死神にはなりません!


 俺は恐ろしくなって、つい未咲から離れてしまった。
 未咲はゆっくりと立ち上がって、俺を見下すように視線を向けてきた。

「ひ、かる、だって……そうでしょ……あたしなんか、駄目って、思ってるん、で、しょ?」
「みさ……落ち着、け……」

 そのときの未咲の迫力を言葉で言い表すのに、俺の知識は役に立たなかった。
 どんな言葉を使えば、このおぞましさが表現出来たんだろう。

 未咲の背後の影がこれ以上ないほどに膨らんで。
 頭と思しき部分には、目と口が赤くくり抜かれたように見えている。
 そう、とても卑しい、こちらを嘲笑うような目元と口先だ。

 部屋全体に広まったその影が、次第に俺と未咲を包んでいくような気がした。

「ひかる……まで、あたしを、馬鹿にするの……」
「み、未咲! それは違う! そんなわけないだろ!」

 慌てて我に返り、俺は未咲に呼び掛ける。
 しかし未咲は既に錯乱状態なのか、俺の声など耳に届いていないようだった。

 ひどい。
 ひどい。

 否定的な言葉をぶつぶつと繰り返す未咲。
 そして。

「ちょっとまだ此処に――……」

 運がいいのか悪いのか、何も知らない真夜さんが躊躇うことなく扉を開けた。
 同時だった。
 未咲が真夜さんを振り返り、襲い掛かったのは。

「――っっ!?」
「未咲!?」

 真夜さんの首に手を掛けて、未咲は真夜さんを廊下の壁まで突き飛ばす。
 俺は驚いて叫ぶしか出来なかった。

 未咲の両手は真夜さんの首に掛かったまま、爪が食い込むほど強く絞めている。

「っ、……っ」

 何か言葉を発しようともがく真夜さん。
 しかし気道まで絞められているのか、声が出せない。
 顔付きの変わってしまった未咲を見て、真夜さんは目を細める。

「許せない、もう、許せない……みんな、みんな……」

 その時の未咲は本当に、真夜さんをこのまま殺してしまいそうだった。
 そんな俺に出来ることは残念ながらひとつだけ。

「真夜さん!」

 真夜さんの名前を叫んで駆け出す。
 未咲の腕を掴むと力任せに真夜さんから未咲を引き剥がし、そのまま床に投げ倒した。

 気道が解放され、真夜さんは床に座り込んで呼吸を再開する。
 俺は真夜さんの心配をしつつ、未咲の方に意識を向けた。

「ひ、っどう……こ……」

 荒い呼吸を続けたまま真夜さんが俺に訊ねる。
 けれど、俺にも未だによく分からないまま。

 俺は真夜さんに一言謝ってから、未咲の方へ近付いてみた。
 今度は俺に飛び掛かってくるかも知れないと警戒して。

 しかし未咲はゆっくりと立ち上がっただけ、俺に襲い掛かる様子はなかった。
 けれどまるで獣のように体勢を低くして身構えると、俺と真夜さんを睨み付ける。

「ちょ……未咲!?」

 落ち着きを取り戻した真夜さんが未咲に怒鳴る。
 でも真夜さんだって、今の未咲が異状であることくらい充分理解していた。
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