死神にはなりません!


 ぐい、と未咲を守るように、男性は未咲を抱き締める。
 そのまま敵意を俺に向けてきた。
 忙しいやつ、などと思う俺に男性は威嚇全開で食って掛かる。

「私の目を盗んで未咲を誑かそうなどと……全く以て許せん!」

 何言ってんのこの人。

 呆れる俺に男性はまだ何か言っている。
 しかし、俺はその殆どを聞き流す。
 と言うのも。

「聞いているのか! 私を無視しようなどと十万年はぐっ!!」

 いきなり男性が叫んだので吃驚した。
 見ると、男性に抱き締められていた未咲が男性の鳩尾に肘鉄を食らわせたところだった。

 おお、よくやったと未咲に拍手をしたくなる。
 未咲はようやく男性の腕から逃げて俺の方へ戻ってくる。

「触らないでって言ってるじゃない、このボケナス」

 可愛い顔が台無しになるくらいの酷い表情をして、未咲が男性に向かって吐き捨てた。
 相当嫌いらしい。

 未咲の肘鉄をまともに受けながら、男性はそれでも諦めない。
 未咲~、と涙目で愛情を訴えている。
 ……Mなのか。
 なんて失礼なことを考えていたせいか、男性の怒りの矛先が俺に向いた。

「貴様! もう未咲に何か細工を……!? でなければ未咲がこんなに私を邪険にするなぞ」
「そろそろ現実見なさいよりん

 がー、と俺が総て悪いとでも言いたげにまくし立てる男性。
 しかしそれを冷静に諌めるのはやっぱり未咲だ。
 燐、と呼ばれた男性は、涙目のまま未咲を見る。

「未咲……私の何が不満なのだ?!」
「そういうとこ全部よ」

 全身全霊未咲が好きらしい燐さんだけど、未咲は本当に相手にしたくない様子。
 ぷいと燐さんからそっぽを向いて、未咲は俺を呼んだ。

「行くよ燿」
「えっ、あ、いいの?」

 ちょっと面白おかしく見ていた俺は、未咲に呼ばれてややどきりとした。
 文句を言われても可笑しくなかったし。
 でも未咲は、つーんと怒ったまま、別にーとすたすた歩き出す。

 俺は燐さんを見ながらも未咲の後を追う。
 燐さん、すっげぇ悔しそうだったけど追い掛けはして来なかった。
 っていうか俺が声掛けようもんなら文字通り噛み付いて来そうだったなぁ。

 すたすたと早歩きの未咲に追い付いて、俺は燐さんのことを訊ねる。

「何なのあの人」

 本当は話題にするのも嫌なんだろうけれど、今は未咲に聞くしかないし。
 俺の質問に未咲は不機嫌なまま答える。

「……閻魔大王の側近兼護衛。燐っていうの。いつもあんな感じだから嫌いなの」
「そう」

 ふん、と怒りを撒き散らす未咲。
 俺はちょっとだけ背後を振り向きながら、未咲の話を脳内で反芻させた。
 あの人が閻魔大王の右腕なんだ。
 そんなに凄い人には見えなかったんだが。

 まぁ、それでも実力あるんだろうなぁなどと自分を納得させていた俺に、未咲の声がする。

「着いたよ燿。此処があたしたちの職場」
「しょ」

 全く死神らしからぬ単語が出て来る。
 死神って株式会社かなんかなのか。
 自分の中のイメージが総崩れになっていく中、未咲が職場と言い放った部屋に入る。

 中は狭く物で溢れている。
 うわ、と怪訝そうに目を細める俺に、おやー、という女性の声がした。

「お帰り未咲。誰その子?」
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