第5話


「……いてもいいだろうか、此処に。この先も」

 いつまでも厄介になるわけにはいかないと考えていた。
 けれど此処での暮らしはとても穏やかで、驚くほど普通で、全てが新鮮で。

 琴羽からの申し出を、為昌なりまさは待っていたかのように受け入れた。

「ああ、おれからも頼む。おれも同じことを考えていた」

 為昌からの返答に安堵した琴羽の表情が、これ以上ないほどに柔らかいものを見せる。
 その頬に手を伸ばし、良いか、と為昌は確認を取る。
 頷く琴羽の頬に為昌は初めて自分の手を添えた。

 指先で撫で、掌全体で頬を包む。

「……初めてだ」

 その為昌の手に自分の掌を重ね、琴羽が呟く。
 声は発さず、何だと問う仕草で琴羽を見詰める為昌の熱を確かめながら、琴羽は繰り返す。

「こんな風に……穏やかな手が、わたしに触れたのは初めてなんだ」



 景色が切り替わり、華倉は驚きに目線を上げる。

 今、何を見ていただろうか。

 自分がいるのは総本山の家屋、居間。
 座卓の上には役所からの書類。
 手にはマーカーがあり、書類に目を通す作業をしていたと分かる。

 いや、分かる、ではない。
 今もまだ作業の最中なのだ。

 確かに今日は外出の予定もなく午前は家のことをして、昼過ぎからこの作業を始めた。
 電話も来客もなかった。
 しかし、確かに華倉は違う景色を見ていた。

 あれは――……

「ねぇ魅耶。今俺寝てた?」

 洗濯物を取り込みに行くらしい、籠を抱えて廊下を通り掛かった魅耶を見付け、華倉は問い掛ける。
 魅耶は驚きながらも「いいえ」と答える。

「とても真剣に資料を読み込んでいましたよ。声を掛けるのをやめたくらいに」

 凄い集中力だったと魅耶は言うが、華倉は怪訝そうに眉を顰める。

「寝てたんですか、あれで?」

 それはそれで凄いなと感心する魅耶に、というよりは自分に確認するように、華倉は額に手を添えて思い出す。

「寝てはないはず……なんだけど」

 寝ていた感覚はない。
 しかし確かに曖昧で、酷く明瞭な。


2025.06.30
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