終われなかった「始まり」



  間違って産まれて来たその赤子を今す ぐ  殺





 老女が黙って娘の様子を見守る中、娘はやっとのことで一言吐き出す。

「……この子は、殺して……棄てて来い、と」

 そんなことは出来ない。
 娘はまたも泣いた。

 老女は娘が落ち着くまでずっとその場に留まっていた。
 ようやく娘が泣き止み老女の顔をまともに見詰めた頃には、日が傾き始めていた。

 娘は家に戻らなければならない。
 こんなに長いこと帰らないでいては、家人が捜しに来てしまう。

 娘は老女に赤子を差し出した。
 名残惜しそうに本当に悔しそうに、下唇を強く噛み締めてのことだった。

 老女は優しく、それでいてしかと赤子を受け取った。
 難儀だねぇと老女の呟きに釣られたかのように娘は一瞬険しい顔をして、それから絞り出すような声で願った。

 どうか、

「どうかその子を……愛してやって、ください……」



 産まれてきたことが間違いではなかったと、証明するために。



 それから十年余りが経った。

「おばば様ー! お湯沸きましたぁ!」

 桶にたっぷりのお湯を入れて、少年がくりやから走って来た。
 こぼすよ、と老女から注意されても少年はぱたぱたと忙しない。

「スズさんは二階だっけ?」
「ああ、痺れを切らす頃だよ。早く行ってやんな」

 老女の言葉を最後は背中で受けながら、はーい、と返事をして少年は階段へと向かう。
 年齢の割には軽い足音を立てながら。

 やれやれとその後ろ姿を見送って番台へ戻ると、老女は客の姿を見付けた。
 常連である料亭の主人だった。

 出迎えもなく悪いねぇ、と老女が改めて挨拶をすると、男は何やら考えながら訊いて来た。

「おかみ、今の小僧は幾らだい?」
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