死神にはなりません!
中央奥手にある机にひとりの男性が腰掛けていた。
「失礼します」
男性にまだそう近付いていない扉との距離の方が近いその場所で立ち止まって、未咲が頭を下げた。
この人が閻魔大王か。
俺はそうぼけーっと突っ立っていたんだけど、不意に未咲に手の甲をつままれた。
いてっと小さく叫んで未咲を見ると、頭下げろと口パクで指示される。
渋々俺も頭を下げる。
「何の用だ?」
何かの資料をめくりながら閻魔大王が未咲に訊ねる。
未咲はすぐには答えない。
やっぱり、まだ覚悟も出来てないんだろう。
俺の蘇生のために自分の命を捨てるだなんて。
「あの俺、此処で働かせて下さい!」
「えっ!?」
「……ん?」
未咲の苦渋の表情を見ていたら、咄嗟にそんなことを口走っていた。
驚いて顔を上げる未咲。
ぽかんとする未咲とは裏腹に、閻魔大王は素っ気ない反応だった。
俺はそんな閻魔大王を説得する勢いで喋る。
「俺、確かに未咲のミスで死んじゃったけど、でもこのまま成仏は出来ません! 成仏してもいいなって思えるまで、此処で死神やらせて下さい!」
「ひ、燿……っ!?」
何でこんなこと言ったのかはよく分からない。
でも勢い半分だったけど、多分本気でもあった。
このまま大人しくお陀仏するのだけはごめんだった。
何かひとつでも道があるのなら、そっちに行きたい。
だからこんな申し出をしたんだ。
しかしそんな俺を見て、未咲は決心してしまったらしい。
「いいえ閻魔大王! 燿に非はないんです! それに燿はまだ死ぬ予定じゃありません! だから、だからあたしと引き換えに……っ」
「未咲!」
未咲の決断を俺は阻止しようと叫んだ。
けれど未咲は気丈な顔付きで閻魔大王を睨んでいる。
その時の未咲はきっと本気だった。
本気で、俺を蘇生させようと思っていた。
でも。
「……水を差すようで悪いが、こやつは死んではないぞ?」
真面目に覚悟を決めていた俺たちに、ふと落ちてきた閻魔大王の言葉。
ん、と反応するしかないほどぽかんとする俺たちに、閻魔大王は続ける。
「谷川燿であろう? お前はまだ生きておる」
そう、淡々と言い放った。
……え? 俺、死んでないの?
え、どういうこと?
ぽかーんと、きょとーんとする俺と未咲。
閻魔大王は椅子から立ち上がり、俺の真ん前まで来ると一枚の用紙を見せてくれた。
そこに書かれていたのは、俺の名前と現在の状況。
『谷川燿:仮死状態』
「仮死……?」
文字を読んで言葉を繰り返す俺に、閻魔大王は付け加える。
「お前たちの世界で言い替えるならば、意識不明の重体、と言ったところだ」
ゆっくりと俺が視線を上げると、無表情で俺を見てくる閻魔大王と視線がぶつかった。
どきりとして慌てて目を逸らす。
閻魔大王はそんな俺の前から踵を返し、自分の机に戻っていく。
「ゆえに、死しておらぬ者を死神には出来ぬ」
そうはっきりと閻魔大王は俺に言い放った。
しかし、そうなんだとひとり納得している俺の隣では、未咲が焦ったように閻魔大王に訊ねている。