【曦澄未満】寛解


 魏嬰(ウェイイン)はそう考えていたから、きっと律儀に沢蕪君(たくぶくん)へ挨拶をしてきたんだろう、程度に思っていた。

 しかし藍湛(ランジャン)の話は少し違った。

「兄上はそこで、江(ジャン)宗主に兄を訪ねるよう私からの声掛けがあったと言った。けれど、私はそんなことは何も言っていない。仕事に関すること以外は何も」

 藍湛の言葉は淡々としていた。
 けれど、その声には微かに疑問と戸惑いが混ざっていることに、魏嬰は気付いていた。

 どういうことなのだろうかなんて明確には口にしない藍湛だが、だからこそ魏嬰に喋ったのだろう。

「……へぇー。江澄(ジャンチョン)がねぇ……?」

 藍湛は今も、藍宗主である藍曦臣の代理として、幾つかの宗主の仕事を代行している。
 今日江澄と会ったのも藍湛だ。
 その藍湛が、仕事の話以外は一切していないと言う。

 けれど実際江澄は藍曦臣の許を訪れた。
 その上、「藍忘機(ランワンジー)に頼まれたから」という理由で。

「……はっは〜ん。意外とやるじゃねぇか江澄のやつ」

 魏嬰は一つの結論に辿り着き、にやにやと笑いながらそう呟く。
 藍湛はそんな魏嬰の顔をちらりと覗いたが、特に話を聞こうとはしなかった。

 魏嬰が湯船から上がったので、藍湛はその身体を包んで拭いてやる。

「訊かないのか藍湛? どうして江澄が嘘を吐いて沢蕪君に会ったのか」

 自分の身体を包む布から頭を出し、思い切り顔を近付けて藍湛と向き合いながら魏嬰は言う。
 藍湛は小さく、うん、とだけ答え、再度魏嬰の髪を拭いた。

 やっぱ興味ないんだなぁと魏嬰は少しだけ残念に思ったが、自分が言いたい欲が抑えられそうになく。
 いつものように勝手に喋ろうとした魏嬰だったが、それより先に藍湛が口を開く。

「理由が何であれ、兄上の元気そうな姿が見れたから……それだけでいい」

 ふわ、と布の上から魏嬰の両頬を掌で挟み、藍湛は魏嬰の瞳を真っ直ぐに捉えて告げた。
 魏嬰は用意していた言葉を飲み込み、暫し藍湛の澄んだ瞳を見詰め返していた。

 それから、ははっ、と吹き出す。

「そっか。うん、なら俺もいいや」

 藍湛の頭に手を伸ばし、良かったなぁ〜と雑に撫でながら魏嬰は言った。


2021.9.11
2022.11.5
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