【パラレル】不帰
定住しない者だからこそ、その場限りでも救えるものがあるだろう。
砂蔵はそう言って鳳凰に笑って見せる。
その強さは一体どこから生まれているのだろうかと鳳凰はとても不思議でならなかった。
憂巫女という特別な存在だから成せる強さなのか。
それともこれはただの強がり、開き直りなのか。
考えれば考えるほど砂蔵の本心が見えなくなる。
探ろうと追えば追うほど、その輪郭は消えて行ってしまう。
「今日はここを借りよう」
辺りはすっかり暗くなっていた。
砂蔵は進んでいた歩道の脇へと進路を逸れると、木が生い茂る細い獣道のような方へ向かう。
その先には人がいなくなったらしい小さな荒れた廃寺(はいじ)があった。
先ほどの茶屋でここの存在を教えてもらったという。
確かにこの辺りは宿を借りられそうな民家はなかった。
荒涼としてはいるが一晩過ごす分には差し支えなかった。
「本当にいいのか、掛けるものなくて?」
壁に凭れてそのまま仮眠を取ろうとしていた鳳凰に、砂蔵は今回も訊いて来た。
あってもなくても変わりないであろう、粗末な羽織だ。
確かにほんの少しだけなら暖も取れるし、ないよりは精神的にも安らぐだろう。
けれど鳳凰は首を横に振り、いつものように「構うな」と答えた。
砂蔵はそれ以上は食い下がらない。
じゃあおやすみ、とそのまま横になった。
しかしその日の晩は様子が違った。
それほど時間も経たずに鳳凰は目を覚ました。
元々眠りは深くはないが、何やら妙な気配を感じたせいだろう。
軽く身じろぎをした時だ、近くで寝ていたはずの砂蔵の姿が見えないことに気付く。
用足しにでも出たのだろうと初めは然程気に留めず、再び眠ろうとした。
それにしても戻って来ない。
厠というには時間が掛かり過ぎているのではと鳳凰は思った。
荷物はあるから、鳳凰を残してここを立ったというわけではなさそうだ。
妙な気配は未だ拭えていない。
鳳凰は寺の講堂から出ると付近を探してみた。
人の気配があった。
茂みの奥、隠れるように人がいた。
どうやら2人いるらしい。
1つの呼吸がとても荒い。
それはまるで、まぐわっている時のような。