黒蝶の夢


 本当の世界の大きさを知らなかったから、こんな真似が出来たのだ。

 冷静になれば、如何に大胆な行為に及んだのかと羞恥すら抱く。
 それでも、目の前の1人すら救えない現実の方が、自分を許せなかった。

「世界とは本当に残酷だ。一途過ぎるがゆえに……美しければ美しいほどに」

 知らないところで、見知らぬ誰かが願う。
 取り返しがつかなくなっても、諦めは悪く。

「世界は君を死なせない」

 それは他に何もない、その空間にとてもよく響く声だった。
 フレイグは足元に落としていた視線を上げ、咄嗟にホープの方を向いた。

 ホープは真っすぐ前を見ていた。
 特に何もない、闇に覆われた空間しかない何処かを。

「帰りなさい、フレイグ王子。君はまだこちらには来られない」

 少し間を空けてホープがその体勢のまま告げる。
 それは命令のようにも聞こえる、意思の強いものだった。

 フレイグが動けず何も答えずにいても、ホープはフレイグの反応を待たずに続けた。

「そして俺が世界よりも大切にした、この夢世界以上に愛しい妹が愛してくれるこの世界で、生き続けるんだ」

 世界は一度、俺を取り零した。

「俺は世界を滅ぼそうとした罪を死を以て罰せられた。当然の話だ。けれど君は違う」

 だから二度と同じ過ちは犯さない。

「君は望まれて生き続ける、それが君へ課せられる懲罰ペナルティだ」


 あの子はそういう子なんだ。


「……成る程、それは」

 暫しの沈黙の後、吐息のような笑い声と共にフレイグが呟く。

「もしそうならば……それはとても、苛酷な罰だ」

 そろそろ時間切れだ、ホープがそう告げる。
 初めてフレイグに向き合い、ホープは「最後に1つ」と笑う。

「俺の命より大切な妹を利用しようとしたことだけは、何があっても許すことはない。それだけは覚えておいてくれ」

 だから尚更。

「生きて償え」

 妹のため、世界のため、そして。

 ホープの言葉を最後まで聞くと、フレイグは思わず嬉しそうに微笑んだ。
 そういうことなら生きてみようと思えたからだ。

 また景色は靄に包まれ、何も見えなくなり意識が落ちる。
 次にフレイグが目覚めるのは自室のベッドの上なのだが、それはもう少し先のこととなる。


2026/06/22
3/3ページ
スキ