生誕祭
扇が突然そんなことを言い出すので、ちょっと引き気味にそう応えてしまった。
何それ、ゾーンに入るとかそういうやつ? と続ける僕に、扇は頷く。
「俺もそれがあったから喋れるようになった部分あるし。気分高揚してくるとやっぱ自分の考えなんか簡単に超えたことするよ」
だから、あくまでMCの台本は最小限、なんだとか。
折角の『live』なのだから、その瞬間、咄嗟に出てきた言葉だけで進めてしまえばいい。
扇のそんな話を、自分が聞き入っていたことに、僕は気付いていた。
でも、茶々を入れようとか、いつもみたくちょっと嫌味垂れるとか、そういう気持ちにはならなかった。
……多分、感心していた。
「まぁ司佐も未知数っちゃ未知数なんだけど、俺はどっちかっつーと有佐の方が読めねぇ。あいつほんとどう進めるかさっぱり読めん」
「……ああ、まぁ」
照り焼きチキンを頬張りながら扇はそう断言した。
それは僕にも何となく分かる。
結局今までずっと一緒にいたけれど、未だに有佐の言動は予想が付かない。
何をしでかすか分からない。
何を考えているのか分からない。
これからどうしたいのか、とか。
でもその原因は、きっと僕にもあって。
知らないまま過ごしてきただけだし、知らなくていいと決め付けて知ろうともしてこなかっただけ。
まさかこんなに長いこと一緒にいる羽目になるだなんて、考えてなかったし……などとまた言い訳に入りそうになった。
取り敢えずその思考は一旦仏陀切る。
「お昼ごは~ん」
ようやく午前の調整を終えて来たらしい、お疲れ様でーすと元気よく忠雪が楽屋に戻ってきた。
何食べましたー? と扇に話を振る忠雪に遅れて、馨も姿を見せる。
っていうか、あれ?
「ユサは?」
食後のお茶を淹れたところで、有佐の姿がないことに気付く。
白米ー、とおにぎりに手を伸ばした馨が、ん、と顔を上げる。
「あー、仮眠取りたいってスタッフさんと話してたぞ。階段奥の倉庫が空いてるとか何とか」
おにぎりにパク付きつつ、馨がそう教えてくれた。
そう、と、取り敢えず所在を把握したので、お茶を啜る。
「珍しいですね、ライブ前に仮眠なんて。いつもは遠足前日の小学生みたいなのに」
温野菜にマヨネーズを付けながら、忠雪がそう言った。
確かに普段のライブ直前の有佐は異常にテンションが高い。
言い得て妙、と馨まで頷いている。