【パラレル】不帰
鳳凰は咄嗟に木の陰に身を隠す。
一瞬だったがその姿が見えた。
息を殺してその場を離れる。
今見たものは夢ではないのかと、何度も脳内を駆け巡った。
結局1人では答えは出なかった。
鳳凰は寝た振りをしたまま朝を迎えた。
事を済ませて砂蔵が戻ってきたことも知っていた。
何食わぬ様子でそのまま寝てしまう砂蔵の気配に、鳳凰は何度言葉を呑み込んだだろう。
「お前……体を売るのか」
日の出と共に廃寺を立った。
暫くは普段通り、砂蔵がする話を鳳凰が黙って聞きながら歩を運ぶ。
けれど今日はさっぱり話が頭に入らない。
当然と言えば当然なのだが、鳳凰にはそれが我慢ならなかった。
触れていい話題なのかどうかも定かではなかった、それでも鳳凰は訊ねた。
砂蔵が話を止める。
訪れた静寂を連れて、暫く先を進んだ。
「……やっぱね、少しでも路銀は多い方がいいし」
昨夜のあれも、昼間のうちに買う約束をしていたという。
旅を始めた頃はこんなことは考えていなかった。
けれどあちこち訪ね歩くうちに、自分を買いたいという話を繰り返し受けるようになった。
「俺みたいのは都合がいいらしいんだ。もう慣れたもんだよ」
確かに砂蔵は綺麗な顔をしている。
年齢は定かではないが、実際の年よりも幼く見えるのだろう。
一晩でもいいから自分のものにしたい男がいても不思議はない。
鳳凰は話を聞き、そうか、とだけ答えた。
もう少し言いたいことはあっただろうが、それ以上自分に口を出す権利があるのか判らなかった。
今は鳳凰が勝手に砂蔵に着いて来ているに過ぎない。
言わば「他人」のまま。
そんな鳳凰の隣を歩いていたはずの砂蔵の歩みが次第に遅くなった。
何歩か先に進んでいた鳳凰が振り向くと、立ち止まった砂蔵が身を屈めているのが見えた。
どうした、と砂蔵の傍まで鳳凰が戻る間に、砂蔵は何度か激しく咳込んだ。
空咳のような、不安になる咳だ。
「砂蔵?」
肺でも患っているのかと鳳凰は砂蔵の背を撫でながら問う。