三つ首犬(いぬ)と九尾の化け猫
そんな2人の猫トークを隣で聞きながら僕は、妖力を得たから化けたのでは、とか心の中で静かに持論を呈していた。
僕も本物の化け猫には会ったことはないけれど、知識としてなら大体把握している。
一般的な化け猫は尾が二股に裂け、後ろ足で立ち上がり人語を操ったりする。
しかし人を捜す化け猫とは初耳だ。
以前の飼い主か何かだろうか。
「しかもですよ? 僕が出逢ったその子はそのままでも妖力を得ているってだけで強そうなのに、本当にヤンキーの格好までしてるんですよ! 特攻服がお気に入りだとか言って! 初化け猫としてはパンチ強すぎてテンションやばいです!」
確かに。
猫でヤンキーって……昭和か?
その時代を知っているということは、猫自身も生きていたのはだいぶ昔になりそうだ。
飼い主、もう結構な年齢になってるんじゃないだろうか。
「やっぱり二足歩行なんですか? 可愛いですか?」
流石、ホラー小説雑誌の担当というだけあって平潟さんは物怖じしない。
しないどころか可愛いかどうかまで訊いている。
普通……化け猫相手にその確認は出来ない。
平潟さんの質問に、んー、と考えながら漬物を食べる浅岡さん。
すると、あ、と何かを思い出したようだ。
「可愛いかどうかの基準は分かりませんが、その子尻尾が凄かったですよ。9本もあるんです」
「9本」
9本?? 多くない? と思わずツッコんでしまった。
しかし浅岡さんはケロッとしていて「別にいても可笑しくないですよ」と返す。
まぁ、7股尻尾の化け猫もいたらしいからな、有り得なくは……ない、か、な?
しかし9本てキツネじゃないんだから、とか考えてしまった。
この世はまだまだ不思議なことの方が多いな。
「素敵ですねぇ~! 九尾の化け猫! 是非見てみたいです!」
キラキラと瞳を輝かせる平潟さん。
彼女自身は霊感などがあるわけでもなく、生まれてから一度も不思議体験をしたことはないという。
でも怪談や妖怪は大好きだからホラー小説雑誌の編集になったんだと。
平潟さんは両手を頬に添わせて、うっとりした表情で喋る。
「化けてようがグレてようが猫は猫ですもんねぇ……! きっと可愛いんでしょうねぇ!」
……この人はホンマモンの猫下僕なんだろう。
そうなんですかねーと浅岡さんは平潟さんほどの熱意まではないのか、呑気な返答になっていた。
単純に話題に飽きた可能性もあるな。
こういう突然の態度の変化に付いていけなくて、担当を続ける自信をなくす社員さんが続出したという噂は聞いていたけれど……何か納得である。
こんなぽややんとしている人があんな衝撃的なホラー小説を書いているのだから、世の中理解が追い付かない。
「そう言えばいつから公開でしたっけ? 映画は」
皿を綺麗に空けて食後のお茶に手を伸ばしながら、僕は浅岡さんに訊いた。
浅岡さんの出した2つ前の作品が実写映像で映画化されたのだ。
そろそろ一般公開される頃のはず。
僕は出版社からの招待で、一足先に試写会に行ってきた。