連投してるかな。
    まぁまぁ考えてることの8割くらいは忘れてもいいことなので垂れ流しというか…

    ちなみにそんな感じで今悩んでるのは「一度くらい鬼滅の主題歌己龍さんに担当してくれないだろうか」という趣味+妄想150%トークなのですが。
    今回はこの話と続けてここに書きますね。


    鬼滅、柱稽古編が2024年春放映とのことで。
    まぁそれについては特に言及しないんですけど、本題は上記の通り「一度くらい、己龍さん歌ってくれんかな?」という妄想。
    己龍さんのコンセプトが「和ホラー」なのでそんなに掛け離れてないと思うし、全体的に和風だし歌詞も横文字はまず入らないし何より純粋に眞弥(まひろ)氏の歌唱力。
    とか思ったんだが、己龍さんはしっかりV系なので希望も前向きもあったもんじゃなく、あと楽曲も全体的に英語でいうところのラヴ・ソング内容が殆どなので……
    正直鬼滅のストーリーとは噛み合わないな!
    バンドと作品の雰囲気はいいんだけど、歌詞とストーリーの内容とが結構ダメでしたね。
    ざんねん。

    あと己龍さん確か、来年活動休止に入るので結局ダメっぽい。
    むーん、ざんねん……

    ついでのダメ出し言うと、歌詞の内容というか、己龍のコンセプト(和ホラー)の観点からすると、どっちかっつーと鬼殺側よりも鬼側ですね。
    それはそれで見てみたいんですけど。
    挿入歌とかやってくんねーかな…無限城編とかで(だから活動休止に入るとお前はry
  • そもそも比べんでええ。

    20231212(火)22:27
    2次創作していて、そういやわたしはあまり推しに「こういうことさせたい(特定の職業に就かせるとか)」とか「こういう格好させたい」とかそういうやり方(妄想)はしないことに気付きまして。
    これを文面で説明すると、言い方はストレートに失礼かも知れないんだけど、わたしにとって推しとは愛玩物ではなく観察対象なんだな、となる。
    今のところは。
    あくまで今はまだ、普段どういうことをするのか、どういう言動を取るのか等を観察して、そこから推しという対象について分析し研究していく。
    現状、わたしの中の推しとはそういう定義にあるものだな…とふと思いました。
    所謂ペットとかそういう愛玩物のように、自分の好きに弄って愛でるものではないな、と。

    いや、他の人の定義は知らんけど。
    そんなつもりで推しに向き合ってるとは微塵も考えたことない人の方が多いだろうけど。
    しかし妄想という範疇であれこれ考えたものを、絵なり文なりでアウトプットした場合、内容如何によってはそれは愛玩物という扱いとも取れるのかな、と。
    と、なるとわたしの考察語り(※ここでは考察に限定)はレポートに近いかな、と……
    研究結果の論文かしら…?

    そりゃわたしだって多少はやりますよ、愛玩物的妄想。
    でもふと、具体的に「こいつにこれ着せたい」とか「この2人にアレやらせたい」とかは、そんなに無いな、と。
    2次創作ってそういうの多いから、ふと自分のスタンスと比べてみたとき、それくらいの差はあるのかも知れんな〜、と思った次第です。

    知らんけど。
    他人が何を考えて推しを推しと呼び、2次創作してるのかは知らんけど。
    見て楽しませてもらってるのは事実だけど。
    なるべく原作(公式)からは大きく外れないでほしいという、わたしのスタンスから見ると、という独り言ですね。
    そこまでやったらそのキャラである意味はないよね、っていう考えが出てきちゃうもので……

    その設定はそのキャラに付けられてるから意味があるんだよな、っていう創作のモットーみたいのが身に着いてるせいもあるだろうな。
    キャラの可能性を見れば、パラレル時空は許容範囲なので原作と大きく異なる設定も必ずしも否定しきれないわけだけども。

    わたしが求めてるのは、あくまで原作(公式)が公開している世界観の中でのそのキャラ(推し)の姿、在り方で有り得る振る舞いなので……
    そこから離脱が大きいと醒めてしまって楽しくないわけだ。
    脱線しないギリギリを攻め続けるのが一番楽しいけども(笑)
    でもまだ開示された手掛かりだけであれこれ考えて探って、仮説を立て妄想で検証する……それがわたしのやる2次創作であることは確かだ。

    こんな難しいこと考えてキャラ愛でてる人いるかよ。
    2次創作って推しキャラ愛でられればそれで完璧なのでは????

    また『2次創作とは何か』という渡琉さんの哲学が始まってしまいそうなのでこの辺で切り上げる。
  • まだ戦後()

    20231211(月)16:15
    コメダへグラクロを食べに行ったはいいんですが、正直グラクロよりも盛り上がってしまったのが、店舗に置かれていたモノ・マガジン。
    ゴジラ特集が組まれていて、表紙にもうゴジラさんがドーンと載ってて。
    パラ見だけでも、と軽い気持ちで手に取り席に着き。
    グラクロか来るまでの間に………楽しくなって来てしまって!!

    映画に関する内容もあれば、フィギュア・プラモ関連の情報やら、特別仕様のゴジラグッズの紹介等々まぁ〜〜楽しい。
    つい雑誌読む方に没頭してしまって、うっかりグラクロを冷まさせてしまった。
    グラクロ目的で行ったのにグラクロが二の次になるという悲劇。
    ゴジラ凄い()

    なので今もうっっすらとグラクロリベンジすべきなのでは…とも考えている。
    旨かったのは分かるし、あろうことかちぎって食べたため中のグラタンがでろでろ出て来て大惨事になったため、あれはそのまま抱えてかぶりつくのが正解だということを確かめるためにもやはりリベンジを……みたいな感じです。

    モノ・マガジンは隔週発売なので次行く頃には次号が出てると思われます。

    いやー……参ったねほんと。
    ゴジラには勝てんなーU⁠ ⁠´⁠꓃⁠ ⁠`⁠ ⁠U
    ってなってる自分に驚いているよ。
  • 疲れてても何かしら出来る、とか

    20231211(月)16:07
    新しく趣味を見付けるなら

    ・1人で暇が潰せる
    ・自己完結出来る
    ・モノは増えない
    ・こっそり、ちまちま続けられる

    辺りで探せるといいな……。
  • 小首を傾げる

    20231211(月)12:43
    自分でも理解出来ない己の奇行の1つに、
    「テイクアウトしたコーヒーなどの空きカップを洗って保管している」
    がある。
    こればかりはマジで意味が分からない。
    自分でも何故残しているのかが分からない。
    特に集めようとかそういう思惑(目的?)があるわけじゃない。
    珍しいものだけというわけでもない。
    取り敢えず綺麗に残せそうだなと思ったら洗って取っておく。
    ファミマのフラッペの容器とか。
    プラ、紙カップ問わず取っといてある。
    ほんとに意味分からん……

    きっかけは覚えている。
    数年前のタリーズ、トムとジェリーコラボのプラカップである。
    これは可愛いなと思って、特にファンとかいうわけでもないが取っとこうと思った。
    で、何かそれからあらゆるところの空きカップを保管し始めた。
    スタバもあるしファミマもあるしローソンもあるしナナズグリーンティーもある。
    特に何に使うわけでもなく、ただ洗ってクローゼットにしまってある。
    重ねて置いてあるだけ。

    今のところ捨てる予定もなく……
    何なんだほんとに。
    ほんとに分からん。
    これこそマジで「ゴミ溜めてんの?」って言われても反論出来ない。
    恐らくゴミで合ってる。
    でも恐ろしいのはわたしにとっては今のところゴミではない。
    わたしの認識ではゴミではないのである。
    でも残しておく理由はない。
    一切ない。
    でも捨てる理由もない。
    何と無く残してある……

    今死んだら他の何よりも最大の謎として片付けてくれる人を困惑させるに違いない。

    ちょっとしたBL本だの自作同人誌だの、うっかり残しちゃったきめつ小説同人誌など目じゃないくらい困惑させる自信あるな()
    でも捨てたくない……
    捨てようと思えば一瞬で済ませられるが、それは今じゃない……。

    そんな感じです。
    これは自分ではマジで奇行。
    理由も理屈も理解出来ないので紛うことなき奇行。
    分からん。
  • 何も考えてないと馬鹿にするのは簡単だが

    20231120(月)08:14
    極端な物言いだけど、わたしが所謂「一糸乱れぬ集団行動」の類に気味の悪さを覚えるのは、あれがわたしにとっては共産圏を意味する行為だからなのですね。

    まぁ、シンプルに「そんな大勢でわざわざ同じ動きする必要ある?」とか思ってる人間なので、はっきり言ってしまうんですけど、大人数のグループのダンスとかほんとに意味が分からんのですよ。
    あれの価値って何や……
    何故わざわざそんなに沢山いるのに皆が同じ動きをしなければならないのか……

    「大人数」というだけでも無駄だな…とうっすら思っているうえに、判を押したような同じ動きしかしない。
    これはもはや恐怖の対象なわけです。

    こんなに大勢いるんだからもっと別の仕事させたれや、というのがわたしの理屈と言いますか、考え方と言いますか。
    役割は分けて、各々に担当する仕事があった方がわたしは美しいと思うのです。
    全員が全員同じことが出来ることに、わたしがそこまでの価値を感じてないという話ではあるんだけども。
    出来るに越したこたぁねぇのはご尤もですが、どうしても出来ない人ってのは必ず居るからね。

    話の対象の規模が変わって来てしまったので戻しますか。
    戻すも何も、言いたかったのは最初の1文だけなのでもう終わりでいいんだが(何なの)。
    共産圏ほんとに嫌いだから、それを是としたシステムが定着するのは避けたいなーという感じ。
    システム以前に、その印象を持つパフォーマンスが持て囃されるのも何か怖いな…と。
    ただでさえ同じことさせようとする風潮あるからね。
    それなのに基本的にはやっぱ小規模な集まりで、それが幾つもあって、その上でうまく交流しながら共存し続けてんのよこの国の人間。
    不思議だよなぁって思う。
    絶対的なたったひとり(ひとつ)の上に在るものは存在しないんだけど、うっかりそれ(大義名分)が出来てしまうと急に団結して厄介な動きをし始める。
    基本的には所謂カリスマ、絶対的トップが出来にくい文化なのかも知れん。
    しかしそれは平時に限定された話であって、有事の際はあっという間に一方向に流れていく。
    知らぬ間に、いつの間に。
    己が加担したと気付けることはなく、物事が終わっても分からぬまま。

    だから尚更「同じ方向を向いて同じ動きをする大人数」が怖い。
    意識してやっているならまだしも、この国では大半が「無意識」だからだ。
    自分が酷いことをしていても分からないのだ。
    周りが皆同じだから。
    善悪を数の多さ、周囲との合致具合で決めてしまうからだ。

    大勢に混じれないことによる偏見や強がりもあるだろうけれど、やはり恐怖である。