第1話
言いたいだけ言うと新任の職員は資料をクリアファイルにしまいながら、何故か妙に爽やかな笑顔で話をまとめた。
遺憾であるが、華倉1人では体のいい断り文句は出て来なかった。
上司の同意(というより首肯)もあり、新任者はゴーサインと受け取ったようだった。
今回ばかりは仕方ないかと華倉も折れて、宜しくお願いしますと答えるに留まった。
そして数日後、言われていた通り、新たに管理委託をされるであろう社の住所と写真が送られて来た。
小さな稲荷神社のようだった。
昭和の頃はまだ賑やかで、氏子もおり、例大祭なんかも催されていたらしい。
ところがバブル崩壊後に一斉に人がいなくなり、最後まで残った氏子も2年前に他界したという。
それから管理者不在のままであったが、今回とうとうまだ余裕のある宮司(華倉)に話が回ってきたという次第だ。
まぁ確かに時間はあるけども、と正直今も煮え切らない胸中のまま華倉は足を進めていた。
神社本庁には所属はしていない。
けれど「業界」として見れば狭いコミュニティだ。
政春からの縁故なんかもあったのだろう、これ以上避けて通るのは難しそうだった。
いざとなったら魅耶に名代を頼もう、なとど現実的ではないことを考えていると、写真と同じ外観が見えて来た。
ここか、と華倉はスマホをしまい、鳥居の前に立つ。
確かに小さいと言えば小さい。
しかしきちんとした鳥居も社もある、人がお参りするには充分な規模の稲荷社だった。
確かにここを放置するのは勿体無いかもなと思いつつ、華倉は深く一礼をしてから鳥居を潜る。
境内と呼べる広さはないが、管理の手は定期的に入れた方が良さそうだ。
社も一度業者に見てもらおうなどと、あんなに渋っていたのに前向きに検討を始めていた華倉に、不意に何かが聴こえてきた。
『――こ、聞こえるか?』
すぐに気付けなかったが、それはもう何度もこちらに呼び掛けているようだった。
『憂巫女、……聞こえるか憂巫女!』
「っ、え?」
その単語に驚き、華倉は空を見上げるように顔を上げた。
すると目の前には装束――薄黄色の狩衣姿の、見た目は年若い男が宙に浮いていた。
けれどその姿はやや透けて見える。
ばっちりと目が合ったことが分かると、男は気が抜けたかのような大きな溜め息を吐いた。