第1話
『や〜〜っと通じた〜〜!! 長かったわ〜!』
宙に浮いているというのに、まるで床に寝転がるかのようにその場で大の字になる男。
その自由過ぎる振る舞いに困惑しつつも、おおよその見当は付いていた華倉は、えっと、と声を掛ける。
「貴方が此処の……稲荷様ですか?」
華倉からの問い掛けに、稲荷神は起き上がりながら「おうよ」と応える。
空中に浮いたままだがその場で胡座を掻き、待ってみるもんだなとしみじみ呟いた。
『今までも何人かそれっぽい相手に接触試みたけど、俺そんな位も高くなくてハズレ続きでよ。助かったわ』
しかも憂巫女とか、と安堵のような溜め息と共に軽く笑って見せた。
そう言えば最初から憂巫女と呼ばれていた。
『でもその霊力の強さで嫌でも気付けるわ。しかしまじで実在したんだな、憂巫女って』
そう返しながら稲荷神は華倉の眼前まで降りてきた。
顔をじいと見詰め、それにしても、とやや訝しげに続ける。
『霊力もそうだがお前、異様に妖力も在るな。その辺の妖怪とは比べ物にならない程良質な……』
稲荷神のそんな独り言のような呟きに、華倉は曖昧な反応を見せるだけに留まった。
そんなことを言われても華倉には心当たりが何も無かったからだ。
『ほいで? 憂巫女が何でこんな所に?』
稲荷神はさっさと話題を変え、華倉とはまた距離を取り、頭の後ろで手を組みながら楽な姿勢で訊いた。
華倉は稲荷神から本題を振ってくれたことに内心感謝し、今後この社の宮司として奉仕するだろう旨を伝える。
稲荷神は意外そうな表情をし、まだ居ていいのかと返して来た。
稲荷神のそんな言葉には華倉が逆に驚いてしまう。
居ていいも何も居て貰わなくては困るのではとの華倉の言に、稲荷神は頬杖を付いて「どうかねぇ」と応答した。
『俺は元々クダ狐の類でさ、一悶着あった結果祀って貰ったわけよ。まぁ、良くして貰ったよ本当に。だから最後の氏子が亡くなったとき、そろそろいっかなって、そうは思ったんだわ』
稲荷社が祀られる理由は実に様々で、結果として現在神社本庁が把握している形になっているものも少なくない。
詣でてくれる人間がいなくなり、存在もすっかり忘れ去られ朽ちてしまった社も多い中、俺は恵まれてたよなぁと稲荷神は言った。