第1話


『確かに専任の宮司は何十年もいないし氏子もいなくなったけど、でもまだ世話人はそこそこ居るんだよな』

 そこへ掛け持ちとは言え宮司の再配置。
 そんな稲荷神を見詰め、華倉は断ろうとしていたこの話を受ける方へと変えた。
 稲荷神へとその意思を告げ、一度深々と頭を下げた。

 華倉が顔を上げると控えめだけど嬉しそうな稲荷神の顔があった。

「そんなに頻繁には来られませんが、取り敢えず何か困り事があれば」

 次来るまでに解決出来るならそれがいいと考えた華倉が、半分社交辞令としてそう訊ねた。
 すると稲荷神はぱっと表情を変え、そうそうそう! と大きな声で華倉に顔を近寄せて訴えて来た。

 その迫力にやや圧されながらも華倉は稲荷神の現状の「困り事」を聞いた。

『近くに寺あるんだけどさ、そこから毎晩怨嗟えんさが聞こえて来るのがしんどくてよ、ほんと毎晩! 日に日に数増えてるみたいでやんなっちまってて』

 お陰で眷属も怖がってて仕事になんねぇの、と稲荷神は言う。

 寺、と華倉が鸚鵡返しのように呼応すると、稲荷神は頷いてふいと移動する。
 鳥居のすぐ傍まで来ると指を差して華倉に場所を教えた。

『この道ガーッと行って2つ目の信号右に行ったところにある寺! 俺よりも長く在るから文句言うにも気が引けてな。ちょっと見て来てくんね?』

 な、頼む、と稲荷神が顔の前で手を合わせて請うた。
 神様からされていい振る舞いじゃない気がしつつも、自分から言い出した手前、首を前に振る以外はなかった。

 一旦稲荷社を後にし、華倉は言われた通りに足を進めた。

 確かにそこに寺は在った。
 とても大きな、歴史のありそうな寺だった。


2024.11.16
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