僕のものです
それでも。
まだ見足りない、と思うのは、僕の我が儘なのだろうか。
「逢坂さんって、奥さんのあらゆる表情を見てきたんだねぇ」
僕の何てことない思い出話を一通り聞いて、浅岡先生が感心したように言った。
浅岡先生は華倉さんのことを「奥さん」と呼ぶ。
まぁ……初対面での紹介の仕方がちょっとあれだったからだろうけど、別に間違いではないから僕は気にしていない。
僕は浅岡先生の感想を受け、そうなんですけど、と肯定した上で、続ける。
「でも、まだ足りないくらいなんですよ。もっと見たいなぁ、って毎日思うんです」
特にどういう表情を、とか、そういうことは詳しく指定出来ないんだけど、もっと、色々な姿を見てみたい。
「確かに喜怒哀楽、基本的な表情は見て来ました。でも、それだけでは飽きたらなくて……益々求めちゃうんですよね」
我が儘、というより、強欲なのかも知れない。
今以上の、僕の知らない華倉さんを見せて欲しい、だなんて。
「奥さんには今以上の引き出しがあるの?」
まだ隠してることが、と浅岡先生が首を傾げて言う。
……さすがにそれは分からない。
結局まだ僕が見ている華倉さんだって、一部の側面でしかないかも知れないし、その面も一枚めくれば、別の顔を持っているかも知れない。
でも、何だって構わないから、自分なりにアプローチを掛けてる。
「もしかしたらあるんじゃないか、という段階ですけど、だからこそ、今までしなかった話とか、そういうのも試してはみてますけど」
「お~、自分から仕掛けてるんだぁ。逢坂さんはカッコいいな~」
わぁ、と本当に感心したように、拍手をしながら告げる浅岡先生。
浅岡先生は拍手の終わりかけたところへ、いいなぁ、と被せる。
「僕は誰かと真面目にお付き合いしたことないし、そんなに誰かを愛せる自信がないよ」
そうですか、とその浅岡先生の話に軽く頷いておく。
彼の身の上話は滅多に聞いたことがないから、何とも意見の出しにくい場面ではあった。
呑みに行っても大体仕事の話になるからな。
「逢坂さん、奥さんとの話のエッセイとか書かないの?」
コーヒー冷めちゃった、とか言いつつ、コーヒーのお代わりをもらいに行くために立ち上がった浅岡先生が、ふと僕を見てそう訊いた。
エッセイ、と鸚鵡返しする僕に、続けたのは別の人だった。
「そうですよ逢坂さーん。結構読者からの要望も多いんですよ~!」