【パラレル】知らぬが花
しかし華倉のようなコアなファン層が一定数存在するため、確実に捌ける部数が見込める。
よって、新作が撮られるたびにパンフレットも販売される。
しかも最後の1冊であった。
セーフと思いながら華倉は顔を上げ、1人でレジを担当している店員を呼ぶ。
しかし。
「このパンフ」
「くださ」
自分の横からもう1人、誰かの声がした。
しかもその声の主もまた、華倉が求めているパンフレットを指差している。
被った声と指差す対象物。
そのまま視線を上げ、え、という声と共に相手を確認した。
知らない男性だった。
まだ若い、自分と同年代くらいの男性だ。
「あ、いや、どうぞ」
その男性に、先にそう声を掛けられた。
しかし華倉も手を横に振り、こちらこそどうぞ、と謎の返答をする。
「そちらの方が早かったでしょうから、どうぞ」
「いえいえそんなことないです。俺の方が後でしたし」
「えー、でもそんな出来ないです」
華倉は知っているのだ。
この監督の撮る映画のパンフレットがどれほど貴重なものか。
購入するファンはまず手放さない。
初めから数が少ないのだから、探そうにもまず出回らない。
こうして映画館の売店で買うことのみが唯一の入手手段と言ってもよかった。
恐らく相手の男性もそれを分かっている。
同じ気持ちゆえに、相手に譲りたくもなるのだ。