【曦澄未満】寛解


「愛する者を失った、それは俺に愛せる者がいなくなったことと同義です。もう生きていても仕方がないと本当に思っていました」

 それでも、今も江澄(ジャンチョン)はこうして生きている。
 生きて、藍曦臣(ランシーチェン)の隣に座り込み、話をしている。

「俺が知らない所で、俺を愛してくれている人が、実は存在しています」

 気付かなかっただけで、知らなかっただけで。
 本当にたった1人になったとしたら、やはり今生きていないはずである。

「俺は、一族を滅ぼされた可哀想な生き残りというだけではありません。勿論随分手荒な真似もした、暴言も吐いた。罪も犯した」

 それが広く一般に問われるような罪ではないにせよ、どこかで何かを壊してきた。

「それでも俺を愛してくれる人がいます」

 藍曦臣がようやく顔を上げた。
 きゅ、と下唇を噛み締め、震えるのを必死で我慢していた。

 江澄はそんな藍曦臣の顔を見ようかと考えたが、敢えて視線は柵の向こうの空に留めた。

「それに俺は、一緒に阿凌(アーリン)を育ててくれ何かと面倒を引き受けて、一方では多くの人間の生活を守ってくれた金光瑤(ジングァンヤオ)に感謝している」

 金光瑤のことを、江澄はそれほど知っているわけではない。

 藍曦臣の知らないことは、江澄にも分からない。
 江澄が見てきたのは本当にほんの一面だ。
 大した量ではない、金光瑤の本当に一部分だけだろう。

 それでも、金凌(ジンリン)のことをちゃんと育ててくれた。
 悩みの相談にも乗ってくれた。
 必要な頼みは聞いてくれた。

 それも、惨事を引き起こしたことと同様に「事実」ならば。

「少なくとも俺は、感謝、しているから」

 藍曦臣の足元に、飲み掛けの湯飲みが転がっていく。

 裾が濡れてしまっただろうか、しかし藍曦臣は顔を伏せたまま動かない。
 両手はその美しい顔面を覆っている。

 髪の毛が何束も垂れては落ち、両手と同じように藍曦臣の顔を隠した。
 小さく肩が震え、鼻を啜る音がする。

 江澄は物音を立てずに手を伸ばすと、藍曦臣が落とした湯飲みを拾い、盆に置いた。

 どうか大いに泣いて欲しい。
 その涙がそのまま供養になる。

 願わくはどうかその後悔が、救済に変わらんことを。
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