死神にはなりません!


 真新しい制服。
 ブレザーのボタンをきっちりと留めて、顔を上げる。

 今日から高校生活が始まるわけで、俺は意識しなくても顔がにやついた。
 何と言っても、高倍率の上に難関と名高い西野宮高校に受かったのである。
 俺は今日この日を、指折り数えて待っていた。

 着替えも終えると、俺は自分の部屋を出てリビングに向かう。
 父さんは既に出勤してしまったあと。
 俺の晴れ姿は帰って来てから見てくれるらしい。

 そんな父さんとの約束を思い出しながらリビングの片隅に向かう。
 小さな仏壇。
 遺影に収まる優しい笑みの母さんに向かって話し掛ける。

「……俺、高校生になれました」

 俺は線香に火を点けると、母さんにお供えして手を合わせた。
 母さんが亡くなってもう五年が経つ。

 俺はその時のことを思い出すと悔やんでも悔やみ切れなくて歯痒くなる。
 父さんには「あまり考え過ぎるな」って言われてるけど……後悔はやっぱり止められない。

 そんな罪悪感から俺は毎日、母さんの遺影に話し掛けてしまう。

「母さん、ごめんな」

 今となってはもう遠い過去のことだけど、俺にとっては永遠の罪だと思うから。
 いつか償えるその時まで、俺はこうして母さんに話し続けるだろうな。

 そんな感傷に浸っているとそろそろ出掛ける時間になる。
 入学式に親が来れないっていうのは案外残念な気持ちだ。
 仕方ないけどさ。
 そう自分に言い聞かせて家を出る。

 鍵を掛けて、真新しいローファーにきちんと足を突っ込むと階段を下りる。
 アパートを出て駅へ向かう。
 その途中だった。

 朝の通勤時間帯には、近所の幼稚園に向かう親子連れも多い。
 最近は車の送迎ばっかり見るけど、本当に近場の親子は徒歩で来ているらしい。
 俺はガードレール沿いをやや駆け足で進みながら横断歩道へ向かう。

 その時、国道を挟んだ向かいの歩道を歩く一組の親子に目が行った。
 まだ歩き方がおぼつかない女の子。
 けれど幼稚園に行くのが楽しみなのか、リズムよく跳ねている。

 そんな女の子と手を繋いで歩く若い母親。
 でもその視線はスマートフォンに向かっている。
 危ねぇなぁなんて思いつつ、赤信号の横断歩道を待っていた。

 しかし。

「あっ、ゆいちゃーん!」

 俺が居る歩道を歩いていた友達を見付けたらしい、横断歩道の向こうにいる女の子が叫んだ。
 そしてあろうことか母親から手を離し、こっちに向かって走り出す。

 ……って!?

「ばっ……!!」

 無意識に叫ぶ。
 まだ車道の信号は黄色だった。
 全く信号に構わず、たたたーっと横断歩道を駆け出す女の子。
 母親もそれに気付くが、咄嗟に動けない様子だった。

 そんな中俺はカバンを捨てて走り出していた。
 一台の乗用車が女の子に向かって走ってくる。
 鳴り響くクラクションに、女の子は横断歩道の真ん中で立ち止まった。

 そこへ突っ込んで来る乗用車。
 乗用車が女の子にぶつかるか否か、茫然としている女の子を守るように俺は間に飛び込んだ。

 一瞬、ふわりとした感触があった。
 しかし次に襲ってきた衝撃音と、鈍い痛み。

 俺は瞳を閉じていたので周囲のことはよく分からない。
 ただ、目の前に差し出されたその手を掴んでしまえ、と思っただけ。
 俺はその白い小さな掌を取って、意識を手放してしまった。

 多分、それが間違いだった。

「――……ん」
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