【パラレル】不帰


 それから、少し小屋から離れただけだ。
 何時間も過ぎたわけではない。

 けれど現に砂蔵は大量の血を吐き、絶命を迎えてしまった。

 息はなかったが血溜まりはまだぬるついていて、ほんのりと温かった。
 本当に今しがた息を引き取ったのだろう。


 ――その後の自分の行動はあまり覚えていない。
 小屋を出来るだけ綺麗に片付け、砂蔵の遺体を埋葬したのだろう。
 死骸とは言え妖怪らに見付かるわけにはいかないからだ。

 いや、死骸だからこそ尚のこと、見付かる前に処分しなければならない。

 まだ死後間もない憂巫女の死骸だ。
 どんなに下級の妖怪でも好きなだけ食らい付くことが出来る。

 結界も張らずに血の匂いをばらまけば、その匂いに釣られてとんでもない数の妖怪が我も我もと群がる。
 最後には僅かな骨のみを残し、全てを食い尽くされてしまうだろう。

 それだけは阻止したかった。
 どうして死して尚そんな目に遭う必要があるのだと。

 どうか見付からないように、何とか手を尽くしたはずだ。
 それでも思い出せないのはきっと、気付いていないだけで実際には深い哀しみを抱いたせいだろう。


 それは大きな喪失だったのだ。


  *


 足元から唸り声のような低い音が響いて来る。
 うっすらと開く視界にまず映ったのは、仰向けで満足そうに喉を鳴らす虎の姿だった。
 鳳凰はすぐに一緒になって寝ていたのだと状況を把握する。

 それから、何故虎がこんなことになっているのかを知る。
 虎の両頬を挟んで撫で繰り回す手があった。

「……何をしているんだ?」
「あ、起こしちゃった?」

 鳳凰から訊ねられ、華倉は済まなさそうに笑って答える。
 休憩入ったから虎モフりに来たとのことである。

 虎と呼んでいるこれは実際には妖怪の一種、化け猫である。
 当時まだ幼かった子供に取り憑き20年近くに渡りその少女を苦しめ続けていた。
 元は然程力も持たない弱い化け猫に過ぎなかったのだが、少女に取り憑いていた間に力を蓄え順調に進化していた。

 その少女からようやく祓えたのはほんの数ヵ月前のこと。
 訳あってこうして篠宮家で引き取ることになり、今は主に鳳凰が世話を担う。
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