鬼を喰う病


 さすがにもう黙っていられなくなって、俺は勢い任せに隼人さんに詰め寄る。
 隼人さんは正座を崩して日本刀を抱くように肩に掛けて、愉快そうに軽く笑う。

 もー! 人が真面目に聞いてたってのにこの人は!!
 つうかキジ肉凄いな!!

「アンタの話は無視出来ないようになってるんですよ俺は! あんまり揶揄わないでくださいよ!」

 俺は今から法事だっつってるでしょ!

 まだ住職として仕事を受けているのは親父だが、俺は近い内にこの寺を継ぐことになっているから、親父の仕事には大体同伴する。
 そろそろ檀家さんとの約束の時間も近いってのに、動揺させるような真似してほしくないなー!!

 焦りつつも怒る俺を見て、隼人さんはちょっと困った表情で笑い、ほんと済まんと返す。

 結局今の話は全部キジ肉だった、ってことでいいのか……。
 それとも混ぜてある……?

 こんな乱れた気持ちのままでは法事以前に袈裟を着るにも難儀しそうだ。
 俺は溜め息を吐いて、隼人さんと向き合うように畳の上に正座する。

「……旨いから喰うんですか、鬼の肉?」

 自ら動揺を誘うような真似だったと思う。
 でもその時は、それを訊ねることが一番の安心材料になると考えたんだ。

 隼人さんはじっと俺を見て、それから曖昧な薄い笑みを口許に浮かべる。

「旨いわけないだろ」

 あんなもん、と隼人さんは言うけど。
 でもそれなら何でと続けたいところだけど、俺が聞くまでもなく隼人さんは教えてくれる。

「旨くはない、でも不味いとも思えないんだ。忘れた頃に何故か喰いたくなる。あの味を、また感じたいと肉体が訴える」

 だから狩る。
 狩っては喰らい、ここで供養する。

「そういう、そういう異常さを俺たちは時代を繋ぐ中で生み出してしまった。残念なことに」

 これは決して本能ではない。
 本来ならば人間にはなかった遺伝子。

 言うなれば「病」。

 隼人さんはそこまで言うとにこりと笑った。
 話はここまで、という合図だった。

 やっぱり信じ切るには難しい、でも俺も鬼の亡骸ならこの目で何度も見て来ているから。
 あれが本当に鬼とかいう化け物の骸骨なのかはまた別の疑問なのだけど、同じ形の骨が膨大な量残っていることは事実なんだ。

 俺は隼人さんに一礼すると、立ち上がって卓上の袈裟を手にした。

 袈裟の着用には厳密なルールがある。
 決して片手間に行っていいものではない。
 だから隼人さんも黙っている。

 搭袈裟たっけさを唱える自分の声がやけに大きく聞こえたのも、恐らくそのせいだろうと。


2024.5.28
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