三つ首犬(いぬ)と九尾の化け猫


 華倉さんも交えてこの妙な4人で呑みに出た後から、浅岡さんはあの鳥と個人的に連絡を取り始めていた。
 でもここ2ヶ月ほど途絶えているらしい。

「僕も仕事立て込んでましたから……うっかり手紙を出しそびれてしまって」
「まぁ、それは仕方のないことですよ」

 そもそも立場としては「単なるファン」でしかないあの鳥が、浅岡さんとサシで呑めるっていうことだけでも贅沢なのに。
 でも浅岡さんにとっては、単なるファンではないようではある。

 あまり口を挟む……世話を焼くような真似はしたくなかったけど、浅岡さんが心配そうにこちらを見て来るので仕方なく口を開く。

「……近く、様子を見てメールしますね」
「わぁい! 有り難うございまぁすっ!」

 にっこりと満面の笑みでお礼を述べる浅岡さん。
 こちらとしては言わされた感じが拭えないんだけど、彼は本当に何の計算もしていない。
 どうやら総て本心での素直な振る舞いらしい。
 それがまた警戒するひとつの原因でもあるが。

「お待たせしました~。じゃあ戻りましょう」

 会計を終え、領収書を財布にしまいながら平潟さんも店を出て来た。
 この後は出版社に戻り、連載中の小説についての打ち合わせがある。
 今日は華倉さんも遅くなるかも知れないと言ってたな。
 そんなことをぼんやり考えながら、平潟さんがタクシーを呼び止める様子を見ていた。

 そう、よくあるランチを兼ねた打ち合わせだった。
 そのはずなのだが。


***


「……ただいまー……」

 20時半を過ぎた頃だったろうか、玄関から帰宅した華倉さんの声がした。
 夕飯の煮物が完成したところだったのでまず火を止める。
 手を拭きながら玄関に向かい、出迎えようとした。

「お帰りな」

 まで言い掛けて、華倉さんの姿を確認したのと同時だった。
 華倉さんの隣に「何かがいる」と知ったのは。

 自分でもまずいと思っているのか、華倉さんは不自然に視線を泳がせている。
 一方の「何か」は華倉さんの隣でデカい図体のくせにお行儀よくお座りしていた。
 合計6つの瞳のうち、右と中央の4つの瞳が僕を見ている。
 ちなみに左の2つの瞳は華倉さんに向けられている。
 そんな瞳を収める3つの頭には、各々不気味に蠢く数体の蛇が首元から巻き付いている。

 ……。

「……に、拾って来たんですか?」

 ようやく僕の口から出た言葉に、華倉さんはしどろもどろしながら答える。

「いや、あの……気付いたら、付いて来てて……」

 あくまで「知らなかった」と主張した。
 しかし。

「馬鹿仰い!! どこの現代日本に野良ケルベロスがうろついてるって言うんですか!」
「だってほんとなんだよ! いくら俺でもこれは進んで拾って来ないよ!!」

 状況がうまく飲み込めない焦りからの混乱も相俟って僕はついつい怒鳴ってしまった。
 華倉さんも僕の覇気に釣られたのか、やや強い口調で弁解する。
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