【パラレル】不帰
さすがに1ヶ所に留まるわけにはいかないらしい。
自ら傷を付け流血させる際は、それこそ結界を張り万一の場合には備えている。
けれど少年は術を誰に習ったわけでもなく使えるものも効果は弱い。
その場凌ぎにしかならないため、用が済んだらとっとと移動するしかないのだ。
「一命は取り留めたけど気力まで戻る量じゃないし。あんたはしっかり休養を取った方がいいぞ」
じゃあ、とそのまま踵を返そうとした少年。
しかし鳳凰はまだ問い掛ける。
「お前、名前は」
鳳凰から名を訊ねられるは思いも寄らず、少年はきょとんとする。
さすがに怪しく思ったのか少年は素直に教えようとはせず、反対に鳳凰の名を先に訊ねた。
鳳凰は一瞬言い淀む。
隠すようなことではないかも知れないが、少年はまだこちらが聖獣だとは気付いていないはずだ。
正直に伝えることもないだろうと鳳凰は結論を出し、「オオトリ」と名乗る。
それで許してくれたのか、少年は名を「砂蔵」と言った。
*
砂蔵は所謂「歩き巫女」をしていた。
しかし巫女と名乗っても信用してもらえないのは分かっていたため、僧侶ということで様々な人助けを行っていた。
礼として食事を頂いたり一夜の宿を借りたりして、宛もなく旅を続けているという。
「俺の居場所は元々ないからね。もう死んだことになってるし、身内らしい身内も分からない」
砂蔵は自分に着いて来るようになった鳳凰を特に邪険にする素振りもなく、淡々と接してくれた。
どちらかと言えば戸惑っているのは鳳凰自身であった。
何故この少年の名前を訊ねたのだろう。
何故こうして着いて歩いているのだろう。
何度か自身に問い掛けてみたのだが、考えようとしても思考はさっぱり働こうとせず、延々と靄が掛かったままだ。
まるで、本音すら自分に隠しているかのよう。
それが癪に障ったから、意地でも暴いてやりたくて、こうして砂蔵に着いているのかも知れない。
そう説明出来る部分があるのも恐らく事実だった。
「だったら、腐っても巫女と呼ばれる存在らしいし、ここまで生きて来られた恩義を世の中に返して行くのも悪くないかなと考えたんだよ」