死神にはなりません!
途端、扉は音を立てて勝手に開き出した。
吃驚する俺を未咲が呼ぶ。
恐る恐る中へ入ると……そこは、総てが鏡張りの内装だった。
全面、床も天井も、勿論壁も一面、鏡。
しかし映っている場景は、総て異なっていた。
今まさに人間が魂を刈られる場面や真っ黒な面、それから……病院の一室らしい場面。
あ、と気付く。
そこには父さんと、さっき俺が守った女の子の顔が見えたんだ。
女の子は頭を下げている母親に、無理やり頭を下げさせられている。
母親は動揺していて何回も何回も俺の父さんに謝罪の言葉を繰り返していた。
幸い、女の子には目立った怪我はなさそうで、俺はこんなときまでその心配をしてしまっていた。
ほっとする俺だったけど、振り向いた父さんの顔を見ると途端に緊張してしまう。
父さんが泣いていた。
当の俺はと言うと、中央にあるベッドに人工呼吸器やいろんな管を付けられながら、ただ静かに眠っている。
いや、意識不明なんだっけ。
そんな痛々しい自分の姿も勿論見るのつらいんだけど……それよりも、やっぱり気になるのは泣き顔の父さんだ。
父さんは俺の手を握ったまま何やら喋っている。
でも、いまいちうまく聞き取れない。
「未咲、これ音上げられない?」
自分の今を映している場面の壁に近付いて俺は未咲に訊ねた。
すると未咲には何やら不満そうに、「そんな機能はついてないよー」と返される。
仕方なく神経を集中させて、鏡に限界まで近付いて父さんの声を聞く。
ようやく聞き取れたのは……父さんの悲痛な願い。
『お願いします……から、もう僕から家族を……奪わないで下さい……!』
ぎゅ、と父さんが掴んでいる俺の左手。
俺は無意識に同じ左手を見ていた。
もう家族を。
そうだよな、父さん。
ごめん。
「燿?」
タイミングよく、鏡に映っていた場景はテレビを消したみたいにぷつんと消えた。
そして次の場景が始まる。
そんなところへ未咲が声を掛けてきた。
俺が顔を上げると、未咲は控え目に訊ねてくる。
「もう、って?」
聞いちゃまずいかなと言いたそうな未咲の瞳。
その未咲の瞳が揺れていることに気付きながら、俺はやるせなく微笑む。
そして一旦腰を伸ばして天井を見上げる。
天井には、魂を回収して戻ってくるらしいどこかの部署の死神が見える。
「……俺、母親が亡くなってるんだ」
え、と驚く未咲。
俺はそんな未咲に話すというよりは、自分への確認のように喋る。
「五年前、母親と喧嘩して俺が家を飛び出してさ。そんな俺を捜している途中に、事故に遭って」
思い出す、その時の気持ち。
本当につまらない原因だったと思う。
でも当時の俺にとってはきっと大事なことだった。
それがこんなことになるだなんて知っていたらきっと、大人しく謝っていただろうに。
近所の公園でちょっと時間潰して。
頭も冷えたからちゃんと謝ろうと思って帰ってきたら……。
「母さん、いなくて」
病院に行ってくるからと父さんがひとりで出掛けた。
俺は何で母さんがいないのかを知りたかったから寝ずに待っていた。
父さんが戻ってきても、やっぱり母さんは見当たらない。
母さんはと訊ねた俺を、父さんは黙って抱き締めたっけ。
全てを知らされたのは翌日だった。
「燿……」
未咲が動揺しているのが分かった。
謝るタイミングを探していることにも。