僕のものです
がちゃ、と会議室に入ってくるのは、僕と浅岡先生の担当さんである、冴山さんだ。
浅岡先生の手元を見てから、差し入れでーす、と提げていた紙バッグを見せる。
浅岡先生を和菓子で釣って席に戻らせつつ、冴山さんは僕に言う。
「ほら、逢坂さんブログとかそういうSNSの類い、一切やってないでしょう? だからもうちょっと作者の情報が欲しい、人となりが分かる連載が読みたい、って意見、定期的に頂くんですよ」
どら焼きー、と冴山さんから渡されたどら焼きを早速食べ始める浅岡先生。
そうですか、と僕もどら焼きを受け取りつつ、それでもその話には乗り気になれずにいた。
確かにウェブサイトでエッセイの連載を、という話はずっともらっている。
こういうテーマ縛りならどうですか、とか、それはもう何回も。
でも、僕はエッセイを書くような生活は送っていないと思っているから、書ける気がしない。
でも一番の理由は、きっと。
「申し訳ないですが、エッセイはやはり……。僕と華倉さんの生活は、僕たちのものですから、誰に見せるものではありません」
見られても支障ないものだとしても。
だからこそ、わざわざ他人に伝えたくはない。
僕のその言葉を、くう、と冴山さんは噛み締めるように飲み込む。
「そう言われてしまうと……これ以上の説得が出来ません」
毎度のことながら、と本当に悔しそうに告げた。
これ以上は何を言っても、無理強いになってしまう。
こういう理解が出来る人で本当に有り難い。
しかし横でその話を聞いていた浅岡先生は。
「そっか~残念だなぁー」
奥さんの話読みたかった~、などと暢気に抜かす。
取り敢えず口の中のどら焼きは早く片付けなさい。
ふう、と冴山さんは気を取り直すように呼吸をして、わかりました、と話を続ける。
「編集長からも命令されてますけど、逢坂さんが嫌というなら、僕は全力で守りますから。じゃー何か、別の連載でも企画しましょう!」
さりげなく「板挟みだぞ」アピールをしつつも、冴山さんは前向きに切り換えた。
上からの圧力が直接僕に掛かってくる日も近いかも知れないなぁ……。
でもエッセイじゃない連載なら断る理由はない。
何にしましょうか、とそのまま打ち合わせに入った。
2019.12.13