【パラレル】不帰
猫には猫なのだが体長は悠に1.5メートルほどもあるため、いつの間にか皆「虎」と呼んでいた。
「は~気持ちい~」
わしゃわしゃわしゃと少々手荒に頬を撫で続ける華倉。
しかし虎は怒る様子も不機嫌になる様子もなく、むしろご満悦である。
単純に撫でられることに慣れ、好きになったということもあるだろう。
しかし虎がご機嫌な理由は、華倉に拠るところが大きいと鳳凰は考えていた。
篠宮華倉は現世の憂巫女だ。
砂蔵から数えて3度目の転生を果たした存在。
虎は日常的に憂巫女の傍にいることにより、憂巫女の持つ異常なまでの霊力を食らうことが出来ている。
詳しい理屈は鳳凰にも分からないが、どうやら血肉を口に含まなくても吸収が可能な妖怪もいるらしい。
砂蔵を失ってから600年が経っていた。
鳳凰はあの後もこうして生き続けた。
特別死ぬ理由などを抱いたわけでもないのだから、当然と言えば当然の結果だ。
しかしどうにもやりきれない思いは払拭出来ずにいた。
砂蔵のことを忘れた日などあるはずもなく、どこかでずっと罪の意識に囚われ続ける。
口を出す権利もないほどの他人だった自分に反対に助ける義理があったのか、問われればすぐには答えられない。
だから自分を責める必要はないのだと、もう何度も自身へ言い聞かせて来た。
それでも吹っ切れない。
“鳳凰”を名乗る聖獣としての意地もあっただろうか。
だから今世でこうしてまた、憂巫女を見付けられたときには迷いはなかった。
今度こそはこの手を間に合わせよう。
救ってもらった命を、彼に返すまで。
「あー休憩終わる~。虎~」
結局時間いっぱい、華倉は虎の頬を休むことなく撫で続けていた。
虎はすっかり満たされたように、その立派な体躯からは想像出来ないほどだらしなく、四肢をあちこちへと伸ばしている。
「ふふ、ありがと。お昼寝続けてどうぞ」
華倉も満足したらしい、にこにこと笑いながら最後に虎の顎を撫でて立ち上がる。
それから鳳凰を見て、鳳凰もごめんね、と続ける。
「いや、構うな」
謝ってくれるな、例え見当違いだと分かっていても。
2022.2.22