【パラレル】知らぬが花
「ただいま」
玄関を閉め、施錠する。
裕は返事がないと分かっていてもリビングに向かってそう告げた。
電気は消えている。
リビングに入り同時に電気を点けるとソファーには人影があった。
しかし眠っているのか裕の気配にも動じない。
裕も特に気に留めず、そのままリビングを抜けて自室へ向かおうとした。
しかし。
ソファーの前を裕が通り過ぎるより前に、ソファーに寝ていたその人物が飛び起きる。
無言のまま、裕の袖を荒っぽく掴んだ。
「ん? やっぱ分かるんだ?」
裕が薄く笑いながら袖を掴む相手を見る。
相手は驚いたような、やや動揺していながらも興奮も混じったような息遣いになっていた。
それほど強い匂いなのだろう。
裕は静かに相手の手を解き、今日なぁ、と話し出す。
「出くわしたんだよ。同じ映画館で同じ映画見てた。ラスイチのパンフ一緒に買って、思いっ切り語ってきた」
俺も驚いたよ、と裕は笑う。
いつもならこの辺で相手も1つ2つ何か言ってくる。
しかし今回は黙ったままだ。
その表情には緊張感も見られる。
圧倒されているのだろうか、裕はふと思う。
確かに匂いは充分強く付いているだろう。
「めっちゃ意気投合してさ、気付いてないのかこっちのこと何も警戒してないし、しまいにゃ抱き着いて来てさ」
お前もこんなに強く匂いを受けるのは初めてなんだっけ、と裕は確認するように言う。
まだ自分は耐えられるが、“一介の妖怪”には少々キツいらしい。
裕はソファーの上でまだ動けないその相手と目線を合わせるようにしゃがみ込み、続ける。
「連絡先交換して友達になっちゃった。憂巫女と」
本当にあれが、かの憂巫女なのかと疑うほどに呆気なく。
鬼神創鬼の生まれ変わりである裕は、憂巫女の匂いに眩暈を起こす同居人にそう告げた。
2023.10.31